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相棒CBR1000RR (SC59)でのツーリングや色々
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ブランドUの訴訟を見て思うこと。

2018年09月22日 | 繊維業界の転職
もう5年前のことだけど、思うところがあるので記事にしてみる。
タイトルの通り、ブランドUが起訴されていたことを最近知った。

簡単に経緯を書くと、、
ブランドUが猫のグラフィックをシーズンイメージにした。

百貨店の店舗用に猫のグラフィックの看板を作成。

とある写真家が偶然ブランドUの店を通りかかる。
え!これ私の作品の写真、、、!!

写真家の作品が無断で使用されて、看板に使われていた。

店員を呼び出して抗議。
ブランドU、百貨店を相手取り、1億以上の損害賠償を求めて訴えた。

判決により数百万の賠償で決着。

猫の写真は、CGで目をくり抜かれて光っているような加工をされていた。
ネットで調べると、ブランドUは写真家が販売していた猫の写真集から、写真を無断使用していたらしい。

ブランドUといえば、90年代の裏原ブームの草分け的なブランドである。ブームが終わった後もパリコレに進出したり、海外のセレクトショップで販売したりしている。裏原出身で最も成功したブランドの一つである。

僕がこの件を見て思い出されるのは、僕が9年弱いた若者向けのアパレル会社である。
その会社も裏原時代に作られた。社長は業界ではそこそこ有名な低価格アパレル、リプロメーカーの出身。
その会社で作っていたのは、裏原ブーム跡地に来た今は亡きブーム、お兄系と呼ばれるアパレルである。裏原ブームに乗っかり会社とブランドを立ち上げた社長は、全く売れなくて借金まみれ、廃業寸前。しかし2000年台半ば、お兄系ブームの走りを掴んで爆発。社員3人ほどでいきなり年商が20億まで上がった。その後、3年くらいはまずまずの業績。2010年代、お兄系ブームが斜陽の一途を辿り16年で僕は会社都合退職。その後、会社は320平米の事務所からわずか6畳一間の事務所に移転。17年に社長が夜逃げして廃業した。

会社で作っていた服はブームとなったテイストの源泉、国内のものづくりにこだわったブランドのリプロがベースだった。売れてる製品を買ってきて中国やOEMメーカーに渡すとか、ネットで製品画像拾ってきてデザインの元にするとか、当たり前のようにやっていた。今でも、一般的なアパレルでも程度の差こそあれ、同じようなことをやっているが。

会社にいた時は、社長世代の人と話すことが多かった。これがブランドU創業者世代である。70年代生まれ。90年初期に社会人になり、裏原ブーム時代はブランドを作る側の人間だった。今では信じられないが、基本的に1人1ブランドな時代。ブランド立ち上げたんだ〜?俺も俺も笑 って感じ。

僕が話を聞いた人は、裏原とはちょっと違うけど目黒にある有名アメカジブランドの創設時のメンバー。何でそんな人がいたのかさっぱり分からないが。そこで生産管理をしていたらしい。年間休日1日、ミーティングとメーカーを行き来する毎日だったらしい。何が大変かって、デザイナーの御用聞きなのはもちろんだけど、ミーティング中は度々◯でラリってるから後でメモ見返しても何が書いてあるか分からないと (笑 デザイナーも何を言ったのか覚えてないし。
そんな時代だったのである。業界のつながりが強く、イベントに行けば今では有名ブランドの創立者もみんなお友達。みんなラリってたらしい。

社長が古巣で世話になったメーカーの社長もよく会社に来ていた。その人曰く、昔は今みたいに簡単にグラフィックが作れるパソコンが無いから、Tシャツのグラフィックが作れない。手取り早く、海外で有名アーティストの写真集を買ってくる→コピーしてプリント屋に渡す→網掛けしてシルクスクリーンプリント。これが売れに売れたらしい。90年代、チビTが流行った時代である。

90年代は円高だった。調べたら、94年に79円を記録したらしい。アパレルは中国での大量生産に一気にシフトした。
海外から安く買って高く売る。これだけで会社が成り立つ時代である。スニーカーで有名なCもこの時代に買い付けと販売で会社が大きくなった。
OEMメーカーが儲けたのもこの頃だろうと思われる。例えば¥5,800のTシャツ。ブランドとしては原価率25%の¥1,450まで許容出来る。中国から来る見積もりは$5.00とか$6.00である。仮に$6.00、為替を¥85とすると、運送費を20%入れても¥612である。¥1200とかで提示しても、1枚600円も儲かる。これは80年代の1ドル¥200相場ではあり得なかった数字である。ブランドは、1枚で3600円儲かる。
実際は分からないけど、僕の経験上、国内Tシャツ専門会社の有りボディと国内プリントだと、
ボディ ¥170
プリント ¥100
プリント型代 ¥100 (¥10000/100枚)
ネーム付け・仕上げ ¥50
1枚¥420円で作れる。これは僕がいた会社でやっていた数字。¥4,900とか¥5,800で売っていた。

裏原時代のブランドは、自社事務所でプリントをしていたメーカーもある。そうすると、インク代を抜きにしたら、ボディと仕上げだけ、¥220で作れる。裏原ブランドは、アンヴィルやフルーツオブザルーム等、アメリカのボディを使っていたので正確ではないけど。仮に¥500で作れた場合、原価率は驚異の8%、1枚売れば¥5,300も儲かる。
文字通り、ぼろ儲けである。

前置きが長くなったけど、実際ブランドUがどんな活動をしてきたのか分からないが、少なくともベースにあるのは前述したような時代と風潮である。コンプライアンスなんてあったもんじゃない、本当にストリートなビジネスだと感じる。
要するに、ブランドUのコンプライアンスの欠如はこんなところから来ているのだと思う。
何をやっても新しくて、売れて、人が集まって儲かる時代、もてはやされた時代。それを経て2010年代、創業20年を過ぎても、社会的にやってはいけないラインを易々と越えるのである。海外コレクションに出展するようなブランドがやるようなことではないと思う。

写真家の驚きは本当に衝撃的だと思う。自分の作品が全く知らない、意に介さない加工をされた上で国内トップクラスの百貨店で見かける、、
この無断使用は、東京オリンピックのロゴで社会が揺れたパクり問題とはわけが違う。レベルが違うというか。ネットから拾ってきた画像ではなく、書店で販売されるようなプロの写真家の写真集から、当たり前のように写真を使っている。
なぜ当たり前のようにと感じるのか、その写真を使った看板はいわゆるシーズンのコンセプトビジュアルである。それこそ看板どころか、他にも使う予定があったんじゃないだろうか。TシャツとかDMとか、ネット販売ページとか。会社的に、ブランド的に極めて重要なビジュアルなのである。詳細は不明だけど、創業者がデザイナーの会社である。創業者本人が作ったか、創業者の目を通って無いはずがない。
猫を飼ってる知人に頼めば、または猫カフェにお願いするとかすれば写真なんていくらでも取れるだろうに、何故自分達で写真を用意しなかったのだろう。僕はそこにブランドのスピリッツが薄れているのではないかと感じる。20年前なら、カメラ片手に街に繰り出したんじゃないだろうか。

無断使用も酷いが、もっと酷いことがある。
インターネット上にこの訴訟の、特許判例書類がダダ漏れになっている。特許判例データベースというサイトから検索に引っかかって直接的にPDFが出てくる。ブランドU、百貨店の会社名もしっかり見れる。さらに弁護士サイトからも訴訟例が引っかかる。これはブランドの意としないことかもしれないが、酷くないだろうか。ブランド、百貨店の名誉なんてあったもんじゃない。
これはもしかしたら、ブランドU、百貨店公式サイトに謝罪文を掲載するように求めた原告写真家によるものなんだろうか。実際謝罪文を掲載したかは分からないが、双方かなり争った結果なのかもしれない。

僕は裏原世代を高校生で経験した世代である。ブランドUはそんなに好きではなかったけど、青山の店に友達と並んだこともある。当時20代そこそこのデザイナーが東京の一等地にオリジナリティー満載のデカい店を構えているのを見て憧れたものである。紆余曲折を経て僕も繊維業界の人間となり、今こうしてかつて憧れた世代のブランドを冷めた目線で見ることになるのはとても残念である。
ちなみに、転職活動をしていると、このブランドUの求人を見かける。この1件だけでどんな会社なのか察する点が多過ぎて、応募する気には全くならない。