元・還暦社労士の「ぼちぼち日記」

還暦をずっと前に迎えた(元)社労士の新たな挑戦!ボチボチとせこせこせず確実に、人生の価値を見出そうとするものです。

「労働時間」とは使用者指揮命令だけでなく職務要件が必要?!<その裁判具体例>

2022-11-05 09:50:18 | 社会保険労務士
 労働時間の定義は法上なし<もともとはその定義は通達から>

 労働時間は一日8時間・一週間に40時間までとか、1時間労働当たりの賃金はいくら払うとかいう場合、この労働基準法でいう「労働時間」は、同じ労働基準法のなかでその定義があるのかというと「ない」のである。では、どこにあるのかというと、行政解釈にあって「労働者が使用者の指揮命令のもとにある時間」と定義している。通説もこれにならっている。裁判でも具体的にいろいろな事例が出てきたが、最高裁の三菱重工業長崎造船所事件判決は「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものかどうか」によって決まると言い、結局、どれも「使用者の指揮命令下」にあるかどうかが労働時間の判断となっている。

 しかしながら、極端な例であるが、水町勇一郎氏は「仕事とは関係なく趣味で行っている職場のバレーサークルで監督である上司がメンバーである部下に指示を出している時間」は、労働時間とはいえないだろうとして、必ずしも「使用者の指揮命令下の時間」によってのみ判断することが適当ではないとしている。

 そして、「労基法上の労働時間」とは、「職務遂行と同視しうるような状況の存在」(職務遂行要件)と、「使用者の指揮命令や黙認など使用者の関与の存在」(使用者関与要件)の2つの要件から判断するというのが妥当ではないかとしている。大御所である菅野和夫氏は、この労働時間を「使用者の作業場の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義しているところである。裁判例では「指揮命令下」としているが、実際のところは、指揮命令下の中に「職務・業務」を含めて判断している例が多いではないか。では、具体例にそって見てみよう。

 ・ビル警備員の夜間の仮眠時間について、仮眠室における待機だけでなく警報や電話等に対し即座に対応することが義務付けられていたことから、仮眠時間であっても職務と同視(「職務遂行要件」)できるものとして、労働時間であるとした例(最高裁大星ビル管理事件)
 一方、実作業の従事の必要性が皆無に等しく(「職務遂行要件」を欠く)実質的に警備員として相応の対応が義務付けられていないので労働時間を否定(日本貨物鉄道事件「超過勤務」他)

 ・マンション住み込みの管理人について、所定労働時間の前後に住民や外来者からの要望に対応せざるを得ない(「職務遂行要件」)として労働時間を肯定したが、所定労働時間であっても、病院への通院や自分の犬の散歩を行った時間は、業務とは無関係な私的な時間(「職務遂行要件」を欠く)として労働時間とは認めなかった例 一方、発生した緊急事態に対応した実作業について労働時間として認めた例もある。 (大林ファシリティーズ事件等)

 ・勤務医が上司から指示されての勉強会・検討会の発表時間及び準備時間は労働時間に当たるが、自主的な研鑽に意味合いが強い学会等への参加・準備時間は労働時間ではない。(「職務遂行要件」に当たるかどうか、長崎市立病院事件)

 ・使用者が労働者の時間外労働を行うのを防止するためには、一定の労働時間について明示的に時間外労働を禁止するなどの明確な措置をとる必要があるが、これに反して労働者が自発的な残業を行った場合に、使用者としても認識もなく認めてもいない場合は、労働者が職務を遂行(「職務遂行要件」)していたとしても、使用者の関与を欠く(「使用者関与要件」を欠く)ものとして、労働時間ではない。

 ・残業承認制下で申請しない労働者の残業で、所定労働時間に終了することが困難な量の業務を労働者に行わせ(「職務遂行要件」)、会社代表者が現に残業を行っていたことを認識していたという事情等を考慮して、「黙示の指示」に当たる(「使用者関与要件」)として、労働時間に当たるとした例(クロスインデックス事件)

 ・安全保護具が義務付けられている更衣室での更衣後、実作業のために作業所へ移動する時間は、職務遂行に不可欠の時間として(「職務遂行要件」)、労働時間が肯定され得る。(三菱重工業長崎造船所事件)

 以上のように、裁判でも実際には、使用者の明示・黙示の指揮命令(使用者関与要件)だけでなく、「職務遂行要件」が加味されて、初めて労働時間と認められ得ると考えられる。

 参考 ・水町勇一郎著 詳解労働法第2版 p663~672
    ・菅野和夫著  労働法第12版  p495
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