6丁目のつぶやき

歩く、登る、耕す、聴く、造る、採る、乗る、見る、の写真ブログ徒然草

東大雪山系の自然

2019-09-29 | 旅行
北海道中央部の自然景観は
北海道の中でも特に
豊かな自然に囲まれ
四季の変化に富み
本当に素晴らしい

登山者も少ない
自然真っ只中の
細い藪道を黙々と
また、ごろ石の急登を
喘ぎながら週末になると
出かけたが・・・

ニペソツ山
西ヌプカウシヌプリ、ウペペサンケ山
石狩岳、音更山、ユニ石狩岳
等の北海道百名山を登るべく
夢中になった
若かりし日の記憶が
昨日のように蘇る

今回は登山ではなく
みずうみをじっくり観たいと
原木がそのまま朽ちるまで浮いている
火山が生んだカルデラ湖の然別湖

人工ダム湖の糠平湖を・・・


温泉の湖岸をカメラを片手に
歩いてみたが
紅葉は
まだ時期尚早
湖水からの風は冷たく
あたふたと宿屋に戻った


夜は温度5度と冷え
樹木は日1日と黄色味を帯びて
遠くの山はすでに白く薄化粧で
寒々とした冬の景色
北国の秋は短く
やがて除雪車のエンジン音が
絶えない季節が続く





コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北海道らしい十勝平野

2019-09-27 | 旅行
札幌から新得まで高速道路で
飛ばして2時間あまり
広々とした北海道らしい風景に
解放感を味会う


牧歌的な雰囲気が気持ちを
のどかにさせてくれ
白樺の細い木立が北海道らしく
幅広い道路が一直線に続く
北海度ならではの風景です


鹿追町の展望台では幸運にも快晴
雄大そのものが体感できる

太平洋側のアポイ岳、楽古岳、ピリカヌプリ、神居岳、中の岳、ぺテガリ、幌尻岳の
日高山脈が一望でき
昔登った山々を感慨深く思い出す


旭岳連峰が遠く聳え
はや白く化粧して圧巻だ


9月中旬はまだ紅葉には
いたっていないが
周りの樹木は
徐々に黄色味が増して
一斉に茶褐色となるだろう

手足を思いきり伸ばし
雄大な景色を眺めて
自然の大きさを味あう




コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山城 七尾城跡

2019-09-24 | 
能登守護畠山氏の居城 長尾城
室町時代は砦のようなものであったが
その後169年間の間に
応仁の乱、一向一揆、百姓の強訴
などあり
徐々に山全体が城の様な
強固な山城になっていった

山の下の城下町は
禅僧が住み北陸を代表する
戦国都市であったと
最近わかってきた

それを上杉謙信が1年間猛攻して
畠山氏の重臣の内通により
落城 畠山氏滅ぶ

以後謙信はここへ居住
信長と対戦する為
平地まで降りて
有名な手取川の戦い
信長は実際には
この地に出撃していなく
秀吉も途中で引返し
柴田勝家だけが戦い敗れ去った

戦国の英雄 謙信は城から
七尾湾の絶景をみながら
詩など作り
春日山城へ戻り半年後に
あっけなく脳溢血で死んだ

その後信長の配下である前田利家が
能登の領主となり
もはや山城の時代ではないと
廃城にして
小丸山城に移る

以上歴史を踏まえ
日本100名城でもある
山城七尾城へ
登って見なくてはと・・・

能登半島の
JR七尾線七尾駅より
七尾城史料館まで循環バスで
そこから登り始める

以前に
越後上杉謙信の本家本元の
春日山城を喘ぎながら登って
山城の防御と厳しさに浸ったが
能登守護畠山氏の七尾城も
本丸まで標高300mの急峻な山道が
続く連郭式山城だつた

城はまだ高い石垣を
築く技術が無く
本丸に続く低い野面積みの石垣が
段々に繋がり


見た限りでは
難攻不落とは思えないが
この標高では攻めきれないのか
今は樹木が生い茂っていた


調度丸と桜馬場間の圧倒する石垣






本丸からの展望は七尾湾が一望でき

堀切、竪堀等を体感しながら
下山道の所々に門跡を見て
難攻不落の城だったなぁと
改めて知る


あいにく麓の懐古館は休館で
観られなかったが
厚い茅葺屋根が豪雪地帯の
風情をいまだに伝えていた










コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最古が覆された丸岡城

2019-09-20 | 
日本100名城 丸岡城を観たく
JR北陸本線森田駅よりバスで
本丸岡下車、徒歩15分とのことが
車社会の影響かバスは廃止となり
止むを得ずタクシーで
行く羽目になった

お陰で時間短縮と
運転手さんの地方弁混じりの
観光案内で
旅気分を満喫し
歩くことなく丸岡城横付け
真正面に
無骨で素朴な城が
眼前に現れた


小さな広場は
観光バスから人々が次々と降り
歓声が大きくなった

最古の現存する12天守といわれているが
最近の学術調査で
三代将軍家光の時代に造られ
昭和23年の福井大震災で倒壊して
修復再建された

家光の時代に造られたにしては
石垣が質素な野面積の上に
1階は塗籠と下見板張
3階は真壁造り
屋根瓦は笏谷石の石瓦
天守各階の出窓や破風など
古風を感じる
誠に素朴で疑問が残るが?


何故重い石瓦か
戦国時代の屋根瓦は脆く
風に飛ばされやすく
瓦を結わえる銅線も無かったので
高価ではあるが耐久性のある
石瓦を用いたと


また来年の大河ドラマ
「麒麟がくる」で
明智光秀が過ごした所と
天守の最上階でパネルを前に
ボランティアのおじさんが
熱っぽく誇らしげに口角泡を飛ばし
ツワーのお客さんに
大きな声で
話していた

最古の城の代名詞がなくなり
しかも都市化の波で
周囲のお堀は埋め立てられ
城のみ可愛く存立して
可愛いそうな風情
現存する天守と思うだけでも
尊いものだと思うけど・・・


よく考えればこれが現代
致し方無いのかも・・・
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雨中の高岡古城公園

2019-09-16 | 
日本百名城の高岡城をみたく
富山駅からJRで行く予定が
高岡行きのバスに運良く乗れ
高岡古城公園前で下車

重い荷物を預ける暇もなく
生憎の雨が降り始め
公園内のあずま屋に飛び込んだら
老人達が談笑していた


ザックを置いて良いかと
聞いたら大金とられても
責任は取れないがと前置きして
本丸位置、石垣、お堀、滝等
丁寧に経路を説明して
周囲ざっと1時間
ゆっくりまわっておいでと・・・

おまけに帰りの新幹線駅まで
電車、バスで行く方法を
教えてくれたが
乗り継ぎより
タクシーに乗った方が楽だと
タクシー予約場所の茶屋まで一緒に・・・

加賀藩2代藩主
前田利長が隠居城として
計画したが
利長病死の為未完のまま廃城


現在は石垣と水堀が鬱蒼とした樹木に
覆われ自然そのものだ




水堀は公園面積の3分の1あるそうで
この水は川に接続されず
多分湧き水らしいが
枯れずに
滝まである


本丸広場、二の丸、二の丸から本丸に続く今も残る築城時の石垣、小竹薮、等
東京ドームの4.5倍にあたる広さの
水濠公園になっている






周囲に
市民体育館、動物園、博物館、市民会館
神社があり

春の桜、秋の紅葉が
水堀に映えて名所になるらしいが
今は酷暑で
緑豊かな自然が息づいている

ヤブランの濃い紫花が
雨に濡れて一面
妖しく咲いていた
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朽ちたテラス

2019-09-10 | 日常
日曜大工で傾斜地に
造った木造テラス

広さは15平米ほどで
毎年カツラの落ち葉が床に散り
風情があったが・・・


冬になるとテラスに
積もった除雪が大変で
アトリエ前の半分は
撤去して
簡単な濡れ縁を設け
その前は
粗末な畑に変えた


残りは大根干しなどの為
部分補修して使っていたが
屋根がない為
遂に足元が腐り始め
歩行が揺れる様になった


床板に穴が開き
板を剥がしてみたら
梁も腐り始め倒壊寸前で
載せていた石が落下すれば
大惨事になるとこだった


大事に至らず発見でき
胸をなでおろしたが
この先 年を考えると
造る事もままならず
撤去して
小さな家庭菜園にと・・・

ほっとけ農場では
鹿やアライグマに喰われて
栽培できないので
傾斜地では有るが
安心して
トマトぐらいなら
育てられるのではと


だがカラスが桂の木にとまり
カァカァと
今から嘲笑っていたが・・・


コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

薪あげ

2019-09-04 | 日常
ストーブのある生活がしたくて
我が家はそれをベースにした生活で
成り立っている

幸い造園家の友人がいるため
樹木を伐採した廃材が
畑に運び込まれ
一時的に蓄積される

運び込まれた樹木を切断し
薪割りをする
筋力アップも兼ね
なぜかこの作業
斧を振り下ろし
スパッと割れる快感が
ストレス解消となり
楽しく飽きない

これらの作業は
畑仕事より熱が入り
次第に薪が溜まっていく

乾燥された薪は
畑作業のあと
少しづつ自動車に積み
家まで運び
一階建物脇に一年分貯めて置く

夏の後半
3mの高低差ある
二階のバルコニーまで揚げて
冬支度として
堆積しておくのだが・・・


この作業は毎年一苦労
かれこれ40年も続いているが
夫婦二人とも
年をとり体力も無くなった昨今
二人では到底かなわず
誰かに手伝って貰う羽目になる

今年も悩みながらその季節がきて
どうしようかと思案していた

そんな時
18歳になったひ弱な大学生の孫が
夏休みで来ることになって
孫に手伝って貰う事に
はたと気がついた

幸い予定があるのに嫌な顔せず
進んでやる気満々
暑い日照りの中
丸一日上と下で
リレー式に揚げ始めたが
次第に汗が滴り落ち
シャツはビッショリ
後半、流石に疲れ果て
休み休みの仕事で・・・

2.2m✖️6m幅のバルコニーに
蓄積される薪は一年分
かなりの量で腕は疲れるし
腰も病んでくる


上階から
孫をそっと見下ろすと
手足を止めて
彼方に目を向け
ぼっ〜と天を仰いでいたが・・・


可哀想な気もしたが
辛抱強く続け
最後までやり通した達成感を
喜び
ヤッタアと
手を握りあった

その晩はご苦労会をやって
来年もまたお願いと言ったら
返事がなく
しばらく考えて
小学生の小樽の孫も
一緒にあげるなら
手伝うと・・・

バルコニーが満杯になり
薪を窓越しに見る度に
帰った孫の顔を思い出し
苦しかった事が昨日の事のように
思い出される


だんだん寒くなって
燃やす暖炉の暖かい炎は
孫への感謝で
心身共に温まるに違いない
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする