先の日記「違和感のある光景(2019.12.17)」に記したが、14日(土曜日)帰省した。
そして、その“足“で、過去にお世話に成った方の、お見舞いをする計画である。
兄宅に一泊し、15日の朝、姉の入院先に向かう。
一時的な入院で、何時もと変わらない会話を楽しみ「また(帰る)来るわ!」と、病院を後にする。
約300Km移動し、その日の夕刻に、次なるお見舞いを果たす。
過日の日記にも記したが、病気が原因で、会話が出来ない。
しかし、その表情から私であることを理解している様だ!
握手する力から、心強いものを感じ、安堵した。
小一時間程の後、介護士さんが来た事から退室する。
お見舞いを済ませ、娘さん夫妻と、夕食を供にした。
再会を果たし、会話もはずんた。
其処に、娘さんのお友達から電話があった。
「屋根付き橋を観て来た」との事であった。
そして「(私達も)明日が行ってみようか?」と云う、話しに進展した。
16日・10時過ぎに、同乗させて頂いて出発する。
三時間ほどの後、目的地に到着する。
この地域、特有の“文化“なのだろうか、複数が存在(再建)していた。
14時頃・遅い昼食を採り、娘さん夫妻宅に向かった。
三時間程の移動中に「これから(自宅に)帰らな・いかんか・・!?」と、思っていると「今晩も泊りな・・!」
“渡りに舟“と、甘えさせて頂いた。
と、言う事で17日の帰宅と成ったのであった。
16日の夜半から、予報のとおり、降雨となった。
そして、17日の朝には、雨も上がり帰宅の途についた。
しかし、帰宅途中で、降雨に成った。
小雨降るなか、小一時間程を走行して、 帰宅を果たした。
走行距離 650Kmの帰省・見舞いのバイク旅であった。
そして、その“足“で、過去にお世話に成った方の、お見舞いをする計画である。
兄宅に一泊し、15日の朝、姉の入院先に向かう。
一時的な入院で、何時もと変わらない会話を楽しみ「また(帰る)来るわ!」と、病院を後にする。
約300Km移動し、その日の夕刻に、次なるお見舞いを果たす。
過日の日記にも記したが、病気が原因で、会話が出来ない。
しかし、その表情から私であることを理解している様だ!
握手する力から、心強いものを感じ、安堵した。
小一時間程の後、介護士さんが来た事から退室する。
お見舞いを済ませ、娘さん夫妻と、夕食を供にした。
再会を果たし、会話もはずんた。
其処に、娘さんのお友達から電話があった。
「屋根付き橋を観て来た」との事であった。
そして「(私達も)明日が行ってみようか?」と云う、話しに進展した。
16日・10時過ぎに、同乗させて頂いて出発する。
三時間ほどの後、目的地に到着する。
この地域、特有の“文化“なのだろうか、複数が存在(再建)していた。
14時頃・遅い昼食を採り、娘さん夫妻宅に向かった。
三時間程の移動中に「これから(自宅に)帰らな・いかんか・・!?」と、思っていると「今晩も泊りな・・!」
“渡りに舟“と、甘えさせて頂いた。
と、言う事で17日の帰宅と成ったのであった。
16日の夜半から、予報のとおり、降雨となった。
そして、17日の朝には、雨も上がり帰宅の途についた。
しかし、帰宅途中で、降雨に成った。
小雨降るなか、小一時間程を走行して、 帰宅を果たした。
走行距離 650Kmの帰省・見舞いのバイク旅であった。