「日本 呪縛の構図」 KMM3290
このシリーズはメタエンジニアリングで「文化の文明化」を考える際に参考にした著作の紹介です。『 』内は引用部分です。
書籍名;「日本 呪縛の構図、上・下」 [2015]
著者;R・ターガード・マーフィー 発行所;早川書房
発行日;2015.12.20 初回作成年月日;H29.2.12
引用先;文化の文明化のプロセス Converging & Implementing
著者のR・ターガード・マーフィーは、1997年に「動かぬ日本への処方箋」という著書を毎日新聞社から発行している。2016年1月23日の東京新聞Web版には、次の記事がある。
「愛する国 だから斬る在住40年 日本論出版 R・ターガート・マーフィーさん(筑波大大学院教授)」
『骨太の日本論だ。米国出身で四十年近くを日本で過ごし、現在は筑波大の社会人大学院で国際金融を教えるリチャード・ターガート・マーフィーさん(63)が昨年十二月、『日本 呪縛の構図』(早川書房)を刊行した。この春の退官と離日を前に、集大成ともいえる上下巻の大著で、副題のとおり「この国の過去、現在、そして未来」を描ききった。日本の抱えるリスクをずばり指摘する筆の鋭さに感銘を受け、東京・茗荷谷(みょうがだに)の筑波大東京キャンパスを訪ねた。これまでも海外の日本研究者による日本論は、日本人がなかば自覚しながらも目をそらしてきた「不都合な真実」を糾弾してきた。本書もその系譜に連なる。「アウトサイダー(外部の人)だからこそ気づけることがある。魚が水に気づかないのと同じです」。マーフィーさんは日本語と英語を織り交ぜ、そう語る。』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/doyou/CK2016012302000251.html
『日本 呪縛の構図』の前に、ほぼその10年前に書かれた「動かぬ日本への処方箋」では、日本には、真の意味での「政治が必要」と述べている。当時の日本の状態を「日本が脱出不可能の罠にはまってしまったように見える」として、「規制緩和」とか「改革」について、
『これらの言葉を聞いてそれが実際に何を意味するのかはっきり分かる人はほとんどいない。話している当人たちでさえ、じっくりと考えたことがあるかどうか疑わしい。』(pp.216)としている。
その原因は「議論の欠如が危機を深める」に記されているのだが、そのまた原因を「日本の伝統的な官僚機構」に求めている。世論がその合理化を叫んでも、結局は、『何らかの形で自分たちの生計を保証する役に立っているのも、この同じ官僚機構だと感じている。』(pp.217)とし、それと関連して、「アメリカの現状を無視した楽観論」を危険視している。
『日本 呪縛の構図』は、いわばその続編で、なぜそのような官僚機構を始めとする「呪縛」の中身を例証し、その根源を江戸時代の社会制度に求めている。
上下2巻の大著は、日本の古代から、平安・鎌倉と文化の流れを概観したのちに、江戸時代の詳論に移る。14ページにわたる「序文」において、その概要はかなり詳しく説明がされている。
『それは日本をこれほど魅力的で成功を収めた国にさせた源泉であるかもしれない、だが、それは同時に私が前述したように、近代から現代にかけての日本の歴史で多くの悲劇を生み出す要因ともなった。なぜかというと、それは「搾取を行う側」にとっては本当に理想的な状況を作り出すからである。
それは、物事をあるがままに受け入れること。そして心のどこかで追求する価値がない目標であるとわかっていながら、それを生きがいとすることが「大人の態度」であると考えるような思考様式が国民レベルで内面化された状況に他ならない。』(pp.28)
『だが問題はそれだけに限らない。日本の指導者層においても、この国に深く根付いてしまった「状況に支配された視点」は、自分たちの行動とその背景にある動機について自己欺瞞に満ちた二重思考(ダブルシンク)(互いに矛盾する意見を同時に真実と見なす思考様式)を助長しているのだ。』(pp.28)
江戸時代を通じて厳格に行われた「幕藩体制」すなわち「社会統制装置」について、次のような多くの事例を挙げている。すなわち、検問所における警備体制、私服警官の原型、町内の安全組織、大名行列による交通インフラ、長距離サプライチェーン、大衆芸術、樹木の本数にまで及ぶ国勢調査、世界初の先物取引市場などである。
それらを列挙したうえで、「呪縛」への原因を次のように述べている。
『事実、もはや武士階級に日ごろから鍛錬した武芸を披露する機会はほとんど訪れることはなかった。実戦の記憶が歴史の霧のかなたに消えつつある中で、皮肉なことに「サムライ精神」はこれまで以上に硬直化して軍国主義的になり、上役に対する絶対的な忠誠、どんな命令も命懸けで果たす覚悟、そして軟弱さや物質的な快適さを見下す態度が重視されるようになった。』(pp.94)
『現代の日本には一見矛盾して見える様々な現象があって、海外の人々をひどく当悪させることがあるが、実はこれらの現象も元をたどれば、江戸時代の公的な組織のあり方と現実社会との間の「ずれ」に由来しているのだ。たとえば20世紀後半、世界は日本企業が世界史上でもトップクラスの大成功を収めるのを目撃したが、同時に当時の日本は主体性を失って硬直した官僚制度の代名詞ともいえる存在だった。
だが、これも江戸時代に大阪の大商人と硬直化してゆく一方の武士階級が併存していたという前例を知れば、さほど不可解に思えなくなる。一方では忠誠と自己犠牲がほとんど常軌を逸したレベルにまで高められ(例えば切腹にみられる武士の自己礼賛、第二次世界大戦の神風特攻隊、過労死するまで企業に尽くす現代のサラリーマンなど)、他方では現代の奇天烈テレビゲーム、性描写の過激なアダルトアニメ、漫画、それに現代の奇抜なファッションなどを頂点とする型破りで反体制的な芸術が次から次へと生み出されてゆく。こうした文化の二面性は、江戸時代に端を発しているのだ。』(pp.95)
この後で著者は、日本人の「建前と本音」の使い分けを指摘している。そしてさらに、それがあらゆる場面で遭遇する「無責任体制」に繋がっていると説明している。
このように、全文を分断してしまうと一見非論理的に見えるのだが、実際に通して読むと、西欧人の日本文化への傾倒の思考過程が良くわかってくる。
下巻では、上巻で指摘した「呪縛の構図」が、日本の高度成長期から失われた20年間、更に現在の安倍政権に至る多くの経済・企業経営・外交問題のおおもとであるとしている。そのうえで、あるべき政治や経済問題への対応と、それを実現するためのリーダーシップについて論じている。
ここで注目したのは、第9章「社会的・文化的変容」のなかの「日本文化の世界的影響力」という部分である。そこから引用する。
『どのような基準で測ろうと日本人が著しく創造性と芸術性に富んだ国民であることは疑う余地がない。だがこの創造性の由来を説明するのはなかなか厄介な仕事である。何をどう言おうと陳腐な言葉の繰り返しになりかねないからだ。
だが日本の創造性がどのような形で世界中に反響を引き起こしているのか、そして日本社会がどのようにして「日本らしさ」を失わずに変化を遂げつつあるのかを理解すれば、おそらくその秘密の一端を垣間見ることができるだろう。なぜなら、日本人の創造性が世界中で反響を呼んだ例は過去にあったからである。』(pp.88)
そこから、19世紀後半のジャポニズムの中身についての説明がある。所謂、浮世絵などの西欧文化への影響なのだが、「日本のエリート層からは低俗な文化と見なされていたし、その製作過程においては、外人の心に訴えようなどという気持ちは、みじんも抱いていなかった。」としている。これらの例から、結論としては以下のように述べている。
『日本独特の創造性の起源を日本人特有の矛盾や曖昧さに対する許容度の高さに求めるのは、ある意味で自然なことかもしれない。ギリシアの哲人アリストテレスは矛盾を許容してはならないという教えを欧米人に残した。だがこれに相当する訓戒が日本の思想で影響力を持ったためしは一度もない。』(pp.89)
その後、この矛盾の事例として、伝統的な庭園や料亭に対する細部への配慮と、それに隣接する電柱や、乱雑な看板の併存に対して、「見て見ぬふりをして、眼に入れないのが礼儀である」としている。このような眼で見ると、日本中に同様な矛盾が混在している現場がいくらでも見つかる。
そして、次の結論になる。
『日本文化が世界中で反響を呼んでいる理由の大部分は、これで説明がつくのではないだろうか。現代である程度の正気を保つには、矛盾と共存してゆく術を身につけることがますます必要不可欠になりつつあるが、それはもはや日本に限られたことではない。それでも、悪夢なような光景を完璧なまでに映像化する創造力とあけすけに甘ったるい感傷に浸る傾向が併存することは、間違いなく日本文化が世界中の人々(特に子供や若者)を引き付ける魅力となっている。それは同時に、日本が実際に経てきた変化の度合いを示唆してもいる。』(pp.93)
矛盾を現実のものとして、そのままの形で受け入れるという伝統的な日本文化は、四季の変化と台風等の自然災害の多発する中で育った日本的な農耕文化の結果だと思う。その「矛盾を許容する文化」が、これからの人類の文明の継続性にとって、必要不可欠であるということが述べられているように思われる。
そこで問題となるのは、「矛盾を許容する文化」が、いかにこれからの人類社会全体にとって合理的なのかを論理的に説明することであろう。そして、この優れた日本の文化を世界の文明にまで広げるプロセスはさらに難しそうだ。
このシリーズはメタエンジニアリングで「文化の文明化」を考える際に参考にした著作の紹介です。『 』内は引用部分です。
書籍名;「日本 呪縛の構図、上・下」 [2015]
著者;R・ターガード・マーフィー 発行所;早川書房
発行日;2015.12.20 初回作成年月日;H29.2.12
引用先;文化の文明化のプロセス Converging & Implementing
著者のR・ターガード・マーフィーは、1997年に「動かぬ日本への処方箋」という著書を毎日新聞社から発行している。2016年1月23日の東京新聞Web版には、次の記事がある。
「愛する国 だから斬る在住40年 日本論出版 R・ターガート・マーフィーさん(筑波大大学院教授)」
『骨太の日本論だ。米国出身で四十年近くを日本で過ごし、現在は筑波大の社会人大学院で国際金融を教えるリチャード・ターガート・マーフィーさん(63)が昨年十二月、『日本 呪縛の構図』(早川書房)を刊行した。この春の退官と離日を前に、集大成ともいえる上下巻の大著で、副題のとおり「この国の過去、現在、そして未来」を描ききった。日本の抱えるリスクをずばり指摘する筆の鋭さに感銘を受け、東京・茗荷谷(みょうがだに)の筑波大東京キャンパスを訪ねた。これまでも海外の日本研究者による日本論は、日本人がなかば自覚しながらも目をそらしてきた「不都合な真実」を糾弾してきた。本書もその系譜に連なる。「アウトサイダー(外部の人)だからこそ気づけることがある。魚が水に気づかないのと同じです」。マーフィーさんは日本語と英語を織り交ぜ、そう語る。』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/doyou/CK2016012302000251.html
『日本 呪縛の構図』の前に、ほぼその10年前に書かれた「動かぬ日本への処方箋」では、日本には、真の意味での「政治が必要」と述べている。当時の日本の状態を「日本が脱出不可能の罠にはまってしまったように見える」として、「規制緩和」とか「改革」について、
『これらの言葉を聞いてそれが実際に何を意味するのかはっきり分かる人はほとんどいない。話している当人たちでさえ、じっくりと考えたことがあるかどうか疑わしい。』(pp.216)としている。
その原因は「議論の欠如が危機を深める」に記されているのだが、そのまた原因を「日本の伝統的な官僚機構」に求めている。世論がその合理化を叫んでも、結局は、『何らかの形で自分たちの生計を保証する役に立っているのも、この同じ官僚機構だと感じている。』(pp.217)とし、それと関連して、「アメリカの現状を無視した楽観論」を危険視している。
『日本 呪縛の構図』は、いわばその続編で、なぜそのような官僚機構を始めとする「呪縛」の中身を例証し、その根源を江戸時代の社会制度に求めている。
上下2巻の大著は、日本の古代から、平安・鎌倉と文化の流れを概観したのちに、江戸時代の詳論に移る。14ページにわたる「序文」において、その概要はかなり詳しく説明がされている。
『それは日本をこれほど魅力的で成功を収めた国にさせた源泉であるかもしれない、だが、それは同時に私が前述したように、近代から現代にかけての日本の歴史で多くの悲劇を生み出す要因ともなった。なぜかというと、それは「搾取を行う側」にとっては本当に理想的な状況を作り出すからである。
それは、物事をあるがままに受け入れること。そして心のどこかで追求する価値がない目標であるとわかっていながら、それを生きがいとすることが「大人の態度」であると考えるような思考様式が国民レベルで内面化された状況に他ならない。』(pp.28)
『だが問題はそれだけに限らない。日本の指導者層においても、この国に深く根付いてしまった「状況に支配された視点」は、自分たちの行動とその背景にある動機について自己欺瞞に満ちた二重思考(ダブルシンク)(互いに矛盾する意見を同時に真実と見なす思考様式)を助長しているのだ。』(pp.28)
江戸時代を通じて厳格に行われた「幕藩体制」すなわち「社会統制装置」について、次のような多くの事例を挙げている。すなわち、検問所における警備体制、私服警官の原型、町内の安全組織、大名行列による交通インフラ、長距離サプライチェーン、大衆芸術、樹木の本数にまで及ぶ国勢調査、世界初の先物取引市場などである。
それらを列挙したうえで、「呪縛」への原因を次のように述べている。
『事実、もはや武士階級に日ごろから鍛錬した武芸を披露する機会はほとんど訪れることはなかった。実戦の記憶が歴史の霧のかなたに消えつつある中で、皮肉なことに「サムライ精神」はこれまで以上に硬直化して軍国主義的になり、上役に対する絶対的な忠誠、どんな命令も命懸けで果たす覚悟、そして軟弱さや物質的な快適さを見下す態度が重視されるようになった。』(pp.94)
『現代の日本には一見矛盾して見える様々な現象があって、海外の人々をひどく当悪させることがあるが、実はこれらの現象も元をたどれば、江戸時代の公的な組織のあり方と現実社会との間の「ずれ」に由来しているのだ。たとえば20世紀後半、世界は日本企業が世界史上でもトップクラスの大成功を収めるのを目撃したが、同時に当時の日本は主体性を失って硬直した官僚制度の代名詞ともいえる存在だった。
だが、これも江戸時代に大阪の大商人と硬直化してゆく一方の武士階級が併存していたという前例を知れば、さほど不可解に思えなくなる。一方では忠誠と自己犠牲がほとんど常軌を逸したレベルにまで高められ(例えば切腹にみられる武士の自己礼賛、第二次世界大戦の神風特攻隊、過労死するまで企業に尽くす現代のサラリーマンなど)、他方では現代の奇天烈テレビゲーム、性描写の過激なアダルトアニメ、漫画、それに現代の奇抜なファッションなどを頂点とする型破りで反体制的な芸術が次から次へと生み出されてゆく。こうした文化の二面性は、江戸時代に端を発しているのだ。』(pp.95)
この後で著者は、日本人の「建前と本音」の使い分けを指摘している。そしてさらに、それがあらゆる場面で遭遇する「無責任体制」に繋がっていると説明している。
このように、全文を分断してしまうと一見非論理的に見えるのだが、実際に通して読むと、西欧人の日本文化への傾倒の思考過程が良くわかってくる。
下巻では、上巻で指摘した「呪縛の構図」が、日本の高度成長期から失われた20年間、更に現在の安倍政権に至る多くの経済・企業経営・外交問題のおおもとであるとしている。そのうえで、あるべき政治や経済問題への対応と、それを実現するためのリーダーシップについて論じている。
ここで注目したのは、第9章「社会的・文化的変容」のなかの「日本文化の世界的影響力」という部分である。そこから引用する。
『どのような基準で測ろうと日本人が著しく創造性と芸術性に富んだ国民であることは疑う余地がない。だがこの創造性の由来を説明するのはなかなか厄介な仕事である。何をどう言おうと陳腐な言葉の繰り返しになりかねないからだ。
だが日本の創造性がどのような形で世界中に反響を引き起こしているのか、そして日本社会がどのようにして「日本らしさ」を失わずに変化を遂げつつあるのかを理解すれば、おそらくその秘密の一端を垣間見ることができるだろう。なぜなら、日本人の創造性が世界中で反響を呼んだ例は過去にあったからである。』(pp.88)
そこから、19世紀後半のジャポニズムの中身についての説明がある。所謂、浮世絵などの西欧文化への影響なのだが、「日本のエリート層からは低俗な文化と見なされていたし、その製作過程においては、外人の心に訴えようなどという気持ちは、みじんも抱いていなかった。」としている。これらの例から、結論としては以下のように述べている。
『日本独特の創造性の起源を日本人特有の矛盾や曖昧さに対する許容度の高さに求めるのは、ある意味で自然なことかもしれない。ギリシアの哲人アリストテレスは矛盾を許容してはならないという教えを欧米人に残した。だがこれに相当する訓戒が日本の思想で影響力を持ったためしは一度もない。』(pp.89)
その後、この矛盾の事例として、伝統的な庭園や料亭に対する細部への配慮と、それに隣接する電柱や、乱雑な看板の併存に対して、「見て見ぬふりをして、眼に入れないのが礼儀である」としている。このような眼で見ると、日本中に同様な矛盾が混在している現場がいくらでも見つかる。
そして、次の結論になる。
『日本文化が世界中で反響を呼んでいる理由の大部分は、これで説明がつくのではないだろうか。現代である程度の正気を保つには、矛盾と共存してゆく術を身につけることがますます必要不可欠になりつつあるが、それはもはや日本に限られたことではない。それでも、悪夢なような光景を完璧なまでに映像化する創造力とあけすけに甘ったるい感傷に浸る傾向が併存することは、間違いなく日本文化が世界中の人々(特に子供や若者)を引き付ける魅力となっている。それは同時に、日本が実際に経てきた変化の度合いを示唆してもいる。』(pp.93)
矛盾を現実のものとして、そのままの形で受け入れるという伝統的な日本文化は、四季の変化と台風等の自然災害の多発する中で育った日本的な農耕文化の結果だと思う。その「矛盾を許容する文化」が、これからの人類の文明の継続性にとって、必要不可欠であるということが述べられているように思われる。
そこで問題となるのは、「矛盾を許容する文化」が、いかにこれからの人類社会全体にとって合理的なのかを論理的に説明することであろう。そして、この優れた日本の文化を世界の文明にまで広げるプロセスはさらに難しそうだ。
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