きょうのTBSの『ひるおび』で、自民党の新藤義孝衆議員が、菅義偉の日本学術会議会員任命拒否で、暴言を吐いていた。この暴言はかなりの偏見と誤解からくるので、訂正する必要があると思い立ち、ここに筆をとる。
日本学術会議の歴史に関して、高橋真理子が朝日新聞の『論座』で説明していたので、ここでは、必要に応じて引用するのにととどめ、ネットであふれる偏見と誤解を含めて、新藤に反論する。(『論座』は会員のみがアクセスできるが、高橋真理子の論考は、10月3日のライブニュース『学術会議の会員任命拒否の「とんでもなさ」』に再録されている。)
じつは、欧米では、日本学術会議のような組織、アカデミアは、どの国にもある。なぜなら、ブルジョア民主主義社会には、一生を真理の追求に捧げてきた学術研究者に敬意を表する伝統があるからだ。権力者に逆らうからといって、学術研究者を罰したのは、ナチスかファシストかスターリンか、70年前のアメリカでの赤狩りしかない。
学術研究者とは貧乏なのである。朝から晩まで研究する。土日も研究が続く。
私は企業の研究者だったが、それでも、定年退職するまで、妻と旅行にいったことがなかった。そして、72歳の私は今でも研究を続けている。私の5つ上の兄も木造アパートで一人暮らしをしているが、今でも物理の研究を続けている。
学術研究者とは貧乏なのである。給料は低いのが普通である。企業に務められなかった研究者は一生非常勤(非正規)にとどまるかも知れない。私立大学の授業の半分以上は非常勤でまかなわれている。そして、学術研究者は自分の給料も研究に書籍につぎ込む。
金持ちの子息以外が研究者を志すと、奨学金も返さなくてはいけないし、幸運な人を除き、大変な生活を一生送ることになる。
研究者は、真理の探究のために、企業の経営者や政治家とまったく異なった生活を送っているのだ。
研究に成功した学術研究者に、日本学術会議会員の名誉を与えたって良いではないか。
日本学術会議に約10億円を使っているというが、それは日本学術会議の運営費である。事務局の人件費やシンポジウムの開催費を含んでいる。210人の会員はすべて非常勤の公務員であるから、会議があるときの交通費と日当が支払われる。会員の任期は6年である。任期がすぎれば、非常勤の公務員でもなくなる。天下りの官僚や、子会社を渡り歩く退職経営者とは違うのである。
菅義偉が国費を使っているというなら、使われている国費の内訳を公開したら良い。誰がどれだけもらっているか、明らかにしたらよい。
任命拒否の菅を支持する人たちのいう「終身年金に6億とかふざけてる」や「終身年金欲しさのおじいちゃん達のための寄合」は事実誤認である。非常勤公務員なので、会員になったからといっても「終身年金」をもらえない。
どうして、政治家や高級官僚や企業の経営者を叩かないで、ネットの人間や日本会議国会議員懇談会のメンバーは、弱い者いじめをしたがるのか。弱い者いじめをして、抑圧的社会をさらに抑圧的にしたいのか。
また、任命拒否の菅を支持する人たちの「若手や中堅からみて雇用や研究環境の改善に役立つ組織と思っていない」や「予算どりに活用しようとしている」は、まったく偏見と誤解である。日本学術会議には、ずっと以前から、その権限はない。
高橋真理子が説明しているように、日本学術会議には、日本の科学技術政策を政府に答申する権限もないし、研究予算の配分を審議する権限もない。前者は1959年に、後者は1967年にその権限を政府によって奪われた。したがって、政府は会員たちを名誉職のなかに閉じ込めているのだ。
このような仕打ちを受けても、名誉職に閉じこもっておらず、けなげにも、日本学術会議は、社会的道義的問題について議論し、声明を出している。
そう、学術研究者たちの精神的支えとして、日本学術会議法の前文にある「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」を、いまなお、実践しているのである。
また、菅が会員の任命者だから、任命を拒否できるという法律論も当たらない。
日本学術会議法の第7条2項に「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とある。
第17条は「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする」とある。
「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とあるのに拒否できるとすると、日本国憲法第6条「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」で、天皇は国会の指名する内閣総理大臣の任命を拒否できることになってしまう。
この条文の解釈があいまいだったというのも いいわけにならない。改正法案提出者の政府は、国会審議において、解釈をつぎのように説明している。
当時の内閣官房総務審議官が、「実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません」と答えている。
また、総理府の総務長官は、「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否しない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答えている。
また、当時の中曽根総理大臣は、「学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして、そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます」と答えている。
菅義偉首相や新藤義孝衆議員は、日本学術会議のことは日本学術会議会員に任せておけないのか。ブルジョア民主主義の伝統さえ、守れないのか。
菅と新藤の共通点は、憲法改正に賛成、特定秘密保護法に賛成、女性宮家の創設に反対、日本会議国会議員懇談会のメンバー、神道政治連盟国会議員懇談会のメンバー、創生「日本」の副会長と副幹事長、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会のメンバーである。
トンデモナイ人物が日本の総理大臣になったと思う。
[追記]
きょう(10月6日)のモーニングショウに、日本学術会議の前会長の大西隆が出席し、会員および連携会員が会議に出席する日当と交通費の合計は1億2千万円で、あとは、事務局の運営費であると述べていた。事務方は政府官邸の正規職員である。
また、年金の誤解は、日本学術会議と日本学士院との混同ではないか、と大西隆は指摘した。日本学術会議は、戦争中に日本の研究者が軍事研究に協力したことを反省して、戦後作られた組織である。任期は6年である。それに対し、日本学士院は戦前からある組織で、戦前は天皇の管轄、戦後は文部科学省の管轄で、会員に報奨金や研究費が出される。また、任期が定まっていない。