縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

敵(★★★☆☆)

2025-02-11 18:43:05 | とある田舎のミニシアター
 “老い” の物語である。妄想(あるいは夢?)と現実が交錯し、何が事実で何が虚構かあやふやになる。長塚京三演じる77歳の元大学教授が創る世界に見る側も混乱する。
 この映画は、きっちりした起承転結がないと嫌な人やハッピーエンドを期待する人にはお勧めできない。監督は何を言いたいのか、あのシーンの意味は?等、あれこれ考えるのが好きな人向きの映画である。

 主人公の元大学教授 渡辺は、妻に先立たれて20年一人暮らし。かといって家が散らかることもなく、炊事、洗濯、掃除はお手のもの、日々整然と暮らしている。社会から孤立もしていない。友人もいれば、未だ訪ねて来る教え子もいる。出版社とのつきあいもあるし、時折講演することもある。フランス文学の大御所なのである。日々の収支と預貯金から、あと何年お金が持つか、生きられるかを計算し、その時点で死ねば良いと考えている。大学教授らしい理性の人だ。
 が、そこに突然“敵”がやって来る。

 ところで、この映画には食事のシーンが多い。渡辺が一人で食事を作り黙々と食べる。外食ではなく、また総菜を買ってきて済ませるのでもない。それなりに拘って料理する。コーヒーも手動のコーヒーミルで豆を挽き丁寧に淹れる。食欲については貪欲というか、抑えてはいない。
 では、同じ欲求でも性欲はどうか。理性の人である渡辺は、女性に対する思いをずっと抑えて来た。女性に対しては真面目というか、奥手だった。教授時代、お気に入りの教え子と食事に行くことはあっても、その先に進むことはなかった。どうも亡くなった妻との関係も淡泊だったようだ。そしてその反動が、年老いて何かのタガが外れ(ボケではないと思う)、妄想として出て来るようになった。そう、彼の妄想は性と係わるものが多い(もっとも嫌らしいというより滑稽なものが多いのでご安心を)。性欲というか、女性への思いを抑圧して来た結果、いびつな形での妄想になったのだろう。

 しかし、妄想で渡辺の理性が崩壊することはない。バーで出会った女性にお金を騙し取られることはあったが(これは妄想ではなくリアルだと思う)、それで路頭に迷うことはない。信じたくないものの事実として受け止めている。ただ、彼は妄想と現実の区別がだんだんつかなくなったのではないだろうか。そのために遺言を書き直したのだと思う。
 勿論、彼は“敵”に殺されるわけではない。“敵”は彼の妄想が創ったのだから当然である。“老い” による妄想、それにボケや認知症、これは皆に起きるとは限らない。一種賭けのようなものだろうか。その賭けに当たらないことを願うが、渡辺を見ていると彼は彼なりに楽しかったのかもしれない。大変なのは周りの人間か。

型破りな教室(★★★★☆)

2025-02-07 14:58:57 | とある田舎のミニシアター
 夢を諦めてはいけない。自ら可能性を狭めてはいけない。
 その大切さを改めて感じさせてくれた良い映画だった。実話だというのも驚きだ。

 筋としては割とありきたり。落ちこぼればかりの学校に赴任した熱血教師が子どもたちに大きな変化をもたらし、成績を国内トップクラスへと向上させるというもの。これだけ聞くと「あー、よくあるパターンね。」とあまり見る気が起きないかもしれない。
 が、この映画には他と違う面白さがある。

 まずは舞台というかシチュエーション。メキシコ映画であるが、首都のメキシコシティではなく、アメリカ国境近くのマタモロスという町が舞台。麻薬絡みの犯罪が多く、殺人も日常のようだ。
 次に子どもたちの才能。数学の天才がいたり(因みに1から100まで足すといくつになるか瞬時に計算できますか?)、小学校6年生にも拘わらず哲学に目覚める子がいたり(メキシコはカトリックが多いが、その子が市の役人の前で中絶について語るのは面白かった)。また子どもたちの演技がとても自然で良かった。
 そして熱血教師の悩み、人間らしさ。前の学校で挫折を経験したが、自らの理想を追い求めることを諦めない。新しい学校で、指導要領なんか無視し、子どもたち自らが疑問を持ち、考え、答えを探して行く、そんな教育をしたい。教師はただ子どもたちにきっかけを与えるだけ。教師は、そして親や貧しさなどの家庭環境も、子どもたちの可能性を閉ざしてはいけない。
 しかし、熱血教師も自らの行動に自信を持てず悩むことも。そんな彼を上手に導く校長先生が良かった。最初は権威主義の嫌なやつかと思ったが、とってもステキな人物だった。まさに理想の上司である。

 大人になるということは、これはダメ、あれはできないと、自らの可能性を切り捨てて行くことかもしれない。でも中年の熱血教師を見ていると、自分にもまだ出来ることがあるのではと思えた。年齢などは関係ない。この映画は子どもや若者だけでなく、悩める中高年にも見て欲しい映画だ。
 映画館を出た僕は、心なしか、いつもより力強く、しっかりと歩いていた。