北の旅人

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アメリカ大陸横断「青春日記」-1972・35日間・5000km①

2008-02-09 13:23:53 | Weblog

私が初めて海外へ行ったのは1972年(昭和47年)で、今から35年前、29歳の時だった。東京でのサラリーマン生活から、ふるさと北海道へ帰り、地方議員の秘書をしていた時代だ。北海道が、「開道百年」を記念して、国際化社会を迎えた中で北海道二世紀を担う青少年が国際感覚を身につけ、それぞれの地域でリーダーとして活躍してもらおうと企画された「第三回北海道中堅青年海外派遣事業」に参加したのだ。

 指導者を含む130名が、農業、漁業、商業、工業、社会活動の各班に分かれ(私は社会活動班)、ホームスティ、大学の寮、YMCA、ホテルなどに泊まりながら研修し、グレーハウンド・バスでアメリカ大陸5,000kmを35日間かけて、東から西へ横断するというスケールの大きい旅だった。

35年を経た今、若くなければ出来なかった貴重な体験の中で見たこと感じたことを、当時の日記をもとに振り返りながら、あの時と今の時代風景を少しばかり眺めてみたい。それはまた、私の青春時代へ回帰する旅でもある。

<訪れた都市>

ニューヨーク(ニューヨーク州)、アムハースト(マサチューセッツ州)、ワシントンD.C.(ワシントン州)、ボルチモア(メリーランド州)、ピッツバーグ(ペンシルベニア州)、アンダスン(インディアナ州)、アーバナ(イリノイ州)、デモイン(アイオワ州)、オマハ(ネブラスカ州)、シャイアン(ワイオミング州)、ソルトレーク・シティ(ユタ州)、サンフランシスコ(カリフォルニア州)

<1972年という時代>

日本はどんな時代だったのか。読売新聞の10大ニュースをめくってみると、次のような出来事があった年だ。

①連合赤軍事件 
②グアム島で横井庄一さん救出
③日中国交正常化
④新生沖縄県誕生
⑤田中内閣発足
⑥大阪千日ビル火災惨事
⑦札幌オリンピック冬季大会
⑧北陸トンネル列車火災
⑨日本人ゲリラ、テルアビブ空港襲撃
⑩ミュンヘン オリンピック日本活躍

そして、世界では、①ニクソン大統領訪中、田中総理訪中を含む中国関係ニュース②ベトナム和平の動き③ニクソン再選―といった時代背景だった。1ドルが308円で、まだ固定相場制だった。(翌年から変動相場制へ移行した)

ちなみに、そのころ流行った歌は、「喝采」「瀬戸の花嫁」「旅の宿」。人気の本は、「恍惚の人」「坂の上の雲」「狼なんてこわくない」など。話題の映画は、「忍ぶ川」「男はつらいよ・柴又慕情」「ゴッドファーザー」など。当時の暮らしといえば、月収平均138,500円、消費支出96,026円だった。

1972.・8・17(木) 晴れ 千歳→ニューヨーク

午後4:00 北海道庁前をバスにて出発。9:00JAL006便のチャーター機(DC-8 ダグラス社製、30億円、ドラム缶400本分の燃料を積む)で、千歳空港を飛び立つ。上空8,000m、時速900㎞、窓外に月が半分顔を出す。とにかく暑い。出発まで事前研修や留守中の仕事の段取りなど、かなり忙しかったせいか、結団式、壮行会をしてもらって、やっとアメリカ行きの気分が出る。機内で飲んだジョニクロのせいで、すっかり、リラックス!小学生の頃から外国へ行ってみたいという夢が今、実現。35日間独身。(当時、妻と1歳の息子がいた)

アラスカ上空からは、きれいな氷河が見える。日付変更線通過。午前8:45(時差5時間)アンカレッジ空港着。空港に千歳市と姉妹都市のサリヴァン市長らの出迎えを受け、両市間が直行便で結ばれたことを喜び合い千歳市長のメッセージを渡す。

午前10:00 再搭乗。北米最高峰のマッキンリー(6,194m)が雲海の中にそびえる。 午後9:20 ニューヨークのケネディ空港に到着。着陸態勢に入ると、宝石を散りばめたようなニューヨークシティの素晴らしい夜景が見えた。「あぁ、外国へ来た!」という実感が湧き、感動した。機内では、一斉に拍手が起こった。

バスで30分、「ビルティモア・ホテル」に着く。乗用車は100㎞以上でぶっ飛ばす。ホテルでは、早速、この事業のアメリカにおける責任者であるISS(国際学生奉仕機関)のトンプソン女史から歓迎の挨拶を受け、午前0:00近くに部屋へ入る。飛行機の中では、結局1時間ぐらいしか寝られなかったので、さすがに疲れた。腹減った。シャワーを
浴びて午前1:30ごろ就寝。

    ☆          ☆

      
     
「ツインタワー」と「エンパイヤーステートビル」

 9年後の1981 年4月、仕事で再びニューヨークに行く機会を得た。人口は、中心部に約810万人、都市圏に2,200万人。相変わらず、ダイナミックに動いている世界の大都市という印象を、より強く感じた。このとき、9.11で一瞬にして崩壊した「Twin Towers」(世界貿易センター、110階建て、410m)を訪れたので、ほんとうに驚いた。
そして、世界がテロと闘うことの難しさ、悩ましさを再認識させられた大事件だった。

夜、街に出るのは控えるように言われていたが、同僚と二人で、こっそりホテルを抜け出し、あの摩天楼にあるエンパイヤーステートビル(102階建て381m。電波塔を入れると443.5m)の展望台(86階)に行った。初めてのニューヨークのときは、空からだったが、同じ空間の中に身を置いて見る摩天楼には、美しいというだけではなく、大国アメリカのダイナミズムを体で感じたことを覚えている。

世界三大夜景といえば、ナポリ、香港、函館と言われているが、私はナポリではなくニューヨークをランクインさせたい。人それぞれの感じ方があるので一概には言えないが、3年前ナポリに行った印象は、灯りがポツン、ポツンとあるという感じで期待はずれだった。「ナポリを見て死ね」という言葉は、昔のことのようだ。

(参考資料は最後に一括して掲載させていただきます)