ウィリアム・アドルフ・ブグロー「天使の歌」の不思議


La Vierge aux anges / The Song of the Angels
天使の歌 / 1881

 ひと月前、クリスマスに際してウィリアム・アドルフ・ブグローの「天使の歌」を掲載いたしましたが、この美しい絵画に不思議な点があり気になっておりました。すぐに書きたいと思っていたのですがなかなかペンが進まず(今どき、靴箱を「下駄箱」、ペンケースを「筆箱」と呼ぶに類する云い回しだが、他に相応しい云い方が思い浮かばない。しかし、「筆が進まない」よりはましか)今頃となってしまいましたが、週末に俄か勉強をしながら書いてみました。不思議の多くは天使の一人が手にしているヴァイオリンに似た楽器についてです。

 中世(詳細不詳)ヨーロッパに、現代のヴァイオリンに似たフィドルと呼ばれる擦弦楽器(5弦?)があったようだが現在のヴァイオリンに続く直接の先祖はイタリア北部の町、クレモナに住むアンドレア・アマティが1550年頃に製作したものであると云うのが定説となっている。従って、それより1000年以上前にはヴァイオリンは無論のこと、その先祖となる楽器も存在していないことはまず間違いない。リュートと思しき楽器についても同様であろう。また、聖母に近い天使は小さな手風琴のようなものを膝に乗せて右手で白黒の鍵盤、左手で蛇腹式の吹子を押しているように見えるが、現代の様式に近い鍵盤を備えた楽器が登場するのは15世紀であったのではないか。

 ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William-Adolphe Bouguereau / 1825-1905)の「天使の歌」(La Vierge aux Anges (Song of the Angels / 1881))に描かれているのは幼子イエスを抱く聖母マリアと二人を取り囲み讃美の音楽を奏でる天使たちである。イエスの誕生は紀元前4年と云われているので、先に記したヴァイオリン誕生の歴史に照らせば、この時にヴァイオリン様の楽器は存在しないことになる。ブグローはもちろんそれを知っており、現代のヴァイオリンをモデルにしながらも少しでも古い時代の楽器に見えるようにと工夫したことが見て取れる。

 まず目につくのは「弓」である。現在のヴァイオリンを演奏するために使われる弓は毛の張りを強くするために、弓の竿は馬毛に対して凹状に反っているが、ブグローの天使が手にする弓は凸状に反っている。所謂バロック弓の形状である。

 楽器に穿たれているのがf字孔ではなく変形x字型になっているのも相違点の一つである。胴の肩に切込みがある点と共に現代のヴァイオリンとは異なることをそれとなく知らしめるために独自に創造し美しく装飾したものと思われる。

 この絵には描かれた楽器の他にもう一つの不思議があります。それは、描かれているのが間違いなく聖母子と天使であるにもかかわらず、その日本語のタイトルが「聖母子と奏でる天使たち」ではなく、「天使の歌」と、天使を中心としたものとされている事です。

 日本語のタイトルは英語のタイトルから訳されたもの思われますが、フランス語から英語に訳される時点でVirgin(聖母)の語が省かれていますのでそうならざるを得ないと云うべきでしょうか。あるいはブグロー晩年(1900年)の作品、「聖母と天使たち」(The Virgin with Angels)に「聖母」の語を譲った結果ででもあるのでしょうか。その辺りの事情をご存知の方がおられれば、是非ともお聞かせいただきたいものです。


Regina angelorum / The Virgin with Angels
聖母と天使たち / 1900

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