苦悩の年月も無駄ではない。
今日、患者が、のこぎりで木を切っているところを見たが、ここの患者は、のこぎりの種類を選ばないうえに、いくらのこぎりが切れなくとも、平気でひいている。
のこぎりの切れ味などは全く無頓着である。職人は、道具を大事にして、常にこれを研いでいる。素人は、その研ぐ時間で、少しでも、木をひいた方が、その時間に、よけいに能率があがると思っている。それは大きな思い違いである。先日も材木屋で、木挽(こび)きを見たが、のこぎりの目立てを、1日3回ばかりもやり、1回に40分ぐらいもかかるということである。素人が考えて、むだな時間が、実は最も大切な時間であるのである。日高君のいう強迫観念の苦悩の年月も、実は心身の試練・目立て・研ぎ方の最も大切な事柄であるのである。
(「森田正馬全集」第5巻 251頁)