TITLE: その場考学的 F+ f
夏目漱石全集の第9巻は丸一冊で「文学論」が語られている。漱石が、英国留学中に読んだ様々なジャンルの文学について、実例を引用しながら体系的に述べたもので、内容は、次のようになっている。
『「文学論」は全体を次の5編に分けて構成している。(1)文学的内容の分類,(2)文学的内容の数量的変化、(3)文学的内容の特質、(4)文学的内容の相互関係,(5)集合的F.
第一編の書き出しに「凡そ文学的内容の形式は (F+f)なることを要す」という漱石理論の基本原理が示されている,ここでFは人の意識の流れにおいて,ある時間その焦点をなしている認識的要素(知的要素),fはそれにともなう情緒的要素を意味している。』(②p.168)
『そのことを激石は次のように述べている。凡そ吾人の意識内容たるFは人により時により、性質に於て数量に於て異なるものにして,其原因は 遺伝,性格,社会,習慣等に基づくこと勿論なれぱ,吾人は左の如く断言することを得べし,即ち同一の境遇、歴史,職業に従事するものには同種 のFが主宰すること最も普通の現象なりとすと。 従って所謂文学者なる者にも亦一定のFが主宰しつつあるは勿論なるべし。』(②p.168)
この記述は非常にわかりにくいので、巻末の注解を頼ることにする。そこでの「F」についての記述は、このようにある。
『Fは、FocusまたはFocal point(焦点)であろう。ある場合にはFact(事実)と考えられることもある。fは、feeling(感情)であろう。漱石は、文学とは人間のf=感情・情緒に基礎を置くものであって、いかなるF=意識の焦点または観念も、感情を伴わず、情緒を喚起しないならば、文学の内容にはなりえない、というのである。』(①pp.550-551)
つまり、漱石はFから発してfにゆくストーリーを本格的な文学としている。
「文学論」
① 著者;夏目漱石 発行所;岩波書店 発行日;1966.8.23
② 著者;立花太郎 科学史研究 KAGAKUSHI 1885 pp.167-177
このことは、2019.11.12の次のブログに示した。
https://blog.goo.ne.jp/hanroujinn67/e/4eeecc3da0c78d582ff1be1b94c1518c
この「F+f」は、実はその場考学に通じる。その場考学は、常に「F」(目の前の事実、Focal point、焦点)が起点となる。そこから直ちに様々な方向に思考と実行が始まる。
そこで、その場考学的「F+f」について考えてみる。
「F」;目の前の事実、Focal point、焦点
「f」; その場考学の第一目標は、その場の限られた情報から、できるだけ早く正しい判断をすることで、早くても、間違った判断では、その場はしのげても新たな問題を引き起こしてしまう。そのような観点から「f」を探すと、実は、これには驚くほどの分野が存在する。英和辞典の索引順に追ってみることにする。
fabricate; その事実の構成を考える ⇒正解が早くわかる
facilitate; 容易にしてから促進する ⇒その場で始められる
factor; その事実の要因を探る ⇒正解が早く見つかる
failure; 過去の失敗や知識を活用する ⇒正解が早くわかる
fairly; 正しさ、公正さ、十分かを知る ⇒正解が早くわかる
faith; 信頼、信念を念頭に考える ⇒素早い行動が容易になる
fake; 捏造か否かの即判断をする ⇒正解が早くわかる
familiar; よく知られていることに関連付ける ⇒正解が早くわかる
fancy; 想像力と空想力を働かせる ⇒正解が早くわかる
fantasy; 空想力を働かせる ⇒正解が早くわかる
farseeing; 遠目を利かせて、先見の明を求める ⇒正解が早く見つかる
fascinate; 人を魅了するものは何かを考える ⇒素早い行動が容易になる
fashionable; 流行と関連付ける ⇒素早い行動が容易になる
favorable; もっとも都合の良い解決は何か ⇒素早い行動が容易になる
feat; 手際のよい行いを目指す ⇒素早い行動が容易になる
feeling; 感覚を重視する ⇒正解が早く見つかる
fellow; 常に仲間の存在を意識する ⇒素早い行動が容易になる
fervor; 熱情を以って、事に当たる ⇒素早い行動が容易になる
fictional; 虚構か否かを見定める ⇒正解が早く見つかる
field; 領域や分野を定める ⇒正解が早く見つかる
fifth; 五感を目いっぱい働かせる ⇒正解が早く見つかる
figuration; できるだけ形態を整える ⇒素早い決断が容易になる
file; その場でファイリングする ⇒素早い決断が容易になる
finality; 最終的にどのようになるかも、同時に考える ⇒正解が早くわかる
finding; 潜在するものの発見 ⇒正解が早くわかる
first; まず最初にやるべきことを絞り込む ⇒正解が早くわかる
fix; とりあえず、観念を固定する ⇒正解が早くわかる
flair; 技術者としての第六感、直感を信じること ⇒正解が早くわかる
flash; ひらめきを捉える ⇒正解が早くわかる
flexible; できるだけ柔軟に考える ⇒正解が早くわかる
flow; 流れを掴む ⇒素早い行動が容易になる
fluctuate; 波動を掴む ⇒素早い行動が容易になる
focalize; 焦点を絞り込む ⇒正解が早く見つかる
following; 次に続くものは何かを考える ⇒正解が早くわかる
for; 何のためかという目的を明確にする ⇒正解が早くわかる
forecast; 常に、次回があることを予測する ⇒正解が早くわかる
formalize; できるだけ形式を与えて、次回に備える ⇒正解が早くわかる
foundation; 土台をきちっとしておく ⇒正解が早くわかる
fractionize; 複雑なことは、分解して小分けする ⇒正解が早くわかる
framework; 下部構造を把握する ⇒正解が早くわかる
free; 束縛されない自由を保つ ⇒素早い行動が容易になる
frequent; 似たようなことは、しばしば起こっている ⇒素早い行動が容易になる
furnishing; 備え付けのものを準備しておく ⇒素早い行動が容易になる
future; 未来を意識する ⇒正解が早くわかる
・新宿区立「漱石山房記念館」にて ―その場考学の実践(2022.8.21)
この稿を書いている時に、たまたま漱石山房記念館で、「テーマ展示、夏目漱石 草枕の世界へ」というチラシを見た。当日には学芸員と専門家によるギャラリートークがあるので、急遽出かけることにした。幸いに酷暑が一時的に和らいだ日だった。
2階の展示には興味をひくものがいくつかあったが、特に英訳本に興味を持った。漱石の難解な文章を平易な英語に訳している。その場で、私はある本の題名が気になった。「Three cornered world」とある。一体、これはなんだ?
学芸員説明の後で、この題名の意味を質問したのだが、専門家も含めて「不明」とのことだった。私は、続いて上映された30分間の原文と絵による全文の画面を見ながら、この英語名について考えることにした。
有名な、草枕の書き出しはこうである。
『山路を登りながら、かう考へた。智に働けば角かどが立つ。情に棹さをさせば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。』
そして、全体のストーリーは漱石自身が云うように、「事件も発展もない通常の小説ではない。美の感覚を残すのみ」であり、一人の画家が、数日間熊本の田舎を歩き、滞在先などで数人との会話を交わすだけの内容になっている。文中には、漱石の絵画論と文明論が語られている。つまり、漱石としては、「住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」を強調したわけで、その部分が好きで、通読した経験があのだが、やはりこの英語の題名には心当たりが全くなかった。
物語の画面を見ていると、ある答えが直ぐに浮かんだ。それは、冒頭の文章にあるそのものずばりではないだろうか。
「智に働けば角が立つ。情に棹さをさせば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」
この赤字の「智、情、意地、角、人の世」を単純に英語にしたのだ。しかも、この題名は「Kusamakura」などという英語よりは、明らかに欧米人好みにも思える。
なぜ、学芸員も専門家も気が付かないことが、数分で分ったのか、それはその場考学のお蔭のように思われる。
この場合、前述の「F」は草枕の全文である。それでは「f」はなんであろうか。それを考えてみた。
すると、その場考学的「f」のいくつかを組み合わせていたことに気が付く。
focalize;焦点を絞り込む ⇒正解が早く見つかる ⇒Threeに注目する。3つとは何を指すのか
flow;流れを掴む ⇒素早い行動が容易になる ⇒前文、本文、最後の文章のどの部分か?
flexible;できるだけ柔軟に考える ⇒正解が早くわかる ⇒どうも、本文には該当しない
following;次に続くものは何かを考える ⇒正解が早くわかる ⇒では、奇妙な前文にあるのでは?
for;何のためかという目的を明確にする ⇒正解が早くわかる ⇒英語の題名は、前文の理解を助けるため。
と云うことになる。その場考学は、色々な場面で役に立つ。だから面白くて、40年間も続いている。
夏目漱石全集の第9巻は丸一冊で「文学論」が語られている。漱石が、英国留学中に読んだ様々なジャンルの文学について、実例を引用しながら体系的に述べたもので、内容は、次のようになっている。
『「文学論」は全体を次の5編に分けて構成している。(1)文学的内容の分類,(2)文学的内容の数量的変化、(3)文学的内容の特質、(4)文学的内容の相互関係,(5)集合的F.
第一編の書き出しに「凡そ文学的内容の形式は (F+f)なることを要す」という漱石理論の基本原理が示されている,ここでFは人の意識の流れにおいて,ある時間その焦点をなしている認識的要素(知的要素),fはそれにともなう情緒的要素を意味している。』(②p.168)
『そのことを激石は次のように述べている。凡そ吾人の意識内容たるFは人により時により、性質に於て数量に於て異なるものにして,其原因は 遺伝,性格,社会,習慣等に基づくこと勿論なれぱ,吾人は左の如く断言することを得べし,即ち同一の境遇、歴史,職業に従事するものには同種 のFが主宰すること最も普通の現象なりとすと。 従って所謂文学者なる者にも亦一定のFが主宰しつつあるは勿論なるべし。』(②p.168)
この記述は非常にわかりにくいので、巻末の注解を頼ることにする。そこでの「F」についての記述は、このようにある。
『Fは、FocusまたはFocal point(焦点)であろう。ある場合にはFact(事実)と考えられることもある。fは、feeling(感情)であろう。漱石は、文学とは人間のf=感情・情緒に基礎を置くものであって、いかなるF=意識の焦点または観念も、感情を伴わず、情緒を喚起しないならば、文学の内容にはなりえない、というのである。』(①pp.550-551)
つまり、漱石はFから発してfにゆくストーリーを本格的な文学としている。
「文学論」
① 著者;夏目漱石 発行所;岩波書店 発行日;1966.8.23
② 著者;立花太郎 科学史研究 KAGAKUSHI 1885 pp.167-177
このことは、2019.11.12の次のブログに示した。
https://blog.goo.ne.jp/hanroujinn67/e/4eeecc3da0c78d582ff1be1b94c1518c
この「F+f」は、実はその場考学に通じる。その場考学は、常に「F」(目の前の事実、Focal point、焦点)が起点となる。そこから直ちに様々な方向に思考と実行が始まる。
そこで、その場考学的「F+f」について考えてみる。
「F」;目の前の事実、Focal point、焦点
「f」; その場考学の第一目標は、その場の限られた情報から、できるだけ早く正しい判断をすることで、早くても、間違った判断では、その場はしのげても新たな問題を引き起こしてしまう。そのような観点から「f」を探すと、実は、これには驚くほどの分野が存在する。英和辞典の索引順に追ってみることにする。
fabricate; その事実の構成を考える ⇒正解が早くわかる
facilitate; 容易にしてから促進する ⇒その場で始められる
factor; その事実の要因を探る ⇒正解が早く見つかる
failure; 過去の失敗や知識を活用する ⇒正解が早くわかる
fairly; 正しさ、公正さ、十分かを知る ⇒正解が早くわかる
faith; 信頼、信念を念頭に考える ⇒素早い行動が容易になる
fake; 捏造か否かの即判断をする ⇒正解が早くわかる
familiar; よく知られていることに関連付ける ⇒正解が早くわかる
fancy; 想像力と空想力を働かせる ⇒正解が早くわかる
fantasy; 空想力を働かせる ⇒正解が早くわかる
farseeing; 遠目を利かせて、先見の明を求める ⇒正解が早く見つかる
fascinate; 人を魅了するものは何かを考える ⇒素早い行動が容易になる
fashionable; 流行と関連付ける ⇒素早い行動が容易になる
favorable; もっとも都合の良い解決は何か ⇒素早い行動が容易になる
feat; 手際のよい行いを目指す ⇒素早い行動が容易になる
feeling; 感覚を重視する ⇒正解が早く見つかる
fellow; 常に仲間の存在を意識する ⇒素早い行動が容易になる
fervor; 熱情を以って、事に当たる ⇒素早い行動が容易になる
fictional; 虚構か否かを見定める ⇒正解が早く見つかる
field; 領域や分野を定める ⇒正解が早く見つかる
fifth; 五感を目いっぱい働かせる ⇒正解が早く見つかる
figuration; できるだけ形態を整える ⇒素早い決断が容易になる
file; その場でファイリングする ⇒素早い決断が容易になる
finality; 最終的にどのようになるかも、同時に考える ⇒正解が早くわかる
finding; 潜在するものの発見 ⇒正解が早くわかる
first; まず最初にやるべきことを絞り込む ⇒正解が早くわかる
fix; とりあえず、観念を固定する ⇒正解が早くわかる
flair; 技術者としての第六感、直感を信じること ⇒正解が早くわかる
flash; ひらめきを捉える ⇒正解が早くわかる
flexible; できるだけ柔軟に考える ⇒正解が早くわかる
flow; 流れを掴む ⇒素早い行動が容易になる
fluctuate; 波動を掴む ⇒素早い行動が容易になる
focalize; 焦点を絞り込む ⇒正解が早く見つかる
following; 次に続くものは何かを考える ⇒正解が早くわかる
for; 何のためかという目的を明確にする ⇒正解が早くわかる
forecast; 常に、次回があることを予測する ⇒正解が早くわかる
formalize; できるだけ形式を与えて、次回に備える ⇒正解が早くわかる
foundation; 土台をきちっとしておく ⇒正解が早くわかる
fractionize; 複雑なことは、分解して小分けする ⇒正解が早くわかる
framework; 下部構造を把握する ⇒正解が早くわかる
free; 束縛されない自由を保つ ⇒素早い行動が容易になる
frequent; 似たようなことは、しばしば起こっている ⇒素早い行動が容易になる
furnishing; 備え付けのものを準備しておく ⇒素早い行動が容易になる
future; 未来を意識する ⇒正解が早くわかる
・新宿区立「漱石山房記念館」にて ―その場考学の実践(2022.8.21)
この稿を書いている時に、たまたま漱石山房記念館で、「テーマ展示、夏目漱石 草枕の世界へ」というチラシを見た。当日には学芸員と専門家によるギャラリートークがあるので、急遽出かけることにした。幸いに酷暑が一時的に和らいだ日だった。
2階の展示には興味をひくものがいくつかあったが、特に英訳本に興味を持った。漱石の難解な文章を平易な英語に訳している。その場で、私はある本の題名が気になった。「Three cornered world」とある。一体、これはなんだ?
学芸員説明の後で、この題名の意味を質問したのだが、専門家も含めて「不明」とのことだった。私は、続いて上映された30分間の原文と絵による全文の画面を見ながら、この英語名について考えることにした。
有名な、草枕の書き出しはこうである。
『山路を登りながら、かう考へた。智に働けば角かどが立つ。情に棹さをさせば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。』
そして、全体のストーリーは漱石自身が云うように、「事件も発展もない通常の小説ではない。美の感覚を残すのみ」であり、一人の画家が、数日間熊本の田舎を歩き、滞在先などで数人との会話を交わすだけの内容になっている。文中には、漱石の絵画論と文明論が語られている。つまり、漱石としては、「住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」を強調したわけで、その部分が好きで、通読した経験があのだが、やはりこの英語の題名には心当たりが全くなかった。
物語の画面を見ていると、ある答えが直ぐに浮かんだ。それは、冒頭の文章にあるそのものずばりではないだろうか。
「智に働けば角が立つ。情に棹さをさせば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」
この赤字の「智、情、意地、角、人の世」を単純に英語にしたのだ。しかも、この題名は「Kusamakura」などという英語よりは、明らかに欧米人好みにも思える。
なぜ、学芸員も専門家も気が付かないことが、数分で分ったのか、それはその場考学のお蔭のように思われる。
この場合、前述の「F」は草枕の全文である。それでは「f」はなんであろうか。それを考えてみた。
すると、その場考学的「f」のいくつかを組み合わせていたことに気が付く。
focalize;焦点を絞り込む ⇒正解が早く見つかる ⇒Threeに注目する。3つとは何を指すのか
flow;流れを掴む ⇒素早い行動が容易になる ⇒前文、本文、最後の文章のどの部分か?
flexible;できるだけ柔軟に考える ⇒正解が早くわかる ⇒どうも、本文には該当しない
following;次に続くものは何かを考える ⇒正解が早くわかる ⇒では、奇妙な前文にあるのでは?
for;何のためかという目的を明確にする ⇒正解が早くわかる ⇒英語の題名は、前文の理解を助けるため。
と云うことになる。その場考学は、色々な場面で役に立つ。だから面白くて、40年間も続いている。
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