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大阪水曜ほっと集談会一世です。
ワクチン接種後どうにも、こうにも気力が湧かない日々です。
とにかく机に座り、パソコンを開いて出勤前にこのブログを書いています。
先日より軽いぎっくり腰で起き上がるのに激痛が走るようになりました。
何とか入浴と安静にして回復しつつあります。
おまけに先日私同様、弱った愛車のバッテリーが遂にエンストを引き起こした。
これもロードサービスで事なきを得た。
更にスマホが制御不能で、どうしようもない。
近くの携帯ショップで若いスタッフが、原因を丁寧に教えてくれた。
どうやら定年は、私だけでなく、私の所有物すべてに及んでいるようです。
最近起こってしまったこと、避けられないことには、いちいち原因を探らず抗わないようにしています。
どうすれば対応できるかを具体的に考えるだけである。
そう言えば最近困ることはあっても、悩むことが減ったような気がします。
人生も、退職金も期待してはいけない。
すべて良いことは偶然、悪いことは自己責任と思いたいが、現実は、「こんちくしょう」と思っている私です。。
ところで久しぶりに、五木寛之氏の「大河の一滴」を読ませていただいた。
心が萎えた時にふと読みたくなる不思議な書である。
前向きな啓発書でも、こうあるべきだという人生訓が書かれているわけでもない。
世の中の事実、人間の実相が淡々と書かれている。
人間とはこうあるべきではなく、事実としての生身の人間が描かれている。
氏は語る。
※生老病死を人間のありのままの姿とみる立場こそ、史上最大のマイナス思考だといっていい。
※問題はそこから出発する、ということではないだろうか。
※本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。
※そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りていくことしか出発点はない。
人生で大きな鬱を3度経験された氏の対処法は克服ではなく、鬱をなだめて治めるという自然治癒に近いような手法である。
ひょっとすると五木 寛之氏は無意識に森田的な発想や生活習慣を身に付けておられるのかもしれない。
私にとっての森田療法は、若い頃は行動・実践で前を向く未来志向のポジティブな森田であった。
今は日々、嫌々ながらも仕方無しの生活をつづける究極のネガティブ志向の森田である。
おこがましいが、私もまたかつて、氏のように絶望の中に森田により光をみた一人の人間である。
2022.8.28 一世
※大河の一滴 五木寛之氏著 幻冬舎文庫より抜粋
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