昔は、辛くても好きな仕事なら我慢できる、やりがいがあればどんなに長時間働いても平気、と思っていた。今は全くそう思えなくなった。と言っても手抜きをするようになったわけじゃないけど、全精力をかけて必死にやるほどのものでもないかな、と思うようになった。
今の仕事は面白みもやりがいもさほどない。そのかわり労働環境はいい。残業も比較的少ないし、苦手な仕事をやらされるわけでもないからものすごく満足している。昔の私だったらきっと満足できなかったと思うんだけどね。
私は昔、編集の仕事にものすごく憧れていた。新卒のとき、出版社の求人にいくつか応募したけど、悉く落ちた。それで仕方なく全然別の仕事をしていたんだけど、やっぱり諦めきれなかった。だから出版社より入りやすい編プロに入った。
編プロは基本的にどこも労働環境が良くない、という話はよく耳にしていたけど、それでもいいからとにかくこの業界に入りたかった。
最初は編集の仕事ができるのがすごく嬉しかったし、やりがいも感じた。給料の安さも残業時間の長さも気にならなかった。でも結局耐えられなくなって辞めた。編プロなんて入るもんじゃないってことが身に染みてよくわかった。
最初から労働環境の悪さは覚悟していたつもりだったけど、想像以上だった。
編プロはどこもそうだと思うけど、私が入った会社も定着率はさほど良くなかった。私が入る直前くらいに辞めた社員は会社といろいろと揉めていたらしい、という話も聞いた。私とほぼ同時期に辞めた社員もいる。ずっと定着している社員もいたけど、その人は会社に対する忠誠心がすごくて、プライベートを大事にしようとする社員に対しては聞くに耐えない悪口を言っていた。
仕事自体は好きだった。でも人間関係でいい思い出は一つもない。
わけのわからない理由で突然怒り出す気分屋の社長、教えてもいないことを教えたと言いはる先輩、色々な人がいた。
入社したばかりなのに無茶な仕事を押し付けられて、当然のごとくクオリティの低い仕上がりで、ものすごく怒られたこともあった。「困ったことがあったらなんでも相談に乗る」と親切そうなことを先輩に言われてつい自分の苦手なことや困っていることを話してしまったら(それでも控えめなことしか言っていない)、かなり悪いほうに脚色されて会社中に広められたこともあった。もちろんこれは簡単に信用してしまった私が迂闊だったんだけど。
私はあの会社のカラーには全く合っていなかったと思う。当然社長の覚えも悪かった。あの会社はワンマン社長とその取り巻き集団みたいな感じで、異質なものを排除する力が強かった。その代わり、カラーに合った人にはとても居心地が良かったみたい。
とにかくよく怒られた。「期待しているから、成長してほしい」という理由では全くなしに。三時間立ったまま延々とダメ出しされたこともあった。強制参加の飲み会で、少し離れた席にいた社長に聞こえよがしな嫌味を言われたこともあった。
仕事が終わるのは10時過ぎがデフォ。それ自体は入社前から覚悟していたし大した問題じゃないんだけど、「あの」労働環境だったから辛かった。
土日にも出社する社員が多いのは知っていたけど、私は意地でも出社しなかった。日曜日の午後はいつも憂鬱だった。月曜日が来るのが恐怖で。
耐えきれなくなって会社を辞めて、それからまた転職活動。複雑な気持ちを抱えながら、編プロも視野に入れて探していた。今度は前よりも慎重に。
とある編プロの面接で、「うちは残業代も出ないし有給休暇もありません」とはっきり言われた。このこともあって、グラグラしていた私の気持ちははっきり固まった。編集者になるのはきっぱり諦めることにした。
編プロではそういう会社は珍しくないのは知っていても、最初からこうもはっきり言われてしまうとね。考えようによっては、入社前にそう宣言してくれるだけ親切なのかもしれないけど。
私が前にいた編プロは、待遇面はあれでも編プロの中ではかなりマシな部類だったんだろうと思っている。ほんのちょっとだけど残業代も出たし、ほんのたまにだけど休暇がとれることもあったし。人間関係は、どうなんだろう。どこもみんなワンマン社長なのかな。
編プロっていうのは結局、編集の仕事がどうしてもやりたい、そのためには待遇が悪くても我慢できるっていう人が大勢いるから成り立つ会社なんだよね。
私は覚悟していたと言いながら、まだ認識が甘かったんだ。
アニメーターの世界はこれよりさらに厳しいらしいね。よく耐えられるな。みんなすごいな。
そういうわけで、今は編集とは全然違う仕事をしている。自由な時間は以前よりもずっと増えて、気持ちに余裕ができた。編プロにはもう二度と近寄る気はない。