大阪水曜ほっと集談会一世です。
8月最後のブログを更新させていただきます。
明日から9月ですね。
女優の樹木希林さんは亡くなる直前まで9月1日の子どもの自殺の問題について心を痛めていたと報じられています。
新学期を前に友達と会える喜びではなく、いじめや管理教育のガチガチの校則に縛られる生活に戻ることへのストレスや絶望を考えると心が張り裂ける思いです。
「わかったことを言うな!」と教育関係者から言われそうですが、私自身が保守的な体面を重んじる受験校に通い、ある時期不登校であった事に起因する切なる感情です。
ところで毎年春と秋の季節の変わり目に陥る心の不調。
少し前からその兆候が表れ、今回もじわじわと効いてきている。
うーん夏の疲れ以外、特に原因が見つからないことも多い。
私自身の体質というか、バイオリズムがそうなっているのだろう!
そう受け入れるのに随分悪あがきもした。
兆候は漠然とした不安や楽しみの感情が消えることから始まる。
そして、いつも必ず過去の自分をあれこれと否定するのである。
今回も馬車馬のように働いてきたサラリーマン生活の日々は、一体何だったのか?
雇用延長は正しい選択であったのか?
生活の為とはいえ、生きる姿勢そのものが強迫観念ではなかったか?
様々な思いがよぎるのである。
そのような私に今年の発見誌3月号に掲載された「私の森田人間学」の一節が乾いた心に沁みこむように響いたのである。
ついては、いま、ここにある生身の「自分自身」をなるだけ否定しないこと。
するとそこに何がおきるのか?
いつとはなしに、自然の恵みとしての「命の力」がスムーズに動き出します。
いのちの働きというか・命の輝きというか。
そこでは、その人自身にあった形でおのずからクリエイティブ(創造的)な人生にもつながっていくことでしょう。
つまるところ、本来の「あるがまま」とは、「いのちの働きそのものを生きる」ということに尽きます。
どうか今悩みの渦中の学生の皆さん、学校に行けなくても良い、友達がいなくても、成績が悪くても良い。
読書恐怖で絶望の淵に立っていた私みたいな人間でも何とか今日まで生きてこれたのです。
生きよ!!!
人間性を無視した行き過ぎたブラック校則で人は管理できない!
学生はものではない。
森田療法をもっと学校教育の現場に!
2022.8.31 一世