4月14日(土)、熊本地震から丸2年です。
2年前の4月14日、熟睡していた午後9時30分突然のゆれでした。
あっと言う間に、食器、本などが散らばり、家の中はメチャクチャになりました。
朝方近くまでかかって、やっと家の中を片付けました。
大阪の先輩から電話がかかってきます。
「地震はどうだった?予定どうり帰るから迎えを頼むぞ」
「帰ってくるんですか?分かりました。喜んでお迎えに参上します」
数時間後、大阪の先輩から電話です。
「大牟田までしかJRが動いていない。大牟田まで来てくれ~!」
「分かりました。大牟田までお迎えに参上致します」
JRも動かず、高速道路も閉鎖です。
渋滞した道路を、一日中ドライブでした。
余震が数百回あったそうですが、渋滞中の車の中です。
数百回の余震が全く分かりませんでした。
そして、本震が襲ってきました。
渋滞のドライブに疲れ果て、熟睡中でした。
午前1時30分、震度7の本震が襲ってきました。
ベッドから立ち上げれません。まして、歩くこともできません。
ベッドに座ったまま、縦揺れ横揺れの数分間が続きました。
長く感じても、数秒間だよと言う人もいますが、あの本震は数分間続きました。
あ~あ~!家が潰れるな! 2階の女房は大丈夫だろうか~?
何だこれは~・・・? この揺れが余震かぁ~?
やっと長い~揺れが止まり、ベッドから立ちあがりました。
「gangeeさん~!大丈夫ですかぁ~?」
外から声がかかります。
この一声に、人間のあたたかさを感じました。
「はぁ~い、ありがとうございま~す」
2階へのストリップ階段が落ちていると思いました。
が、階段は無事で、女房が階段の上にしゃがみこんでいました。
家の中は真っ暗です。
懐中電灯で、階段を照らし、女房を誘導し、外へ逃げ出しました。
ご近所さんが全員、道路上に集まって来られました。
停電で真っ暗です。
皆さんが集まって居られる近くの車のテレビを付けられました。
「震度7の本震です。海岸近くは津波の恐れがあります」。
テレビから地震情報が流れています。
「今のが本震・・?」
「余震が来ますね。そこの広場に逃げましょう~!」
あたりは真っ暗です。
車のライトで、広場を封鎖してある鎖を照らし、鎖を切りました。
全員広場に集まりました。あたりは真っ暗です。
余震が続きます。
着の身着のままで外へ飛び出しました。
だんだん、冷え込んできました。
上着が欲しいのですが、余震が続き、家の中へ入れません。
【続きます】。