縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

NOVA、会社更生法申請

2007-10-28 16:52:26 | お金の話
 一昨日、NOVAが会社更生法の適用を申請した。負債総額は439億円。「事業を一括して引き継ぐ支援企業を一ヵ月以内に選定する」との弁護士の話だが、火中の栗を拾う企業がいるかどうか、状況は相当厳しそうだ。

 NOVAが斯かる事態に至った直接の原因は、受講料前払い制度に係る中途解約トラブルと、それを受けて経済産業省がこの6月に出した業務改善命令である。その後受講生の減少に歯止めが掛からず、同社の資金繰りは急速に悪化した。家賃の滞納、講師や職員の給与遅配等が常態化し、そして遂に更生法申請となったのである。
 この中途解約を巡るトラブルが今回のきっかけであるが、NOVAの根本的な問題は、無理な規模拡大に走ったことではないか。

 NOVAはここ数年で出店を急拡大し、ピーク時(昨年3月末)には994もの拠点を持っていた。これを可能にした、即ち出店増の中で受講生を確保できたのは、“駅前留学”というキャッチコピーや、NOVAうさぎ、異文化コミュニュケーション等の、広告宣伝に拠るところが大きいと思う。が、広告自体は大変優れたものであったが、その費用は年間100億円以上にも上る。売上高700億円程度の会社に100億円の負担は重い。
 又、出店すれば、賃借に係る差入保証金のほか、内外装、什器・備品等のコストが掛かる。これも馬鹿にできない。
 仮にハードが整ったとしても、今度はソフト、つまり実際にレッスンを提供できるかどうか、講師がいるかどうかが問題になる。NOVAは少人数のクラスを前提としており、相当数の講師を確保しないとレッスンの提供は難しい。が、現実には講師が不足し、何教室か掛け持ちの人も多いと聞く。チケットを買ったものの予約が取れないとの苦情はこうした理由からである。

 実は、3年前、一ヶ月ほどNOVAに通ったことがある。一週間ほど時間が空き、良い機会だから英会話を習おうと思ったのである。短期のコース、それもいきなり来週勉強したい、というのでは、なかなか適当な学校が見つからない。はじめにベルリッツを訪れたところ適当なコースがあった。が、如何せん、費用が高い。ちょっと手が出なかった。
 で、次に行ったのがNOVA。今話題の長期前払い(僕は一番短い期間、確か3ヶ月くらいだったと思う)で十数万円分チケットを購入した。チケットを購入する際、日中はすいているのでいくらでも予約が取れると聞き、それこそ僕は一週間、朝から晩まで英語漬けの日々を送る積もりだった。しかし、現実には一日、2、3レッスンが精々だった。本来一週間で使いきるはずのチケットはあまり、その後、何回かは通ったものの、結局、一部のチケットは無駄にしてしまった。中途解約してもお金は戻ってこないシステムになっており、僕は諦めるしかなかった。

 この短い“NOVA体験”の印象であるが、もの凄いシステムを作り上げたな、というのが正直なところ。NOVAのシステムというのは、「取り敢えず、英語の話せるお兄ちゃん・お姉ちゃんを連れてくれば、それが立派な(?)先生となって授業ができる」というものである。レッスンはテキストを使って行われる。基本は、先生が読み生徒が読む、先生が質問し生徒が答える、というもの。この“単純繰り返しメソッド(?)”を確立したのがNOVAの偉いところ。時々文法その他、テキストに書いてないことを教えてくれる先生もいるが、多くはテキスト通りに読むだけ。あとは雑談。つまり、先生には“英語の読み書きができる”ということ以上は何も求められていないのである。資格などは関係ない。
 確か、メルボルンの街角で声掛けられて暇だったから日本に来ちゃった、と言っていた20歳くらいの女性がいた。そんな彼女でもNOVAの教室に入った途端、立派な(?)先生になってしまうのである。又、噂では、生徒の女性をナンパすることしか考えていない男の先生もいると聞いた。早い話、素人の集まりなのである。勿論、中にはしっかりとした教育や経験のある先生もいらっしゃる(はず、会ったことないけど)。

 「安物買いの銭失い」という言葉が思い出される。
 多額の支払いをされた方もいると思うので、本件、良い教訓になった、では済まされないかもしれない。が、“円天”のような話が繰り返されるのを見るにつけ、うまい話には裏があると、まずは疑ってかかる姿勢が重要なのだと思う。

公取の生き残り戦略、あるいは陰謀

2007-03-18 18:16:31 | お金の話
 昨日の続き、公取への事前相談の話である(正確には、事前相談のための事前相談である)。

 業況の極めて厳しい会社があり、その再建のためには事業構造を大胆に見直す必要があると考えられた。赤字の事業を工場ごと売却し、会社の経営資源を残る事業に集中しようというのが銀行の、僕の上司の案。僕はまだ入行2年目の若造、上司は良い経験になるだろうと、僕をそのプロジェクトに加えてくれたのであった。確かに、物事の考え方、案を具体化して行く方法など、本当に勉強になった(といっても、僕のやった事といえば、資料をワープロで打つことと、独禁法の問題を調べるくらいだったが)。

 当時、法律に疎い僕は、独禁法といえば文字通り独占を防ぐための法律だろう程度の知識しかなかった。本件は上場会社間での事業譲渡であり、加えて当該事業が赤字とはいえ相応のシェアを持っていたことから、案件成立の前提として、まず独禁法上の問題の有無を確認する必要があった。
 昨日も書いたが、当時は企業結合審査に関するガイドラインなどなかった。本で独禁法を勉強し、過去の事例を見、そして当該事業の業界事情(製品特性、用途、需給、価格、製造メーカー、ユーザー等)を調べた。その上で独禁法に強いと言われる弁護士のところに相談に行った。

 独禁法の場合、「一定の取引分野における競争を実質的に制限」するか否かがポイントである。まず「一定の取引分野」が問題。広く○○業界で捉えて良いのか、主要製品毎に考えるべきか。公取から、この明確な基準が示されていないため、如何にこちらの都合の良い方向に話を持って行くかが重要だ。
 若干話が反れるが、わが国の合併で一番センセーショナルな案件といえば、今でも新日鉄の合併であろう。業界1位の八幡製鉄と2位の富士製鉄との合併であり、政財界、更には学会も含め国論を二分する議論が行われたという。単純に粗鋼(注:各種鉄鋼製品に加工される前の鉄と思えば良い)ベースで考えると、両社を合算したシェアは3、4割であっただろう。結局、合併は認められたが、このとき特にシェアの高い鉄道用レール、食缶用ブリキ、鋳物用銑、鋼矢板(注:主に土木工事で土留めに使われる板)については第三者への譲渡が求められた。
 こうした例より「一定の取引分野」は製品の用途に応じ判断すべきと考えられ、自らのシェアを勘案しつつ、多くの製品の中、どこで線を引くのが良いか、つまり、どうすればシェアを低く抑えられるか考えるわけである。
 次に「競争を実質的に制限」するか否か。これは証明が難しいが、製品の特性、業界他社動向、価格決定方法、ユーザーとの力関係、輸入圧力の有無等の説明が必要になる。

 いずれにしろ、合併や事業譲渡に関する明確な、具体的な判断基準がないことから、独禁法上の問題の有無については公取の判断次第となる。これが予見可能性が低いと言われる所以である。よって当方としては、如何に公取の納得するロジックを組み立てられるかが成功の鍵を握る。本件は、弁護士のアドバイスもあり、公取から特に問題ないだろうとのお墨付きを得ることが出来た。そして、我々が事業譲受候補として考えた先にその旨打診した。

 さて、その後であるが、事業を譲渡した会社はそれを機に業況が改善し、又、成長性のある分野に特化したと評価され株価は上昇した。我々が譲渡の話を持ちかけたときは、そんな必要はない、会社にとって大切な事業だ、東証1部上場会社として売上規模が小さくなってしまう、等々、強く抵抗していたにも拘わらず、勝てば官軍、その後は自らの判断で事業譲渡を行ったかのように言っている。一方、事業を譲り受けた会社は元々規模の大きな会社であり、当該事業の影響は小さいが、我々の銀行に対する見方が変わった、信頼に繋がったのではと思う。

 今回のガイドライン見直しにより公取の判断基準は以前よりも明確になっているが、海外企業との関係をどこまで考慮するのかなど、まだ公取の裁量に委ねられている点が多いのも事実である。公式やルールでスパッと割り切れるものではないだろうが、今後さらに改善するよう検討願いたい。
 ん、待てよ、あまりに判断基準が明確になると、もう公取は要らない、更には独禁法に強い弁護士も要らない、ということになりはしないか。とすれば、独禁法の運用をわざと解り難くしているのは、自己防衛のための彼らの作戦なのだろうか。

合併審査のガイドライン見直しについて

2007-03-17 18:48:57 | お金の話
 M&Aの増加、案件の大型化により、独占禁止法に抵触するリスクが高まる。合併により会社の規模が大きくなる、市場のシェアが高くなると、公正な競争が阻害される懸念が高まるのである。このため「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」ことのないよう、公正取引委員会が合併時に審査を行っている。
 一方、わが国の産業界からは逆に合併が容易になるよう独禁法を見直すべきとの声がある。「海外の大企業と伍して競争して行くには、日本企業の規模は小さく、合併により規模を拡大したいが、そのとき独禁法が制約になる。そもそも、公取がいかなる基準を以って判断しているかよくわからないし、このグローバル化の進んだ中、日本だけのシェアで判断されては堪らない。」というものである。

 今、「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」の見直しが行われている。先日新聞記事を見たが、「今回の見直しにより国際的なシェアに基づき合併が審査されるようになった。かつ容認されるシェアの水準が高まった。これで合併が容易になり、わが国企業の国際競争力強化に資する」といった内容だった。某一流経済新聞の記事だが、これは一面しか見ていない、問題を矮小化した記事と言わざるを得ない。

 見直し案については既にパブリック・オピニオンの募集が終わったので、まもなく見直しの確定版が出ると思う。詳細はそこで確認して頂きたいが、今回の見直しのポイントは大きく二つ、審査の予見可能性・透明性を高めることと、事前相談手続きの明確化である。
 前者は冒頭に書いた、公取がいかなる基準を以って判断しているかわからない、つまり実際に公取に相談してみないと合併に独禁法上の問題があるかどうかわからない、審査結果の予見が難しい、との要望に応えたものである。具体的には、「一定の取引分野」を決めるにあたって、海外についても考慮、市場の寡占度を示す尺度であるHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)の導入、等が盛り込まれた。
 マスコミは“海外も考慮”という点のみ採り上げ、即、国際的なシェアで合併が判断されると言っているが、それは違う。いくつか前提のある話である。独禁法の目的というのは、“わが国”において競争を実質的に制限する行為を防ぐことである。外国にその国だけで事業を行う大企業がいくらあったところで日本に何ら影響はない。その会社が、日本人の要求する厳しい品質をクリアできる、輸出余力がある、日本での販売やアフターサービスが可能(委託も含め)、かつ輸送コストや関税を考えても価格的に競争力あり、と考えられる場合、初めて日本に影響する、わが国における競争を制限する行為に対する抑止力として考えることができる。
 よって公取は、わが国の合併審査にあたり、国際的なシェアを単純に合算して合併の是非を考えるというのではなく、海外にこれらを充たす企業があればそれを考慮すると言っているだけである。

 誤解しないで欲しいが、だから今回の見直しが悪いと言っているのではない。記事の書き方が悪いと言っているだけである。私は、見直し案では合併審査に係る考え方がより具体的に示されており、予見可能性の向上の点では評価できると考えている。

 次に後者、公取への事前相談手続きについて。平成10年12月に企業結合審査に関するガイドラインが公表され、平成16年5月にそれが見直され、新しいガイドラインとして公表された。今回の見直しはその新ガイドラインをさらに見直すものであり、審査時に必要な資料が具体的に列挙される等手続き内容がより明確に示されている。とはいっても特段新しい内容ではなく、単に既定の事実を書いただけという気がしないでもないが。
 もっとも、以前に比べると公取も随分親切になった、オープンになった気がする。実は20年くらい前、公取に事業売却の件で事前相談に行ったことがある。明日はその時の話を書く。

ペコちゃんに明日はあるか

2007-03-04 23:55:24 | お金の話
 不二家の消費期限切れ原料使用問題発覚から1ヵ月半が過ぎた。発覚後の状況、次から次へと同社のずさんな生産管理体制が明らかになったことは皆さんご存知の通りである。それが、山崎製パンの技術支援の下、今月初めに加工菓子の生産を再開し、23日からは生洋菓子の生産も順次再開するという。
 まずは目出度しであるが、何分 口に入る商品であり、衛生面の問題という今回のダメージは計り知れない。信用を築くには長い時間が必要だが、信用を失うのは一瞬である。

 最近、同族会社の評判が頗る悪い。不二家、中毒事故のパロマ、業績悪化に苦しむ三洋電機、社内の対立で週刊誌沙汰になっているセイコーインスツル等々。又、ちょっと前になるが西武鉄道も同族経営だった。
 が、即、同族経営は悪だ、と考えるのは早計である。同族会社の中にも良い会社はあるし、逆に一般の会社の中にもひどい経営の会社はある。要はトップに立つ人間が、何を考え、どのように行動するかではないだろうか。

 不祥事を起こした不二家やパロマに通ずる問題は、直接的には危機管理の甘さ、そしてその根底にある価値観のズレだと思う。
 即ち、事件や問題の発生を前にしたとき、外に漏れたら、マスコミに漏れたら大変だ、会社(注:顧客ではない)の一大事だと狼狽する、あるいは(次元が低いが)社長に知れたら怒鳴られる、自分の将来が無くなるといった恐怖心が先に立つのである。
 勿論、こうした傾向は大なり小なりどこの会社にでもある。しかし、そうした状況に直面したとき、会社はどうあるべきか、自分はどう行動すべきかを決める判断軸が、不祥事で信用を失くす会社と、不祥事によるダメージを最小限に止める会社とでは決定的に違うのではないだろうか。

 社長が独裁的な力を持って君臨している会社では社長本位の判断軸になりやすい。同族会社のオーナー社長は絶大な権力を持っており、社長が自らを厳しく律する姿勢を示さない限り、その危険性が極めて高い。社員は都合の悪いことをすべて隠し、耳障りの良いことしか社長に伝えなくなる。その結果、現実を知らない“裸の王様”の社長と、社長がどう思うかを唯一絶対の判断基準とする、つまり顧客のことを後回しにする社員が生まれる。
 誤解してはいけないが、同族経営という仕組みが自ずとこうした悪、弊害を産みだすのではない。それは、そうした行動を引き起こす企業風土というか企業体制を作った、あるいはそれを変えることのできない社長の責任なのである。
 因みに監査でも、会社の内部統制評価で真っ先に着目する、重視するのは、企業の価値観や倫理観、経営者の姿勢、組織体制、人事育成など企業の経営環境、一言で言えば、企業風土、企業文化といったものである。

 で、今回、不二家を支援する山崎製パン。ここは山崎家の会社かと思いきや、それは違った。社長は飯島氏という。と、ほっとしたのも束の間、なんと同社は飯島家の会社、つまり同族会社だったのである。専務は飯島社長の義弟、社長の長男が取締役と、なかなかのものである。
 不二家が以前から資本関係のあった森永製菓ではなく、山崎を支援先に選んだのは、実は、山崎の方が同族経営の度合いが強い点に安心、居心地の良さを感じたからではないか。だとすると、ちょっと心配だ。
 もっとも、山崎製パンのことはよく知らないが、同族会社だからといって捨てたものではない、もとい立派な会社の可能性もある。小さい頃、ちょっとした贅沢の象徴であった、ペコちゃんの明るい未来を祈りたい。
(明日5日より、神楽坂下の不二家でペコちゃん焼きの販売を再開するそうだ。何はともあれ、嬉しい知らせだ。)

内部統制構築の前提

2006-10-24 01:17:35 | お金の話
 今朝の新聞に「内部統制とIT」という特集があった。そう、今、話題の『日本版SOX法』関連の話である。

 僕は“内部統制”にはちょっとうるさい(なんて、実は、内部統制は試験で一番苦労した項目なのだが、勝てば官軍、少し偉そうに言わせていただく)。

 内部統制は、別に昨日今日、突然降ってわいた話ではない。監査では昔からある考えだ。そもそも会計士が企業の監査を行う際、企業活動のすべてをチェックできるわけはない。いくつかの取引や事象を取り上げ、それが正しく処理されているかを確かめ、そこから全体の確からしさを推論する。内部統制とは、このとき、どれだけの取引をチェックするか、テストするかを決める、判断基準なのである。
 即ち、内部統制の優れている会社、社内のチェック体制のしっかりしている会社であれば、テストの量を多少減らすことができるし、逆にその体制の心もとない会社であれば通常以上のテストを行わなければならない。そうして財務報告の正確性を考えて行くのである。

 米国で内部統制がクローズアップされるきっかけとなったのは、2001年のエンロンやその翌年に起きたワールドコムの不正会計事件である。そこからSOX法(サーベンス・オクスレー法)が制定された。米国は結構極端に振れる国で、不正が起きた、それ厳しく規制しろ、ということになり、短時間で、極めて厳しい法律が制定された。その結果、コスト高が企業の競争力を削ぐ、IPOが減少する、更にはロンドンなど海外市場に企業が逃げ出す、等の問題点が指摘され、ついには基準見直しの動きが出て来ている。

 さて、翻ってわが国のSOX法はどうだろう。今年の6月に金融商品取引法(いわゆる日本版SOX法)が制定された。ただ実施基準がまだ公表されていないため、どこまで厳密な対応が要求されるのかはまだわからない。(蛇足だが、テレビや雑誌で「日本版SOX法対応」、「日本版SOX法準拠」を謳う宣伝を最近よく見るが、守るべき基準が示されていないのに何故そんなことが言えるのか、まったく不思議である。)ただわが国の場合、米国ほど極端な内容にはならず、費用負担もややマイルドになるのではないかと思う。当局も内容については、行き過ぎた米国の規制やその揺り戻しを見、そこまでは厳しくしないと言っている。

 又、米国で問題になった監査費用も米国ほどの負担増にはならないと思う。一つには監査報酬そのものの決め方の違い。米国は企業と独立した監査委員会が監査法人の報酬を決めるが、わが国では監査を受ける企業自らが監査法人を決め、報酬を決める。つまり、監査法人にとって企業はお客様なのである。仕事を失うよりも安い価格で仕事を請ける方を選ぶケースもあるだろう。加えて、米国は監査法人が直接企業の内部統制を評価する方法を採ったが、わが国は経営者が評価した内部統制について監査法人が評価する間接的な方法を採っており、監査法人の負担は少なく済む。

 内部統制というのは性悪説に立って、ちょい悪おやじどころか、ひどく悪いおやじがいても、彼の悪事をチェックできる仕組みがあるか、それを防ぐ機能が働くか、を問うものである。勿論、たとえ内部統制が完璧であっても、何人かが共謀したり、横暴な経営者が組織ぐるみの犯行を強いる等の可能性は否定できない。
 要は、仏作って魂入れず、じゃまずいから、まずは経営者自ら襟を正し、社員に法を示すことが大事といえよう。

5年経った401k

2006-10-18 23:58:00 | お金の話
 この10月1日で日本版401k、確定拠出年金導入から丸5年となった。加入者数200万人、運用残高2兆5000億円と、残念ながら、制度導入時に懸念された通り、401kはあまり普及していない。未だ米国の1/100の規模だ。当時、関係者の間では「小さく産んで大きく育てる」が合い言葉だったが、それは夢のまた夢、といった感じである。今日はこの「日本版401k」について、導入の経緯および制度の問題点を考えてみたい。

 そもそも「日本版401k」という言葉をご存知の方、更にその内容をある程度理解されている方はどのくらいいるのだろうか。おそらく、年金の一つのタイプだと名前は知っていても、それ以上はよくわからないという方が多いのだと思う。
 日本版401k = 確定拠出年金 とは、従来の確定“給付”年金、即ち、受取額が確定している年金に対し、月々の年金への積み立て = 拠出額 は確定しているものの、受け取る金額が自らの運用成績により変化する年金である。

 僕が初めて401kの名前を聞いたのは確か1988年、米国に工場を建設する取引先に対し、銀行の海外進出をサポートする部署の担当が、「優秀な従業員を確保するには401kという年金制度を採り入れる必要があります」と説明するのを聞いたときだと思う。そのときは、ふーん、そんな制度があるんだ、ぐらいで、さして気にはしなかった。
 それから10年以上経ち、なぜか401kに関係する仕事に就いた。感慨もひとしおとは言わないが、妙に懐かしく思った記憶がある。

 が、上述の通り、日本の401kはひどく貧弱な内容だった。401kを名乗るには、本家米国に対し失礼極まりない。わが国の401kは、税務当局との兼ね合いから目立たないよう、質素に始めざるを得ないが、将来は立派な制度にしようと、皆、志(商魂?)高く、スタートを切った。とはいうものの現実には育っていない。米国のようなリクルーティングの必須条件など程遠い。では、何が日本版401kの問題なのだろう。

 一言でいえば、「使い勝手が悪い」に尽きる。まず企業側の使い勝手。非課税となる拠出額、掛け金の額は月23,000円(企業年金のある会社の場合)と極めて小さい。このため企業は401kだけで年金制度を組み立てることができず、従来の年金との組み合わせか、年金前払いを検討するしかない。因みに米国では月300,000円近い金額が非課税で拠出を認められている。日本の10倍以上の金額である。
 又、マッチングを認めない、つまり企業の資金拠出しか認めず、従業員個人の401kへの拠出を認めないことも問題である。

 一方、従業員から見た使い勝手も悪い。転職時に年金をそのまま移行できるポータビリティが401kのメリットと言われている。しかし、それは転職先も401kを導入していることが前提で、かつ手続きが大変面倒である。又、60歳まで資金を払い出しできないことも問題だ。

 いっそのこと国民年金は国庫負担100%、つまり全額税金で賄い、401kは個人で積み立てる年金と位置付けてはどうだろう。ついでに社会保険庁を廃止できるともっと良いのだが・・・・。

“苫小牧”の受難

2006-08-21 23:57:58 | お金の話
 今日、甲子園で2日がかりの決勝戦を制したのは早稲田実業だった。4連投となった早実・斎藤投手の気迫の投球には本当に頭が下がる。また、敗れたとはいえ、田中投手を中心に多くのドラマを見せてくれた駒大苫小牧にも大きな拍手を送りたい。
 そう、今日のタイトル、「“苫小牧”の受難」というのは、駒大苫小牧が残念だったという意味も若干はあるが、メインは違う。王子製紙の話である。

 苫小牧には王子の主力工場がある。今はどうか知らないが、昔、JR苫小牧駅一帯は、ほとんど王子の土地だった。病院やショッピングセンター、それにホテルまで、頭に“王子”の付くものばかり。まさに企業城下町の典型である。歴史や知名度を考えても、苫小牧は新日鉄の八幡(北九州)と並ぶ企業城下町といえる。苫小牧工場の設立は1910年、王子の原点といえる工場である。加えて、一方の八幡は高炉が止まって久しいのに対し、苫小牧は新聞用紙を主に今も王子を代表する工場となっている。

 さて、今月1日に王子と北越製紙の話を書いたが、現状は王子の分が極めて悪い。日本製紙の参戦もあって、ほとんど勝負あったという感じである。この意味で「“苫小牧”の受難」とした。
 個人的には、今回の騒動、王子の方が理に適った、筋の通った行動をしていると思う。わが国で初めての大企業による敵対的買収と騒がれているが、その行動自体は非難されるものではない。まあ、非難されるとすれば、本当の狙いは単なる拡大志向ではないか、売上高No.1を確実なものにしたいだけではないか、といった点か(勿論、王子は即座に否定するだろうが)。

 が、日本製紙の北越株購入や大王製紙の公取への上申書提出など、業界他社の動きを見ると、あながちこの拡大志向が嘘と言えない気がしてくる。北越が自分の傘下に入るのなら良いが、他社の、それも王子の傘下に入るのは断じて許さない、といった大人気ない行動にしか見えない。
 もう少し冷静に、王子による北越統合のインパクトを考えてはどうだろうか。設備を新設した北越が大増産に走るのは火を見るより明らかであり、市況悪化を招く可能性が高い。原材料コストが上がっても、その価格転嫁は難しいだろう。北越が王子のコントロール下で市況に配慮しつつ生産を行うのと比べ、どちらが良いと言うのだろう。

 もっとも話が役員や従業員(特に管理部門などのホワイトカラー)になると、そうはいかない。例えば、王子の役員構成を見ると、取締役10人の内訳は王子7人に本州3人。神崎出身者はゼロだ。また代表権を持つのは3人いるが、これはすべて旧王子の人間。北越の役員が反対するのも無理はない。
 今日、王子が新潟の地元紙に北越の従業員向けに統合への理解を求める意見広告を出したそうだ。おそらく工場の従業員にしてみれば経営がどうなろうと一生懸命働くことに変わりはないだろう。本来説得すべきは北越の役員だが、役員の地位を約束できないのでは何を言っても効き目はない。業界のために自らは甘んじて身を引こうと思う人間などいない。
 八方塞。細い、細い、それこそ蜘蛛の糸のような可能性しか残っておらず、まだまだ苫小牧の受難は続く。

王子対北越、敵対的買収の行方

2006-08-01 23:58:11 | お金の話
 銀行で初めて融資の仕事に就いたとき、上司からまず二つの指示を受けた。一つは取引先との過去からの取引の記録を読むことであり、もう一つは取引先の社史を読むことだった。取引先の”人品骨柄”を知るには社史が一番だというのが彼の持論だった。最初は、社史なんかそこの社員ですら読まないだろう、そんな昔の話を読んでも、などと思っていたが、これが意外に為になった。社風というか、会社の考え方を知る大きな手助けになったのである。

 さて、歴史を紐解くと、今回の王子製紙の行動は極めてわかりやすい。

 王子製紙の母体は1873年に渋沢栄一が設立した「抄紙会社」である。その後社名を王子製紙に変え、日本の紙パ業界を支配する大会社へと成長した。戦後、1949年、王子製紙は過度経済力集中排除法により、王子製紙、十條製紙、本州製紙の3社に分割された。この法律で分割された会社の多くは後にまた一緒になっている。例えば、三菱重工、三菱マテリアル、新日鉄などがそうである。東日本はサッポロ、西日本はアサヒと分割された大日本麦酒のように、合併していない会社の方が珍しいくらいである。
 で、王子製紙はどうかというと、3社合併を望みつつも、独禁法の壁、十條製紙の抵抗などから夢を果たせなかった。そして1993年の十條製紙と山陽国策パルプとの合併(日本製紙の誕生)により、3社合併の夢は潰えてしまった。しかし、王子製紙は戦前の国内シェア80%という業界の盟主としての立場、圧倒的な規模に対する郷愁を忘れることができず、そこで出した回答が神埼製紙との合併だった。そして更に1996年には本州製紙を合併し、業界トップの座を不動のものにしたのである。
 2001年の日本製紙と大昭和製紙との事業統合への対応が今回の北越製紙への経営統合申し入れだとは思わないが、王子の規模拡大に対する貪欲さが感じられる。

 勿論、王子の言うように、会社を跨いだスクラップ&ビルドという理屈もわからなくはない。紙の需要が伸び悩む一方でインドネシアなどからの輸入が増えている。又、大王製紙や日本製紙が設備増設を行った。自らも設備を増強したいが、斯かる需給状況の中で増設を行えば市況を乱すことになり得策とは言えない。そして気が付けば、設備の増設を行う北越製紙がいる。結論は火を見るより明らかだった。ただ王子にとっての唯一の誤算は、北越が王子の軍門に下るのを嫌い三菱商事に助けを求めた点だった。
 紙パ部門を強化したい、中越パルプとの合併を白紙に戻した三菱製紙の新たな生き残り策を模索したい、との思いがある三菱商事にとって、北越からの話はまさに”渡りに船”だった。もっとも三菱商事は北越から王子の申し入れについては聞いていなかったようであり、商事にとっても王子の動きは誤算だったかもしれない。

 三菱商事の増資払込期日は8月7日であり、今後の王子製紙の動きが注目される。わが国で初めてとも言える敵対的買収の成否や如何に。

W杯は誰のもの?

2006-06-10 23:53:00 | お金の話
 サッカー、FIFA・ドイツW杯が始まる。優勝候補筆頭のブラジルと同じグループになった我がジーコ・ジャパン、他の2国も手強く、決勝トーナメントに進出できるか、その活躍に期待したい。

 さて、今日のテーマは、ワールド・カップはワールド・カップでもその経済効果について。公式マスコット、ゴレオ6世を販売するニキ社が倒産するなど、開幕直前に冴えないニュースがあったが、果たしてその効果は如何ほどであろう。

 まずは我が日本。電通の推計によると、ワールド・カップの直接的な消費押し上げ効果は2,241億円、波及効果全体では4,759億円規模とのことである。
 消費への効果が一番大きいのは、薄型テレビ、DVD録画機器、パソコン等購入費やCS/BS等加入料などデジタル家電関連で、約931億円の支出が見込まれる。これは良しとして、更に内訳を見ると、グッズ等購入費427億円、観戦・応援等ツアー代251億円とあり(この二つも納得)、あとは飲食費414億円というのが大きい。
 ん、ちょっと待って、別にW杯があってもなくても飲み食いするでしょ。確かに観戦イベントとかがあるものの、逆にサッカーを見るため外で飲まずに自宅に帰る人も多く、差し引きマイナスでは? 夜の飲み屋街が閑散としていてもW杯期間中の飲食費はアップするのだろうか。うーん、放映権やCM放映料を高くするため、電通が意図的に数字を高くしている気がしてならない。

 この疑問はヨーロッパの国を見て一層深まる。開催国ドイツは政府が30億ユーロの経済効果と言っている。日本円にすると4,300億円強。これは日本の波及効果全体の数字より小さい。世界各国から観戦客が来るにも拘わらずこの金額である。
 一方、サッカー発祥の国、イギリス。イギリスのW杯の経済効果は12.5億ポンド、2,600億円強である。これも日本の金額より小さい。
 データの取り方や経済規模の違いもあるので一概には言えないが、もしこの数字が正しければ、W杯は日本経済のためにあるといっても過言ではない?

 が、それは違う。一番恩恵を被っているのは日本ではなく、何を隠そうFIFAそのものである。テレビの放映権料だけでなんと千数百億円の収入。これに加え、15社のオフィシャル・スポンサーから千億円近く入る。1社あたり31百万ポンド、約65億円だ。日本企業では東芝と富士フィルムがスポンサーになっているが、この金額を払って元が取れるのか、他人事ながら心配してしまう。おまけに放映権料やスポンサー料は次回、南アフリカ大会に向け、更に上がるらしい。下手をすると有料放送でしかW杯が見られなくなるかもしれない。

 しかし、これだけのお金を集め、FIFAはいったい何に使っているのだろう。
 世界の子供たちが安心してサッカーのできる環境を作るため、グランドを整備する、ボールやシューズを寄付する、更には地雷廃絶に協力するなど、是非とも有意義にお金を使って欲しい。

村上ファンドにインサイダー疑惑

2006-06-03 23:51:00 | お金の話
 村上ファンドの村上代表がニッポン放送株取引を巡りインサイダー取引疑惑を受けている。東京地検はライブドアの宮内被告や熊谷被告から相当確度の高い情報を入手したのであろう。立件の難しいインサイダー取引であるにも拘わらず、かつその辺の対策には抜かりのない村上氏が相手であるにも拘わらず、地検は立件に自信を持っているようだ。

 もし村上氏がライブドアによるニッポン放送株大量取得を事前に知った上で同社株を購入したのであれば、法で整斉と裁いて欲しい。
 しかし、もしこれが、わが国の会社組織のあり方を変えよう、既成概念を打ち破ろうとする村上氏を潰してしまえといった“出る杭を打つ”的な措置であれば、即刻止めて欲しいと思う。

 村上氏については、物を言う株主としての積極的な評価と、仕手筋と何ら変わらないじゃないかというマイナス評価とが交錯している。僕は、彼のやり方は姑息な気がしないではないが、彼の日本を変えようという行動は評価できると考えている。初めに彼のファンドに資金を提供したのが、規制改革に熱心な宮内会長のオリックスであったことからも、彼の考え、目的はしっかりしたものだと推察される。
 少し穿った見方かもしれないが、本件は、構造改革を旗印とした小泉首相の退任に併せ、宮内会長など変革を進める人達を一気に叩こうという守旧派の動きの一つでありはしないか。

 だが阪神電鉄を巡る一連の動きを見ると、村上ファンドに変化の兆しが見られるのも事実だ。以前は株主価値の最大化が目的であり経営権を取る事はしないと言っていたのに、阪神では経営権の取得を狙っている。短期的な利益獲得が狙いであった村上ファンドが自らの改革による長期的な利益極大化を目指すようになったのだろうか。
 これには阪神経営陣が無策で、あれよあれよという間に村上ファンドによる株式取得が進んでしまったという想定外の理由が大きいのかもしれない。あるいは、成功を重ねてきた村上ファンドに対して投資家からの要求が更にエスカレートし、氏が大きな賭けに出た結果なのかもしれない。

 こうしたファンドの変化と今回のインサイダー疑惑に何か関係はあるのだろうか。今後の捜査の推移を見守りたい。

ANJOインターナショナルの破綻

2006-05-29 23:08:10 | お金の話
 話題としてはちょっと古いが(すみません、つい先日『帝国データバンク倒産情報』で知ったもので・・・・)、5月16日付けで、米国公認会計士資格取得スクールで有名な㈱ANJOインターナショナルが負債10億5千万円を抱え、その事後処理を弁護士に一任すると発表した。M&Aならびに事業譲渡を検討中とあるが、会社の資産が受講生であることを思うと、自己破産の可能性が高いといえよう。

 私はANJOとは何のゆかりもないのだが、創業者の安生浩太郎社長のサクセス・ストーリーから同社には関心を持っていた。氏は1965年生まれ。慶応大学卒業後、野村證券に入社し、95年2月、自らの米国公認会計士(USCPA)取得経験を基に㈱ANJOインターナショナルを設立した。その後、USCPA以外にも講座を拡げ、大阪、名古屋など国内主要都市にスクールを順次開設し、ピーク時には20億円を越す売上を計上した。
 が、その後、2003年5月の国の教育訓練給付制度の変更(給付率が80%から40%に下がり、更に上限額が30万円から20万円に引き下げられた)や2004年4月のUSCPAの試験制度変更の影響により受講生が減少し、加えてe-learning、人材派遣、会計アウトソーシングなどの新規事業も振るわず、2005年12月期は売上10億円まで落ち込み、4億7千万円の最終赤字になったという。

 足下、景気が回復し雇用環境が改善してきたことも同社にはマイナスに働いたことだろう。就職氷河期と言われた2、3年前までは、学生にしろ、より良い転職先を求める社会人にしろ、資格取得に本当に熱心だった。資格の一つでもないと就職できないといった空気が蔓延していた。しかし今では、こうした雰囲気は薄れ、資格取得よりも趣味的な部分に時間やお金を掛けるよう変わってきたと思う。

 ところで、USCPAの試験制度変更はマイナス要因なのだろうか。一般には、受験回数の増加(年2回が4回に)、受験科目の選択が可能に(全4科目受験が、4科目から任意で受験可に)等から、USCPAは受験しやすくなったと考えられている。現にTACは、2004年度こそ初年度ということもあって苦戦していたが、昨年は新コースを投入し大きく受講者を増やしている。
 因みに、新・旧両制度でUSCPAの受験経験のある私としては、勉強の負担は新制度の方がずっと楽だが(働きながら4科目の勉強はつらい)、英語が苦手だと新制度で合格するのは厳しくなったと思う。新旧とも英語による記述が3割あるが、旧ではキー・ワードが入っていればそれで点数になったのに、新では英語によるコミュニケーション能力、つまり英語の良し悪しが点数に大きく響くようになったからだ。

 TACやUSエデュケーション・ネットワークのHPを見ると、ANJOの受講生の受け皿となるサービスが提供されていた。ANJOが破綻しても、受講生が勉強を続けられるのがせめてもの救いだ。高い授業料になってしまったが、会計士への第一歩として、企業の破綻の痛みを身をもって知るのは良い経験かもしれない。

中央青山の処分とコーポレート・ガバナンス

2006-05-13 23:59:00 | お金の話
 金融庁は10日、中央青山監査法人に監査業務の2ヶ月停止の行政処分を行った。(先週に続き、今週も業務停止命令の話ですみません。)カネボウの粉飾への協力と、内部管理体制の不備がその理由である。
 新聞などでは、中央青山の監査先企業がどのような対応を取るのかという点と、監査法人の監視をどうすべきかという点が話題になっている。加えて、私はコーポレート・ガバナンスについても考えるべきだと思う。

 カネボウの粉飾決算については、まずカネボウそのもののコーポレート・ガバナンスが問題とされるべきである。次に、不正があれば企業にそれを正すよう求めるべき役割の監査法人が、逆に粉飾に加担していたという、企業と監査法人との癒着の問題である。又、これは先のライブドアにおいても同様といえる。

 企業が不正を行っている場合、それをチェックするのは監査役はじめ内部監査に携わる者である。だが現実はどうだろう、それは有効に機能しているだろうか。
 内部監査を行っているのはその会社の社員である。不正が企業ぐるみであった場合、チェック機能が働くとは到底思えない。これは監査役にしてもそうだ。わが国の企業の監査役には、元・経理部長などの社員、取引銀行や取引先のOB・役員などが多い。彼らがその企業から独立した存在とは思えないし、彼らにどこまで権限があるのか、又、どこまで監査に携わっているのかも疑問である。
 では、外部監査はどうか、その独立性は保たれているであろうか。わが国の場合、これも疑問である。長い取引関係の中で馴れ合いになっているケースもあれば、仕事を失うことを恐れ監査先の言い成りになっているケースもあるかもしれない。

 日本とアメリカの監査体制を比較したとき、最大の違いは、わが国においては監査役が、アメリカにおいては社外取締役からなる監査委員会が監査の責任を担っている点である。アメリカに監査役の制度はない。
 監査法人の独立性にも違いがある。わが国の場合、監査法人は経営陣から仕事をもらっている。まさに経営陣はクライアント、お客様である。監査法人を決めるのも、その報酬を決めるのも経営陣であり、これでは監査法人の独立性は弱い。監査法人を他に変えられることを恐れ、経営陣の圧力に屈することがあるのも想像に難くない。中央青山の責任は否定できないが、もしかすると彼らにも被害者としての一面があるのかもしれない。
 一方、アメリカの場合、監査法人の任命やその報酬額の決定は、企業から独立した監査委員会の役割である。監査委員会が本当に会社や経営陣から独立した存在かという問題は残るが、経営陣から直接仕事をもらう日本よりはまだましな気がする。更に、アメリカではエンロン事件を契機に、2002年にサーベンス・オクスレー法が制定され、監査法人の独立性に対する規制が強化されている。

 わが国においても、コーポレート・ガバナンスの観点から監査役、そして監査法人の独立性を高める仕組み作りが望まれる。社長が悪意を持って、会社ぐるみで不正を働こうとした場合、それを防ぐのは難しいかもしれないが、対抗勢力と成り得る独立した監査役、監査制度の確立が必要だ。

三井住友銀行に業務停止命令

2006-04-29 18:08:39 | お金の話
 金融庁が、27日、取引先にデリバティブの購入を強要したとして、三井住友銀行に当該業務の半年間の停止命令を発動した。アイフルに続き、またまた金融業界での処分である。又、中小企業への取引強要で優越的地位の乱用に該当という、銀行では初めての独占禁止法違反による処分である。金利スワップ実施を新規融資の条件にしたり、あるいは融資残高維持の条件に金利スワップ実施を迫ったのであろう。

 正直言って、住友ならさもありなん、といった感じである。いや、どこまで露骨にやるかどうかは別にして、どこの銀行も似たり寄ったりかもしれない。以前から、通常の貸出より儲かるからと輸出入に縁のない企業にまでインパクト・ローン(米ドルなど外貨による貸付)を行ったり、外貨預金をさせたりするといった話は聞いたことがある。金利スワップにしてもリスクヘッジ目的ではなく行わせる(早い話、投機)こともあるらしい。(もっとも以前私のいた銀行は、そんなえげつないことをしていなかったので、収益的には厳しかった。)
 新聞などの論調では、不良債権処理に追われ収益偏重に走ったツケと書かれているが、何も今に始まったことではないと思う。

 が、少し見方を変えると、今回の件がどこまで問題なのかという疑問がわいてくる。

 今回は中小企業に変動金利で融資する際、抱き合わせで金利スワップの実施を強要した例が多いという。その結果、支払金利が一定になり将来の金利上昇リスクは避けられるものの、始めから固定金利で借りたときよりもコストがアップする。スワップ取引に銀行サイドの手数料が入るからである。
 簡単に説明すると、①変動金利(6ヶ月の市場金利+0.5%)での借入、②金利スワップ(2%の金利を支払う代わりに、6ヶ月の市場金利を受け取る)、という取引を同時に行うことにより、6ヶ月の市場金利の部分が相殺され、0.5% + 2% = 2.5% の固定金利でお金を借りたのと同じ効果になる、ということである。ところが、2%の部分に銀行の手数料が入っていて、最初から固定金利で借り入れたら2.2%とか2.3%で借入できたかもしれないのである。

 とすると、今回、銀行が金利スワップを強要せずに、始めから2.5%と他社よりも高い金利で貸出をしたら問題になったであろうか。おそらくこれは問題にならない。リスクに見合った金利ということで説明され、金融庁も文句は言わない。それどころか銀行の経営健全化のためそれが必要だったと言うかもしれない。
 では、なぜ三井住友が初めから高い金利で貸さず、金利スワップを利用したのか。考えられる理由は二つ。一つは項目毎に本部から目標が与えられており、金利スワップの金額の足りない支店が取引先にスワップを強要した。もう一つは支店の収益管理上、固定金利の貸出のみと、変動金利の貸出と金利スワップを組み合わせて同じ水準の固定金利貸出を行うのとで、後者の方が支店の利鞘が大きいため、支店がその方法を選んだ、である。

 実態は同じでも、高い金利を払えと言えば問題なく、金利スワップを使えと言ったら問題になるという妙な話である。三井住友の弁護をするわけではないが、どこか腑に落ちない話だ。

 もっとも今回の件の背景には三井住友の過大なノルマと熾烈な支店間の競争があると思うので、その辺の意識は改善して欲しい。

自費出版の夢、崩れる

2006-04-22 23:39:00 | お金の話
 自費出版がブームのようだ。背景として大きく二つの要因がある。一つはブログの普及により自らの文章を公表する人が増え、潜在的な出版ニーズが拡大していること、もう一つは団塊世代が定年を迎えつつあること、である。自分の人生を記録に残したいと思う人は多い。
 が、こんな自費出版ブームに水を差す出来事が最近あった。自費出版専門会社、碧天舎(へきてんしゃ)の倒産である。同社は負債総額約8億6千万円を抱えて破産した。

 ところで、この“自費”出版、どこからどこまでが自費で、どこまでが出版社の負担なのかが曖昧である。単に出版社が印刷・製本等を行い、作者が出来た本を全て引き取るのであればわかりやすい。費用は「実費+出版社の利益」だからである。
 だが、出版社が本の編集に係わる、流通に乗せて販売を行う、宣伝を行う、ということになると、一気にわかりにくくなってしまう。出版社が自らのリスクで行う部分があるのかもしれず、両者の負担割合や責任が明示されない限り、“自費”の範囲はまったくわからない。素人にしてみると、言い値でお願いするしかないのである。

 碧天舎が破産した理由はわからない。もしかすると、同社は極めて良心的な会社で販売費は勿論出版費用の一部を負担していたのに本が売れず経営に行き詰ったのかもしれないし、あるいは出版費用ないしそれ以上の資金を作者から集めたにも拘わらず放漫経営で行き詰ったのかもしれない。その辺の詳しい事情はわからない。
 ただ新聞記事(4月12日付読売新聞)によると、同社に本の出版を申し込んだ人の中には、お金を支払ったのに本の出版されない人が250人近くいるらしい。会社を見る目がなかったと言えばそれまでだが、なけなしのお金をつぎ込んだ人、借金してまで費用を支払った人、長年の夢が台無しになった人などがいて本当に可哀そうである。破産の場合、こうした通常の取引の債権を回収するのは難しいので、彼らはほとんどお金を取り戻すことはできないだろう。

 しかし、何より私が驚いたのは、その金額である。本のページ数や部数はわからないが、一人150万円程度支払っているようだ。私もブログがたまったら本にしようかなとか思っていたのだが、この金額を聞いて甘い考えは吹き飛んでしまった。
 もっとも夢がそれで買えると思えば安いものかもしれないし(車を買うのと同じ感覚か)、それが自費出版の増加に繋がっているのだろう。何事も業者選びは慎重にしないといけないということか。
 一方、販売目的で出版しようという人は、冷静かつ客観的に費用対効果を考えた方が良い。これを世に出さないのは惜しい、絶対に売れる、とかいった出版者の言葉に騙されることなく、そこまでの金額を支払って元が取れるのかをしっかり考えるべきだ。大方の場合、答えはノーだ。出版者が見てそれだけの価値があると思えば、自費出版ではなく初めから会社側の負担で本を出したいと言って来るだろう。

 などと今は言っているが、実際に人から作品を褒められると、その気になってしまうのかな。もし、このブログが本になりました、とかいうのを見たら、騙されたんだ、馬鹿なやつだな、と笑ってやってください。

どうする、アイフル?

2006-04-15 23:48:27 | お金の話
 消費者金融大手のアイフルが業務停止処分を受けた。金融庁が、強引な取立てなど法令違反が相次いだアイフルに対し、全1,667店に3~25日間の業務停止処分を出したのである。
 国民生活センターによると、昨年度、アイフルへの苦情は前年度比1割強増の3,200件。貸金業関連の苦情が減少する中、アイフルに関する苦情は増加傾向にあるという。もっとも、これだけでは本件がアイフル固有の問題なのか、それとも業界全体に係わる問題なのかは判断できない。借り換えや債権譲渡により自社の責任を回避しているケースや、苦情すら言えないヤミ金のケースなどがあるのかもしれない。いずれにしろ、これで世間の消費者金融業界を見る目は厳しくなる。一部には、金融庁は消費者金融への規制強化に乗り出すきっかけとするため、敢えて厳しい処分を下したとの見方すらある。

 金融庁は貸金業規制法改正に向け、現在有識者懇談会での検討を行っている。懇談会は“グレーゾーン金利”の解消や、多重債務防止に向け貸出額や件数を制限する“総量規制”導入についても議論している。
 グレーゾーン金利は、利息制限法の上限金利(15~20%)を超える利息を取っても、出資法の上限金利(29.2%)の範囲内で借り手が任意に払うことを証明すれば刑事罰に問われないことに起因する問題だ。借り手の弱みに付け込んで高い金利をとることを認めた、おかしな制度である。一刻も早く見直されることを望む。

 金利はリスクに見合った水準にすべきだ。消費者金融各社の収益水準を見ると、今の20%を越す高い金利が妥当な水準とは到底思えない。高い金利と厳しい取立て、更にはリスクをヤミ金等に転嫁する仕組みとが相俟って、消費者金融に高収益をもたらしているのではないか。
 個人が無担保でお金を借りる先は大きく三つある。金利の低い順に、まず5、6%前後の銀行。次がモビット、アットローンなど銀行系の消費者金融。金利は利息制限法の上限金利内、15~18%である。そして最後が消費者金融専業、金利は勿論グレーゾーン金利。この中で一番利益を上げているのが消費者金融専業である。

 では、グレーゾーン金利が見直されると何が起きるのか。消費者金融各社の収益水準が下がり、正常な姿に近づくと考えられる。又、ただでさえ中途半端な銀行系消費者金融の位置付けが一層曖昧になるだろう。現在、専業に比べ取立てのノウハウに劣り、リスクに慎重な銀行系の貸出残高はあまり伸びていない。派手なCMの割りに業績は芳しくないのである。それが金利まで専業と同じというのでは、まったく存在価値がなくなってしまう。
 一方、専業が貸出を絞る、つまりリスクの高い人への貸出を抑える懸念も指摘されている。が、もともとローン金利の違いを考えれば、わざわざ高い金利を払って専業から借りる人は他で借りるのが難しい人と考えられる。その層を無視して専業各社の事業が成り立つとは思えない。

 不当利益の大きい業界であることが、悪徳業者やヤミ金が蔓延る最大の理由だと思う。金利など条件面の改善とともに、取立てへの規制を強化し、消費者金融がごく普通の、あまり儲からない業界になれば良い。それが業界健全化の早道だと思う。