25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

びっくりもん

2018年05月09日 | テレビ
 発行日が新聞広告で知らされると、曜喫茶店で「週刊文春」「週刊新潮」に目を通す。「週刊ポスト」「週刊現代」にも目を通す。
 昔は漫画雑誌もみていたが、これが今はなくなった。各雑誌、平均して年に2度ほど貴重な情報が載っているときがある。以前は週刊現代の巻頭写真が素晴らしかったが今はもうない。これら4つの雑誌はますます高齢化しているように見える。熟年期や老年期の性にやけにこだわって記事にするのは熟年以上の人が多く読むのだろう。

 週刊誌は山口達也の行状のひどさを書くが、新潮は「ジャニーズ事務所の無責任ぶり」をなじり、文春は山口に番組をもたせていた「NHK」をたたく。
 どうでもいいようなことだが、目通し、少々疲れると窓から見える空は真っ青で、青葉も光っている。
 とかく人間の行うことは想定外のことが多い。庭にどうやったら木炭の小さな破片を撒き散らして客が帰るのか、ぼくは理解できないし、一晩でキッチンペーパー1本を使いきってしまうのも想定外である。下履きの片方がどんなに探しても見つからないのも不思議である。
 新潟で起こった小学2年生の女児が窒息死させられ、遺体を線路に捨てさるというのも、考えられないことだ。犯行現場近くで、犯人は昨日も眠ったのだろうか。熟睡したのだろうか。そもそも眠ったのだろうか。

 最近びっくりしたのは、ロッキー山脈でアドベンチャーレースに参加した人達である。ポイントが設定され、700キロの山中を歩き、または走り、水は地形を読んで自己調達し、等高線のあるだけの地図で道を探しながら進む。間違った道を選んでしまうことも当然ある。一日目は一睡もせず、二日やっと2時間半の睡眠をとり、自転車で走り、また歩き、ゴムボートで川を走り、また自転車ではしる。最後は歩いてゴールである。
 途中熱中症になるものも、足指を傷めてしまうもの、低血糖に陥るものがでる。
 このレースには日本人グループも出ていたが、ほとんどが白人である。白人はなぜこれほどまでにチャレンジするのか、そんなことを考えさせられた。黒人はいないのである。
 特にスウェーデンなどの北欧出場者が多い。役割を背負いながらも、互いが助け合わなければならない。歩けなくなったものの荷物を負うこともある。歩行速度が遅くなったものをロープで繋いで引っ張り歩くこともある。ナビゲーターの役割の者の間違いに気づくこともある。その責任を責めることもせず、挽回策を提案する。
 これは何なんだろう。こういうことをしてまでの冒険心はぼくには考えられないことであった。っsらに驚くのはそのレースをカメラに収めたカメラマンである。どのようにして撮ったのだろう。びっくりもんであった。