青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

日本の蝶(その3) オオチャバネセセリ[下]

2021-07-02 21:10:55 | コロナ、差別問題と民主化運動、蝶



 
インターネットで最近のオオチャバネセセリ関係の報文を探してみました。とりあえず2つの論文を見つけました。
 
Taxonomic status and molecular phylogeography of two sibling species of Polytremis(Lepidoptera:Hesperiidae)
 
Sistematics of the genus Zinaida Evans,1937(Hesperiidae:Hesperiinae:Baorini)
 
前者は2016年、後者は2017年の発表で、共に中国人研究者によります(前者は8人、後者は6人の共同著述で、後者には前回述べた日本人のC氏が加わっています)。
 
前者の主題は、特定の2つの種の分類で、それに伴ってPolytremis属全体の系統関係の構築がなされています。
 
後者は、Polytremis属を、Zinaidaを含めた幾つかの属に分割するという提案(事実上の決定事項)です。大多数の種の標本図、雄交尾器図、分布図が示されています
 
いずれも、分子生物学的手法を使った系統分類で、論文中の語句をそのまま示すと、前者は“the evaluation of mitochondrial and nuclear DNA markers”、後者は、“inferred based on regions of the mitochondrial COI-COII and 16S and nuclear EF-1α genes (3006 bp)”という手法に基づいているようです。頭の悪い僕にはよく分からんのですが(笑)、いわゆるDNAによる解析ですね。
 
取り上げたPolytremis属(後者論文では“従来のPolytremis属”)の種数は、共に16種。ただし、1種だけメンバーが異なり、Polytremis eltola(Zenoia eltola)の同一群の種(のひとつ)に、前者ではPolytremis discreta* が、後者ではZenonia zeno**が示されているので、Polytremis全体として挙げられた種数は17種、また後者には、(Polytremisが単系統ではない根拠の一つとして)従来の広義のPolytremis属を認めた場合それに併合されることになる別属種のIton semamoraも系統図上に示されているため、それを含めると登場種は総計18種ということになります。
 
*僕が「中国のチョウ」で“ニセタイリクタッパンチャバネセセリ”として紹介した種(詳細については後述)。
**アフリカに広く分布するキマダラセセリにそっくりな種(Orange-spotted skipper)。この論文では、Polytremis eltolaタイリクチャバネセセリ(や近縁数種?)も、PolytremisからZenoniaに移されています。
 
ざっと整理をすると。
 
前者論文では、後者論文が大多数の(広義の)Polytremis属の種とは異系統の別属の(すなわち狭義のPolytremis属の)種として位置づけるキモンチャバネセセリlublicansも含めるなど、従来のPolytremisをそのまま生かして、属を再構築しています。Polytremisは(広い範囲で捉えれば)単系統属と見做されるわけです。
 
それに対し、後者論文*では、Polytremisの模式種であるlublicans(=Gegenes contigua)のみを真のPolytremisと見做し、他の全ての(従来一括してPolytremisに含まれていた)種を、別属に移しました。狭義のPolytremisと、そこから区別された各種との間の系統上の位置に、別属とされるIton属の種が割り込みます。したがって従来の概念でのPolytremis属は、多系統群ということになります。
 
狭義のPolytremis(キモンチャバネセセリ)以外の各種は、更にZenoniaとZinaidaに属分割され、Zenoniaにはタイリクタッパンチャバネセセリeltolaやアフリカ産のzeno(Orenge-spotted skipper“ニセキマダラセセリ”)など数種(タッパンチャバネセセリやdiscletaもここに含まれると思われますが未確認)が属し、オオチャバネセセリをはじめとしたそのほか大多数の種はZinaidaに属します。
*現在の日本の「蝶界」の見解は、これに従っているようです。
 
ちなみに、後者論文でZinaidaに含まれているオオチャバネセセリpellucidaは、前者論文の分類体系に従えば、後者でZinaidaとされる大多数の種の分枝(branch)ではなく、lubricansやeltlaと共通の分枝に属しています。また、Zinaidaに相当する各種の系統上の組み合わせも、前者と後者では大きく異なります。
 
僕としては、どちら見解が正鵠を得ているのか、知る由もありません。
 
具体的な指摘は略しますが、、、、後者論文に示された、雄交尾器の比較に見る相関性と、DNA解析の結果は、多くの組み合わせで(姉妹群とされるペアも含めて)一致していません。それも(形態と系統が一致しない事は何ら不思議ではないとしても)、、、、もうひとつ納得が出来ないでいる所以です。
 
分子生物学的な(DNAの)解析結果が「正解」である、ということに異論をさし挟む気はないのですが、複数の異なる「正解」が示されている以上、結論は控えたいと考えています。
 
オオチャバネセセリに関する最初の(6月17日の)ブログ記事に、「DNA解析に基づいて、幾つかの属に細分されているわけですが、ただし広義のPolytremisは、必ずしも多系統群という事でもなく、オオチャバネセセリを狭義のZinaidaに置くか、広義のPolytremisに含めるかの選択は、研究者の見解ごとに可能かと思われます(ここではPolytremis pellucidaとしておきます)」と記しました。でもその後は僕もZenaidaを使っているのですね。やはり暫定的にPolytremisにしておいた方が良いかな?という思いもあります。
 
根拠、というほどの意見はないのですよ。でも、幾つかの“想うところ”はあります。
 
まず、オオチャバネセセリ属が含まれる上位分類群の「アカセセリ族」「イチモンジセセリ類」についての記述を「中国のチョウ」(1998/東海大学出版会)から再掲しておきます(362-363頁)。
 
アカセセリ族:Evansの(K)(L)(M)、川副のアカセセリ亜科第3セクション、最も典型的なセセリチョウの仲間である。翅は横長で、前翅長と後翅肛角が突出し、頭部が大きくて胴体も太く、前翅長は1.5㎝前後、褐色の地に白斑を持つか黄褐色のまだらとなる。EvansのK、L、Mに相当する、アカセセリ、キマダラセセリ、イチモンジセセリの3群に大別され、川副も3群を同一セクションに含めたうえで、それぞれを独立のグループとして扱っている。ここでは他とのバランスを考えて3グループを1族にまとめたが、それぞれを独立の族とする処遇がむしろ妥当かも知れない。
 
イチモンジセセリ類:Evansの(M)、川副のアカセセリ亜科第3セクション、チャバネセセリ群。褐色の地色に白斑を配した地味な翅をもつ、最もセセリらしいセセリである。しかし、世界の熱帯に200種余を数える本群のうち、2/3ほどを占める新大陸産には大型で美麗な種が多数あり、それらはピロピゲ族との並行的な相互類似現象と考えられている。アジア産に限れば、アトムモンセセリ属が17種(Evansによる)で種数が最も多く、以下、オオチャバネセセリ属Polytremis、チャバネセセリ属Pelopidas、イチモンジセセリ属Parnaraがそれぞれ10種前後、ドウイロムモンセセリ属Baoris、ユウレイセセリ属Borbo、シロシタチャバネセセリ属Iton、コモンチャバネセセリ属Pseudoborboは、1~数種のみの小属である。このうちチャバネセセリ属(雄前翅頂に性標をもつ)やイチモンジセセリ属(熱帯アジア山岳地帯に孤立した数種を含む)は属として極めて均質だが、オオチャバネセセリ属は異質の種の集まりで、将来属を幾つかに分ける必要性があるかとも思われる。ヨーロッパにはこの仲間は少ないが、南部にピグミーチャバネセセリGegenes pumilioなどアフリカチャバネセセリ属Gegenesの2種を産し、ゆえに一般には、ゲゲネス類と呼称されている。
 
私見を(「中国のチョウ」の種解説文と写真の再掲を交えながら)幾つか羅列しておきます。
 
【Ⅰ】
上記の後者論文でPolytremisからZenoniaに移されているタイリクタッパンチャバネセセリeltolaに関しては、前者論文では、また別の検証が成されています。すなわち、後者論文ではlubrarisのみを狭義のPolytremisとし、eltola, zenoをZenoniaに、そのほかの大多数の旧・Polytremisの種を Zinaidaとして、互いに遠い類縁関係に置きました。殊に、Zenonia+Zinaidaと狭義のPolytremisの間には、別属のIton属の種が置かれることで示されるように、直接の類縁を否定しています。一方、前者論文によれば、eltolaはlubrarisと極めて近い類縁性を有しています(種段階で相同のレベル?)。次いで、その両種の姉妹種としてdiscreteが置かれ、それらを含む分枝には、さらに後者論文でZenoniaに包括されているうちの一部の種(オオチャバネセセリを含む)も配置されています。すなわち、広くPolytremisとして捉えた場合は単系統であっても、Zenoniaに於いては単系統ではないことになります。それはともかく、僕はタッパンチャバネセセリeltola? ssp.tappana、タイリクタッパンチャバネセセリeltola、ニセタイリクタッパンチャバネセセリdiscreteの関係が把握し得ていません。少なくとも僕がEvansに従ってニセタイリクタッパンチャバネセセリdiscreteとした種に関しては、雄交尾器の構造(“オオイチモンジセセリ”のところで紹介)に、Zinaidaの多くの種と属単位での有意差はないと思うのですが。
↓「中国のチョウ」の解説文(366頁)を再掲しておきます。
 
346 ニセタイリクタッパンチャバネセセリ(新称) Polytremis discrete
白水(1960)は、台湾産のタッパンチャバネセセリPolytremis eltola tappanaを、大陸産の真のeltolaとはおそらく別種であろうと示唆している(白水のtappanaの挿図をEvansの原名亜種挿図と比べるとdorsumの概形は似るが、valvaのharpe腹縁は張り出さず、末端突起が著しく伸長する)。とすればeltolaの種小名は大陸産のみ使用されることになり、その和名を仮にタイリクタッパンチャバネセセリとしておく。本種はこれによく似たさらに別の種で、前翅中室と第二室の白斑が著しく大きく、雄交尾器も、uncusは基端が強く背向し後端が押しつぶされた状態、valvaは単調な横長の方形、phallusのperi-vesical area腹端から生じる骨片は、aedeagus本体から分離伸長し、後端が二分して鋸歯を伴うなど顕著な差が見られる。原名亜種はヒマラヤ地方からインドシナ半島にかけて分布し、中国大陸産は亜種feliciaに属する。分布域はかなり広くホンコン周辺から雲南、四川に至る。6月上旬(四川省峨眉山)と8月上旬(同・玉塁山)に、鬱閉した林内で、ともに新鮮な1雄を撮影している。D(226頁9、227頁7)
 


「中国のチョウ」(東海大学出版会、1998)から転載
右がニセタイリクタッパンチャバネセセリPolytremis discrete
四川省峨眉山山麓、標高600m付近。1990年5月29日。
(中と左はミヤマチャバネセセリ、山東省煙台市近郊、標高300m付近。1994年4月18日)
 


「中国のチョウ」(東海大学出版会、1998)から転載
右がニセタイリクタッパンチャバネセセリPolytremis discrete
四川省都江堰市玉塁山、標高700m付近。1991年8月5日。
(中はBaoris sp./右はCaltoris bromus)
 




Polytremis sp.
広西壮族自治区花坪原生林。2010年6月30日。
 




Polytremis sp.
ベトナム・サパ。2009年3月10日。
 
*上記4枚の種特定は、ブログアップの時間切れのため、あとで行います。
 
【Ⅱ】
両方の論文で共通して示されている解析結果は、オオチャバネセセリpellucidaとタイワンオオチャバネセセリzina(中国大陸南半部に広く分布し白水図鑑において1雌のみの記録が示されている台湾産オオチャバネセセリも後者論文に従うとzinaに属するようです)が姉妹種に位置づけられていることです。しかし、両種の雄交尾器を比較する限りに於いては、Polytremisとして両極の(正反対の)特徴が示されています。ことにオオチャバネセセリの雄交尾器の形状は、lubrarisやeltolaやZinaida各種を含む全てのPolytremisの種と(Gegenes群全体で見ても)顕著に異なります。これをどう解釈するか。
⓵通常、雄交尾器の形状がここまで相違していれば、近い類縁に置かれることは考えられません。しかし、ナガサキアゲハ群に於けるアカネアゲハのような例外もあります。このペアも例外のひとつかも知れない。
⓶遺伝的に近いと示されるのは、その情報処理の過程?で(平面上に)示されているに過ぎず、実質上の類縁は相当に離れている(ミヤマシロチョウ/チベットミヤマシロチョウの関係性と逆パターン)。
⓷オオチャバネセセリpellucidaの雄交尾器被検サンプルについては問題ない(川副の図も相同)のですが、zinaに関してはミスサンプルの可能性がある?
⓸そのほか。
雄交尾器の形状で判断する限り、オオチャバネセセリpellucidaが他の全Polytremisに対置するように思えるのです。
 
【Ⅲ】
後者論文ではZinaidaを単系統と見做した上で4つの小グループに分け、それぞれの種やグループ間の姉妹関係が示されていますが、matsuiiに関しては「材料不足」ということで、姉妹群の特定を保留しています。matsuiは1999年に日本人によって新種記載が為されていますが、これは疑いもなく、僕が「中国のチョウ」で、「Evansのカタログに見あたらない未記載種」“オオイチモンジセセリ”として生態写真と雄交尾器の図を示したものです。
 


「中国のチョウ」(東海大学出版会、1998)から転載
オオイチモンジセセリ(オオチャバネセセリ属の未記載種) Polytremis sp.
左と中:四川省都江堰市青城山(標高800m付近)。1989年6月17日。
(右はコモンオオチャバネセセリ、大邑原始林、標高1700m付近、1991年8月9日)
 


「中国のチョウ」(東海大学出版会、1998)から転載
「オオイチモンジセセリPolytremis sp.」の雄交尾器図*
(1は、「ニセタイリクタッパンチャバネセセリPolytremis discreta」)
*ペニスのエデアグスに生じる骨片が片側しか発達しないのは、この種固有の特徴。
↓「中国のチョウ」解説文再掲(365‐366頁)
 
345 オオイチモンジセセリ(新称) Polytremis sp.
写真は、四川省都江堰市の青城山から青城山後山に向かう車道と川の畔の農家の間に形成された竹林(マダケ属)の葉上に静止していた雄。タイワンチャバネセセリPelopidas sinensisに似るが、後翅裏面基方の白斑を欠き、外側の4個の白斑はほぼ一列で、イチモンジセセリParnara guttataに類似する。表面の白い性標からは、チャバネセセリ属の種であることを思わせるが、雄交尾器を調べてみたところ、イチモンジセセリ属Parnaraでもチャバネセセリ属Pelopidasでもなく、オオチャバネセセリ属Polytremisの種であることが判明した。一般にオオチャバネ属の種は性標を欠くが、キライザンチャバネセセリP.mencia(中国東北部、台湾?-後注:P.kiraizanaに要訂正)など2種(後注:4種)は性標持つ。しかしEvansの雄交尾器略図や記述から判断すると、本種はそれら性標を持つ2種ではなく、むしろ性標も欠き外観も異なるニセタイリクタッパンチャバネセセリにより近縁な、Evansのカタログに未掲の種であると思われる。雄交尾器はdiscreta同様tegumenの基縁が背方に突き出した“鶏冠”状だが、やや前後に長く、tegumen後端は鉤状に鋭く曲がる。Gnathos(後注:Gunathosと誤記=以下同)は良く発達し、後端が丸い鈍頭となって後方に突き出す。Valvaの概形はタッパンチャバネセセリP.eltola tappanaに類似しharpe末端が強く背方へ伸長して多数の小鋸歯を伴う。Phallusにはaedeagus本体後端から、左右の大きさが不対称な、鋸歯を伴った一対の長い骨片を生じる。Juxtaは大きく、強く骨化する。本書では種名を保留したうえ、表記の和名を仮称しておく。D(227頁1・2)
 
僕は新種(を含む新分類群)の記載には全く趣味がありません。競って記載に熱を上げている研究者や愛好家が滑稽に見えてしまいます。まあそれは僕の勝手で、きっとエリート研究者やお金持ちコレクターたちにとっては、最優先事項なんでしょうけれど、、、。それはそれでいいです。でも論文を発表する人は、先行の仕事を(それを発表した人間がたとえ非エリートであったとしても)、ちゃんとチェックして、敬意を表しておくべきではないんでしょうか?それを「当たり前のように」無視して平然としているのは、研究者である以前に、人間として失格なのではないのだろうか、と僕は思うのですがね(現在の大多数の研究者とか愛好家に当て嵌まります、日本の文化がそれを良しとする体質なので、仕方がない事なんでしょうけれど)。
 
【Ⅳ】
1998年の「中国のチョウ」刊行時点で僕が撮影したオオチャバネセセリ属の種は、上記「ニセタイリクタッパンチャバネセセリ」「オオイチモンジセセリ」に加えて、もう1種あります。ただし1個体のみの撮影、雄交尾器のチェックも成していません。その時点では、暫定的にオオチャバネセセリの亜種としておきました。
↓「中国のチョウ」の解説文(365頁)再掲
 
344  コモンオオチャバネセセリ(新称) Polytremis pellucida ssp.
オオチャバネセセリ属Polytremisは、Evansによると東アジア~東南アジアに11種が知られているが、川副・若林(1975)が指摘するように、その実態はいくつかの異なった自然群の集合体である可能性が強い。このうちluburicans, eltola, tappana, discretaおよび“オオイチモンジセセリ”などは、雄交尾器の形状から見て明らかに一自然群に属するが、少なくてもオオチャバネセセリP.pellucidaは雄交尾器の構造が明らかに異なり、上記諸種とはかなり類縁的に離れた存在であると考えられる。四川省大邑原始林内の渓流に沿った登山道脇で、イチモンジセセリParnara guttataとともに、キイチゴ属の花に吸蜜に来ていた写真の個体は、大型で前翅長は2㎝に達し、翅型はやや幅広く後翅肛角はあまり突出せず、裏面地色は暗色で後翅には丸味を帯びた小点列が白く浮き立つ。白水(1960)に図示された台湾産オオチャバネセセリによく似ている。亜種(Evansによると中国大陸では東南部の福建省に亜種quantaが知られているが、本個体の斑紋構成はその記述に合致しない)の帰属を保留したうえで、暫定的にpellucidaに含め、表記の和名を与えておく。(D227頁3)
 
その後、2009年に、上記と同じ場所(四川省大邑原生林=西嶺雪山中腹)で、多数の“コモンオオチャバネセセリ”を撮影しました。それらの個体は、上記の後者論文の標本サンプルに照らし合わせると、Polytremis (Zinaida) nascensに相当します。外観上の固有の特徴は、前翅表中室の白斑が1個であり、1b室中央付近から内縁寄りに、分断された性標の痕跡とも、性標の位置にたまたま(?)出現した微小な通常斑紋ともとれる、断続的な白斑が認められることです。上記論文に示された雄交尾器をチェックした限りでは、全体的にはZinaidaとして(ニセタイリクチャバネセセリなどを含む広義のPolytremisとしても)一般型。Phallusのaedeagus末端からは鋸歯を伴った一対の突起が良く発達し、suprazonal-sheath内部にも明瞭な骨片塊*が生じます(*Zinaidaに含まれる種には存在する種としない種がある)。固有の特徴は、valvaのharpe末端がampullaを覆う鍬状突起となることに加え、その基方にもう一つ大きな鍬状突起を生じることです。
 
















コモンオオチャバネセセリPolytremis nascens。2009年8月7日。四川省大邑原生林(西嶺雪山に同じ:標高1700m付近)。
 
【V】
なにしろ僕は、オオチャバネセセリやPolytremis属については、全く知識がない、と言っても過言ではありません。同定に関しても、(知識を持っている人なら)誰でも知っていることを、分からないでいるのかも 知れない、ということを断っておきます。
 
この2009年8月7日(この時はオオスジグロチョウの撮影がメイン)、大邑原生林(西嶺雪山)の標高1700m付近の渓谷に咲く“オオアジサイ(通称Aspera=中国を代表する野生アジサイのひとつ=それについては過去ブログで詳しく記述しているので参照されたし)”には、上で紹介した多数のPolytremis (Zinaida) nascensのほかに、別のオオチャバネセセリ属の種も訪れていました。
 
前翅表中室に2個の大きな白斑があり、下の一個がオオチャバネセセリでは第2室の白斑に向かってほぼ直線状(緩く「く」の字状)に続くのですが、本集団では、大きく外れます。我ながら情けないことに、この種の特定が出来ないでいます。以下、お門違いの見解だと恥ずかしいという前提で、可能性としては4つ。
[1] nascensの雌ってことはないでしょうか?他のPolytremisの種は雌雄同型のはずだけれど、Hesperiaなどは雌雄異形だし、もしかすると、という可能性(まあ違うでしょうが)。
[2] 次に、これも違うと思いますが、lubricansキモンチャバネセセリ(中国各地に普遍的に分布)の可能性は? 実はlubricansの外観的特徴は、他のPolytremis(Zinaida)の数種とよく似ていて、僕は区別点を把握していません。一応、白水図鑑などによると、後翅の白斑が、(いわゆるZinaida属する)他の類似各種のように4個並ばず、上半分(概ね2個)だけで下半分を欠く、と言う事なのですが、ここで撮影 した個体に関しては、どちらとも言えないのです。真正のPolytremisの唯一の種とされるlubricensキモンチャバネセセリは、中国ではごくポピュラーな種なので、これであっても良いような気もします。
[3][4] でもまあ、普通に考えれば、やはり(後者論文で)Zinaidaに所属するのどれかの種でしょうね。その場合、オオチャバネセセリの姉妹種とされるzinaなのか、それとはかなり離れた系統関係に位置するgiganteaなのか、僕には判別不能です(一応zinaとしておきますが)。
 
それにしても(【Ⅱ】で記したように)、雄交尾器の形状が対極の、オオチャバネセセリpellucidaとタイワンオオチャバネセセリzinaが姉妹群であることを、2つの論文とも示しているわけで、、、今後より詳しい検証を行っていきたいです。
 














タイワンチャバネセセリPolytremis zina。2009年8月7日。四川省大邑原生林(西嶺雪山:標高1700m付近)。
*上写真の下個体、上から2枚目の右個体、4枚目の左個体、5‐6枚目の右個体は、コモンチャバネセセリ。
*この場所では、コモンオオチャバネセセリとタイワンオオチャバネセセリのほかに、ゲゲネス類の種としては、イチモンジセセリParnara guttataも撮影しているはずですが、写真が見つからないので、今回は割愛します。
 
・・・・・・・・・・
 
前回のブログで、同じオオアジサイに訪花するホタルガの写真を紹介しました。他にもこの場所では、多数の蝶を撮影しています。その一部を紹介しておきます。
 


ニセアオバセセリChoaspes xanthopogon。2009年8月7日。四川省大邑原生林(西嶺雪山)。
*詳細については「中国のチョウ」を参照願います。
 


マガリバセセリApostictpterus fuliginosus。2009年8月7日。四川省大邑原生林(西嶺雪山)。
最も不思議な翅を持つ蝶のひとつです。前翅の先半2/3辺りのところで、外側に折れ曲がっています。異常型ではなく、これが正常な姿なのです。大抵の人は採集後に展翅して翅を平らにしてしまうので、その特異さが気付かれていません。僕は、この蝶の持つ特異さに注目すべきであると、以前から言い続けている(「海の向こうの兄妹たち・下巻」などに詳しく記述)のですが、全く無視されたままです。
 




オオスジグロチョウPieris extensa(上写真雄/下写真雌)2009年8月7日。四川省大邑原生林(西嶺雪山)。
一見、同地にも混棲する、エゾスジグロチョウPieris napiの近縁種(例えば日本のスジグロチョウPieris meleteなども同様)のように思えます(実際多くの文献でそのように記されている)が、それとは類縁が全く離れた、この地域に固有の、特異な位置づけにある種です(分布圏はジャイアントパンダのそれとほぼ重なります)。詳しくは「中国西南部の蝶②シロチョウの仲間」を参照してください。
 


キンイロフチベニシジミ Kulua blahma 大邑原生林、標高1800m付近、2011年7月17日
「中国のチョウ」で、僕が最も力を注いで記述したのが、ベニシジミの仲間(シジミチョウ科ベニシジミ族)です。しかし、全く無視されています。その後「中国西南部の蝶①ベニシジミの仲間」として単行本化し、自主制作販売を行ったのですが、やはり完全無視されたままです。無視されるのは、それでも良いのですが、僕が発表した見解と同様の意見を、後に「正規の研究者」が発表し、僕の先行した仕事が、逆に「盗作」扱いされたりします。そんなことは有ってはならないと思うのですが、(繰り返し書きますが)それが平然と許されるのが、日本の情けない「文化」なわけです。
 
ベニシジミの仲間とキンイロフチベニシジミに関しての、幾つかの重要事項を、箇条書きで留めておきましょう。
 
ベニシジミ族を、「ベニシジミ節」と「ウラフチベニシジミ節」の2つのセクションに大別する、という見解が主流です。しかし、基本的な構造は、両者で大きく異なっているわけではありません。そもそも「ベニシジミ節」自体が単系統ではないし、「ウラフチベニシジミ節」の固有の特徴とされる形質も、限られた種(ウラフチベニシジミとその近縁数種)が相当するだけです。両者を合わせて、改めて総体的に俯瞰すべきです。
 
ベニシジミの仲間の分類に於ける、最も重要な指標形質は、雄交尾器のjuxtaという部分の構造です。他の蝶に見られない、独特で非常に複雑な構造を持っていて、マクロ写真でも、単純な図でも表現することが難しいのです。しかし、そこに当たらない限りは、形態による系統分類には取り組めません。
 
日本のベニシジミもそうですが、ベニシジミの仲間は、季節によって翅型や斑紋などが大きく異なります。そのことから、種の特定が誤って為されている場合が少なくありません(具体例は割愛)。
 
キンイロフチベニシジミは、外観が顕著に異なる(かつ同所的に分布することもある)フカミドリフチベニシジミと、雄交尾器の形状が、ほぼ相同です。その意味するところは、、、、、以下、学名とかを含めて、時間がないので省略。
 


メスアカミドリシジミ属の一種 Chrysozephyrus sp. (大邑原生林、標高1800m付近、2011年7月17日、上のキンイロフチベニシジミ撮影時、カメラの10㎝ほど下に止まっていた)
*種解説は、話が長くなるので省略。








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