空手が長く続く人と続かない人。
以前私が所属していた道場時代の師範として指導をする様になってから現在までの私の指導経験から、色々な人に出会いました。
「私は早く強くなりたいので、毎日突きを100本と蹴りを100本は必ずやります。柔軟も毎日やります」なんて人もいて、確かにそれらが毎日継続できれば早く上手く、そして強くなると思います。
一見意欲的で頑張れそうな人に思いますが、これは挫折する人が多かった。
よっぽど根性があるか、空手経験が長く日常に空手が入っていれば自然出来たりするかも知れませんが・・・殆どが上っ面だけが多かったです。
それよりも稽古を普通に通ってくる人の方が気がつけば黒帯なんて感じでした。
私のウェイトトレーニングを始めた動機は腹筋を割りたいから始まりました。
空手も筋トレも、せっかく今まで色々な先生、指導者の方々に教えて頂いた事、まあまあ強くして頂いた事が続ける事が衰えないように、それを継続出来る様に、今稽古を止めてしまったとしたら、どんどん弱くなる自分を想像するだけでぞっとします。
なので私はとても怖くて空手もウェイトトレーニングも麻薬の様に止められません。
自分なりの継続は力なりかな??と思っています。
だから止めてしまった方達も自分に合うスタイルで、もう一度始めたら良いと思いますよ。
あの時やっとけば良かったな・・・と10年後に後悔するより、あそこで始めて良かった。続けて良かったと10年後に思える様に・・・
何でも良いと思った事を続ける習慣を普通にしたいです。
押忍
白心塾では基本1時間半の稽古で補強、基本、移動基本、ミット、型、テクニック等で遊びはほとんどありません。
空手を見学だけでなく、我が身で体験して感じてほしいです。
対人稽古の相手が違うだけで子供も大人も内容は一緒です。
しんどい稽古も毎回続ければ当たり前になってこなせるようになる、そんな適応能力が人には備わっていますので自然と身体も心も強くなるように頑張って続けていきましょう。
継続は力なり
押忍
声が出せない、なので気合が出せない。
気合を出るようにさせる、これも指導者の課題。
皆の前で技の説明をして号令かける。
これがなかなか出来ない。
身体の使い方、技は真面目に稽古しないと身に付かないです。
声も同じ、稽古で出せないのを出せるようにし、出来ないのを出来るようさせる。
声帯も当然訓練で大きな声が出るようになります。
声が出ないないのは出さないだけ、声を出す努力をしてないだけです。
大きな声が出るのは得になっても損はありません。
気合の無い空手はあり得ません。
大きな声は意思表示に重要で、きっと財産になります。
押忍
何も変わらない事はない、成果は必ず現れます。
成果の出ないのはちゃんと稽古してないだけ、身体は決して正直で嘘をつけません。
私自身が身をもって感じています。
変化の乏しい停滞期はありますが、技術習得は継続のみ・・・自分をごまかさないで、ただただ稽古。
稽古を止めてしまい1年過ぎたら、元の状態に戻すのに2年かかるといわれていて、私はそれが怖いので今も自分の稽古も続けています。
適当に稽古していれば稽古回数こなしいてなければ年数が過ぎているだけで何も身についていない・・身体は正直です。
どんなに不器用でもちゃんと10年やったらかなりの形になります。
子供の時の10年は長いですが、大人の10年はあっという間に過ぎていきます。
10年後にあの時やっとけばよかったな・・と思うより、今から始めれば10年後は結構な空手家です。
押忍
白心塾での稽古内容は基本的に子供も大人もそれぞれに限界まで追い込む様にしています。
せっかく空手を習いに来ているのに基体力、瞬発力、柔軟性、胴体視力が一般人のそれと同じでは始まりません。
そして空手の技術を習得する事が最大の目的であります。
空手は武道なのでそれに伴う礼儀はありますので、それも自然と身に付きます。
身体を左右両方使い、上半身下半身共に使い頭も使い身体能力をフル回転させるのが空手の良い所です。
身体の機能、脳の機能の衰えを少しでも遅らせて快適な生活がおくれる為の稽古でもあります。
先ずは我が身をもって・・・人体実験
大人も子供も熟年者も我が身の為に空手を始めましょう。
押忍
実社会において我慢する事は絶対に必要。
それを空手の稽古で養います。
大人も子供も必要で、メンタルを強くするために身体を強くする必要があります。
心と身体は一体なので稽古のよって身についてきます。
色々な事が生活していればあります。
いじめ、あおり運転etc
それを回避する能力、関わらない洞察力がを身につけなければなりません。
そこに身体と精神力を鍛える武道の空手の稽古は有効と思います。
押忍