昨年の7月頃、櫨の伝来を調べているうちに、平安時代に使用された「櫨色(はじいろ)」という名前があることを知り、「櫨色(はじいろ)観察」というタイトルで書きました。
その時、平安時代に作られた「櫨色」というものを、いつか見てみたいと切望しながらも叶わず、半ばあきらめていました。櫨の木も持っていないし、染色すらしたこともないし。
しかし物事というのは偶然と必然が重なって動いていくモノ。
上の画像を見て下さい。何の変哲もない櫨の写真。全体を撮すのを忘れてたし、イマイチぱっとしない写真ですが、今思い起こせば、この櫨を見に行ったことが後々、大きなターニングポイントとなり、あきらめていた「櫨染」への道が見えてくることになったのでした。
この櫨は通っている筑前町の弓道場近くの墓場横にありました。格段美しいというわけでもなかったので、昨年秋、一度見に行った後、すっかり頭から忘れていました。
その後、弓の先生から「あの墓場の櫨、全部切られてたよ。」との知らせを聞き、ああ、例によって、邪魔になったから切られたんだろうなと思うと、苦々しい気持ちになったものの、別に自分の土地でもあるまいし、どうすることもできません。
そのまま時は過ぎて春になった時、櫨染のことが話題になり、弓の先生に話すと
「櫨の芯材で染色ができる?それじゃ、あの切られた墓場の櫨は使えんやろうか?」
墓場に行ってみると、確かに櫨はすっかり影も形もなくなっていました。切られた櫨はどこへ行ったのか?たまたま近くを通りかかる人がいたので櫨の行方を知らないか聞いてみました。すると、なんとその人は土地の所有者で、庭に切った櫨の木を置いているとのことでした。
「薪にしようと思ってそのまま庭に置いとったけど、もう春になったけん、いらんから持っていっていいよ。邪魔になるけ。」
この棚からボタ餅のような幸運に、私は一瞬ボーゼンとしてしまいました。ついに櫨の木が手に入ったのです。
こうして、私の櫨染への道が始まり、迷うことなくすぐさま櫨の木を取りに行くことにしました。
↓押してくださると励みになります。
人気blogランキングへ
その時、平安時代に作られた「櫨色」というものを、いつか見てみたいと切望しながらも叶わず、半ばあきらめていました。櫨の木も持っていないし、染色すらしたこともないし。
しかし物事というのは偶然と必然が重なって動いていくモノ。
上の画像を見て下さい。何の変哲もない櫨の写真。全体を撮すのを忘れてたし、イマイチぱっとしない写真ですが、今思い起こせば、この櫨を見に行ったことが後々、大きなターニングポイントとなり、あきらめていた「櫨染」への道が見えてくることになったのでした。
この櫨は通っている筑前町の弓道場近くの墓場横にありました。格段美しいというわけでもなかったので、昨年秋、一度見に行った後、すっかり頭から忘れていました。
その後、弓の先生から「あの墓場の櫨、全部切られてたよ。」との知らせを聞き、ああ、例によって、邪魔になったから切られたんだろうなと思うと、苦々しい気持ちになったものの、別に自分の土地でもあるまいし、どうすることもできません。
そのまま時は過ぎて春になった時、櫨染のことが話題になり、弓の先生に話すと
「櫨の芯材で染色ができる?それじゃ、あの切られた墓場の櫨は使えんやろうか?」
墓場に行ってみると、確かに櫨はすっかり影も形もなくなっていました。切られた櫨はどこへ行ったのか?たまたま近くを通りかかる人がいたので櫨の行方を知らないか聞いてみました。すると、なんとその人は土地の所有者で、庭に切った櫨の木を置いているとのことでした。
「薪にしようと思ってそのまま庭に置いとったけど、もう春になったけん、いらんから持っていっていいよ。邪魔になるけ。」
この棚からボタ餅のような幸運に、私は一瞬ボーゼンとしてしまいました。ついに櫨の木が手に入ったのです。
こうして、私の櫨染への道が始まり、迷うことなくすぐさま櫨の木を取りに行くことにしました。
↓押してくださると励みになります。
人気blogランキングへ