25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

人が人に感じる優しさ

2015年02月16日 | 文学 思想
 「惚れた」「恋した」「胸が焦がれる」「愛する」・・・・。人間のエロティシズムは「知性」によって成り立っているというアメリカ人女性もいる。賛同する。でも何か違う。
 人は、「孤独」「無力」「無念」「悲嘆」「人に理解されたいという気持ち」がまさる。悪いことが実は善いことであったり、善いことが悪いことだったりする。「恋愛」「恋する気持ち」は幸せだとはかぎらない。無限の果てしないエゴイズムなのかもしれない。
 幸せとは、
 ある時、
 人が人に感じる優しさ

 これは中国のチャンイーモーという映画監督の言葉である。この言葉はアメリカで語られるだろうか。僕は西洋と東洋の倫理のギリギリのところを言っているように思える。
 愛することを維持すること、性欲を維持することは人間の知性ではある。人間にしかできないことではある。しかし、それは奇妙な努力を伴う。無理な努力と言っていいのかもしれない。それよりはもっと超えるもの、もっと寛容でもっと深くて、もっといじらしいものに、「人と人が感じる優しさ」があるのではないか、と思ったりする。うまく言えないのだが。個人主張ばかりが「恋」や「愛」ではないことは確かなことだ。