25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

憲法改正についてのぼくの意見

2018年05月04日 | 社会・経済・政治
 例えば、集団的自衛権が発動されて、アメリカ軍と行動を共にしたとする。そして自衛隊隊員が数人死んだとする。すると人口減少社会の日本で自衛隊員の獲得が難しくなる。そうなると、志願制にたいして特別なおまけをつける(例えば大学の授業料を無料にするとか、家族手当てを増やすとか、である)。それでも自衛隊を維持する人数が足りない場合はどうするか。徴兵制の施行である。徴兵されるのは憲法論議をしている政治家ではない。若者である。威勢のよい評論家でもない。
 集団的自衛権を合憲とする自衛隊を憲法9条に明記するということは徴兵制へのロックを開ける鍵を持つことである。
 日本の憲法は人類としてはもかなり理想的なものである。日本が最も自慢できるものだ。アメリカに押し付けられた憲法というのは嘘である。幣原喜重郎総理の平和主義も取り入れられ、帝国議会で議決されている。進駐軍の指導がなければ当時の日本人でこれほどの憲法を作ることができなかったのは自明である。
 これがぼくの憲法改正論議で思うことである。憲法が権力の暴走を縛るのは当然である。しかし、共謀罪、安保法制で、憲法がないがしろにしているのが安部政権である。