庚申塔 愛宕神社
12月1日 川浸り餅
かーびたりもち、かわっぱりもち、かわぺえりもちなどともいわれ、丸めた餅を川に投げ込む行事で、水難や病気に遭わないことを願ったそうです。後ろを見ないで帰る(柳河)、橋の上から投げる(上中妻)、川中の餅を笹竹などで刺してとって食べる(内原)とか、牛や馬に食べさせる(内原)などといわれた地区もあるようです。また、奉公人が出入りする日なので、この餅を食べて来年の身の振り方を考えたので、思案餅ともいった地区(国田)もあるそうです。
12月8日 師走八日
8日は、正月行事の初めの日という、ことはじめという日のようです。それと関係があるのかよくわかりませんが、師走八日といって、出入口にネギ、ニンニクやヒイラギ、豆腐などを刺して疫病神を防いだそうです(大塚町)。裁縫所では針供養をした(大場町、上大野、飯富町、岩根町)ところもあったそうです。江戸時代には豆腐、蒟蒻を茹でて味噌を付けて食べたそうです(水戸歳時記:立原翠軒)。
12月12日 ツボ餅
掃き溜めた米で粉餅を作り、重箱に入れて農事を手伝ってくれた家へお礼として配ったそうです(大塚町)。
12月22-23日 冬至
今も広く行われるようですが、カボチャを食べたり、ゆず湯につかったそうです。朝10時までに食べると中気にならない(有賀北)とか、柚子も食べる(大塚町)という地区もあるようです。加倉井の妙徳寺(加倉井町909)では、悪い年にあたっている人に対して、悪い星を除ける星除祭という法要をしたそうです。
12月終わり頃(冬至の15日後、寒の入りより前) 庚申講
庚申様の掛軸(青面金剛か庚申の文字がかかれていたのでしょう)を掛けて線香とご馳走を供えたそうです。けんちん汁に油揚げをのせて備えたり食べたりしたようです。地震が来ないうちに掛軸を下ろすとした習慣があったそうです。(内原) 上の写真は、愛宕神社(愛宕町10-5)石段下にある、「万延元年」、「袴塚講中」などとある庚申塔です。