ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

『太陽にほえろ!』#355

2020-06-09 11:15:15 | 刑事ドラマ'70年代









 
後に『金曜日の妻たちへ』や『男女7人夏物語』等のシリーズを大ヒットさせ、大御所作家の仲間入りをされる我らが残酷大将=鎌田敏夫さんが脚本を書かれた最後の『太陽にほえろ!』であり、ボス編の最高傑作とも云われる「神回」です。

鎌田さん曰く「1時間の間、ただ、ボスが歩き、人に会っているだけの話」であり、刑事が犯人を1人も逮捕しない異色作なんだけど、なのに良い意味での『太陽にほえろ!』らしさに溢れ、正味45分があっという間に過ぎてしまう、まさに神憑り的な作品。

このレビューも長文になること必至(だから取りかかるのに覚悟が要った)にも関わらず、たぶんサクサク読めると思います。それは私のお陰じゃなくて、100%残酷大将の功績。あまりに直球すぎるサブタイトルも含めて本当に素晴らしいエピソードです。


☆第355話『ボス』(1979.5.18.OA/脚本=鎌田敏夫/監督=竹林 進)

ボス(石原裕次郎)はある日、死刑囚の坂田(遠藤征慈)に呼び出されて刑務所を訪れます。坂田は8年前に東京郊外の農村で一家四人を殺害した強盗殺人犯で、七曲署管内へ逃げ込みボスに逮捕された男。

その坂田が唐突に、爆弾発言を投下します。同じく8年前に共犯者として逮捕され、10年の刑を食らって服役中の大村(井上博一)が、本当は無実である(けど恨みがあるから今まで黙ってた)から釈放してやってくれ、と言い出したのでした。

ボスは面食らいながらも、努めて冷静に対応します。

「もしそれが本当だとしても、もう遅いんだ。刑が決まる前にそう言わなくちゃ、遅いんだよ」

「でもヤツは無実なんだよ。無実なのに10年の刑を食らってるんだ。何とかしてやってくれよ、藤堂さんしかいないんだよ!」

頼める相手がなぜボス以外にいないのか、それは後々分かって来ます。

「藤堂さん! 罪を犯した人間を逮捕するのが刑事の役目なら、罪も無いのに捕らえられてる人間を釈放するのも、刑事の役目じゃないのかよ!?」

そんなこと言われても、一旦決まった刑を、しかも8年も経った今さらひっくり返すなんてことが可能なのか? 困り果てたボスは、頼れる右腕=山さん(露口 茂)を七曲署の屋上にこっそり呼び出し、相談します。

「デタラメじゃないですかね、坂田の。生き延びる為の思いつきじゃないですか?」

裁判がやり直しになれば、坂田の刑の執行も延びる。死ぬのが怖くなった坂田がデタラメを言ってる可能性は充分にあります。

「しかしな、山さん。もしそれが本当だとしたらどうする?」

「本当だとしてもですね、ボス。これはよその署の事件です。しかも解決した事件ですよ?」

そう、この件が何より厄介なのは、大村を逮捕したのがボスではなく、七曲署の部下たちでもなく、地元署のベテラン刑事=杉山(睦五郎)であるという点。その冤罪を暴けば杉山は当然タダじゃ済まないし、警察組織のメンツも丸潰れとなり、ボス自身の出世まで絶望となること必至です。

「山さんならどうする? 放っておくかね、このまま?」

「ええ、放っておきます」

嘘つけ!って、『太陽にほえろ!』ファンは全員ツッコミを入れた事でしょうw こういう時に誰よりも捨て身になっちゃうのが山さんである事を、我々はよく知ってますからね。

だけど今回、厄介事を背負わされたのは自分じゃなく、敬愛してやまないボスなもんだから、あえて心にも無いことを山さんは言ってる。そこんとこも我々はまるっとお見通しです。

と同時に、あの山さんが建前とはいえ「自分なら放っておく」と発言しちゃうくらい、この件はとんでもなくハイリスクであることも、この短いシーンで我々は思い知るワケです。

それでもボスは、共犯者として服役中の大村と面会します。

「今頃になって何言ってんだよっ!?」

当然ながら大村はハイパー激怒。そりゃそうでしょう、もう既に8年も刑務所の臭いメシを食わされて来たのに、そりゃ今さら何言うてんねん?としか言いようありません。

しかしなぜ、無実ならそう主張して控訴しなかったのか? ボスの素朴な疑問に、大村は「何もかもが嫌になったからだ」と答えます。周りの人間がみんな大村を不利にする嘘の証言をし、担当弁護士には妥協を勧められ、杉山刑事の取り調べ……という名目の自白強要が連日続き、彼は自暴自棄にならざるを得なかった。

「毎日、脅かされたりスカされたり、もうどうにでもなれって気持ちになるんだよ」

自白すれば解放される。後から裁判でひっくり返せばいい。そう思って共犯を認めたものの、一度自白したことは決して覆せない現実が待っていた。あと2年で出所しても、大村には強盗殺人の共犯という重い前科がついて回る。希望を持てと言う方が無茶ってもんです。

「今度シャバに出たら、世の中があっと驚くようなドでかいことをやってやる。そして絶対捕まらない! 俺はここで10年間、その為の勉強をさせてもらうつもりなんだよ」

そう言って大村は、ニヤリと笑います。世間を恨む気持ちはよく解る。解るけど、そもそも凶悪犯の坂田と親しかった大村が、人畜無害な人間だとはとても思えない。疑われるには疑われるだけの理由があった筈。そんな輩のために、こんなリスキーなことが(私が刑事だったとして)果たして出来るだろうか?と考えると、迷わずノーと言うほかありませんw

だけどボスは、当時の事件関係者1人1人に会いに行き、まずは話を聞きます。控訴を諦めるよう大村を諭した弁護士には「あなたは何の権限があって此処に来てるんだ?」と冷笑され、取り調べを担当した杉山刑事には「これはお前の事件じゃない、俺の事件なんだ!」と怒られ、まあ当然ながら逆風の嵐。

その逆風はしかし、冤罪が事実である可能性が高いことを意味しており、いよいよ乗りかかった船から降りられなくなったボスは、覚悟を決めて1週間の休暇を取ります。

「やる気ですか本当に? 1週間やそこいらの休暇で何とかなる問題じゃないですよ」

心配する山さんに、ボスは吹っ切れた顔で応えます。

「もし坂田の言ったことが本当だと思えて来たら、何年かかってもやるつもりだよ」

「……ボス」

「坂田に会いに行かなきゃよかったって、俺はいま後悔してる。しかし、もう逃げるワケにはいかんのだよ」

調べてみると、当時大村とチョメチョメな仲だったキャバレーのホステス=よし江(三浦真弓)と、いきつけの飲み屋のオヤジが、二人とも大村のアリバイについて証言を覆したことが判明。ボスは両者に会いに行くけど当然ながら歓迎されません。

さらに、大村を自白させた杉山刑事が、当時捜査本部で一緒だったエリート刑事とすこぶる仲が悪く、坂田の単独犯行説を唱える彼に対抗するかのように、大村の共犯説を杉山が強く主張していたという情報を、関係ない筈の山さんが仕入れて来ます。

「山さん、余計なこと調べなくたっていいよ。坂田に頼まれたのは俺なんだ。山さんまで巻き込むワケにはいかんよ」

「犯人を逮捕するのが刑事の役目なら、無実の人間を釈放するのも刑事の役目だろうって、坂田にそう言われたんでしょう?」

「それがどうしたんだ」

「私も刑事ですよ、ボス」

「…………」

山さん……山さん……山さ~ん!って、今は亡きテキサス刑事みたいに叫びたくなりますw

そうして陰からボスを支える刑事がいる一方で、わざわざ水を差しに来る刑事もいました。今や警察庁の官僚にまで出世したボスの先輩=岩淵(北村和夫)は、万年係長の後輩がやってることを「他の署の粗捜しだ」と痛烈に批判します。

「私はキミを本庁に呼びたいと思ってるんだ。今その運動をしてる真っ最中だ」

「…………」

「大村のことはキミが関わらねばならない問題じゃないだろう? 誰の眼から見てもそうだよ。もし本当に大村が無実なら、再審請求という道もあるんだ」

「再審請求には新しい証拠が要ります。その証拠をいったい誰が探してやるんですか、岩淵さん?」

「…………」

出世こそを目標に生きて来たであろう岩淵には、ボスが何故こんなことをやってるのか理解出来ない様子です。いや、ボスだって何も出世をしたくないワケじゃない。ただ、同じ警察の人間でも価値観が違う、物事の優先順位がまるで違うって事でしょう。

翌日、ボスは鞄も持たず、スリーピースの背広姿でスタイリッシュに農村を歩きます。すこぶる場違いですw

そんなボスが訪れたのは、東京郊外の事件現場。その家はもう廃屋状態で、手掛かりは得られそうにありません。

「これじゃどうしょうもないですね、ボス」

背後から声を掛けて来たのは、背広姿でもなぜか農村がよく似合う長さん(下川辰平)。何しに来たんだ帰ってくれと言うボスに、自分の頭を撫でながら長さんは穏やかに返します。

「山さんには手伝わせておいて、私はダメだって言うんですか? 不公平じゃないですか、ちょっと」

「長さん、これは俺一人の事件なんだ」

「ボス、私たちは同じ船に乗ってるんですよ。溺れる時は一緒に溺れさせて下さい」

「…………」

長さんは同じ「叩き上げ」として、冤罪を生んだらしい杉山刑事の気持ちも解ると言います。杉山は恐らく、ただの踏み台で現場に参加するキャリア連中にだけは負けたくなかった。

「何十年と現場を勤めて来た人間の、意地ってものがありますからね。杉山さんのしたことが間違いだったとしても、私は味方してやりたいですね……気持ちとしては」

この辺りがまた、鎌田脚本の素晴らしさです。冤罪を生んだ刑事にも共感せずにいられない心情を設定し、単なる悪役だけで片付けない。凶悪犯が無実の人間を救おうとし、無実の人間が世の中を恨んで復讐を考えてる。それぞれの言動にちゃんと理由があり、一面的なキャラクターが1人も出て来ない。

本作と似たような話は『相棒』はじめ昨今の刑事ドラマでもよく見かけるけど、大抵は善悪真っ二つの勧善懲悪ストーリーで、雰囲気だけ社会派ぶった脚本ばかりです。現在のテレビ番組が見失ってるものが、この作品には隅々まで詰まってる。創り手の皆さん、観る時間が無いならせめてこのレビューで学んで頂きたい!

閑話休題。ボスはかつて証言を覆したホステスのよし江から真実を聞き出すため、粘り強く説得を続けます。が……

「ねえ、あなた何の為にこんな事してんのよ? 坂田も大村もロクでもない人間よ。どうなったところで大した事ない。ほっときゃいいじゃない」

そんなよし江にも、私は共感せずにいられません。はっきり言って、クズはクズ。たとえ無実だとしても、かつてチョメチョメ関係だった女性にここまで言われちゃう大村は、間違いなくクズ人間です。

だから一般市民としては「ほっとけばいい」「そうした方が世のため人のため」って思うけど、もし自分が刑事だとしたらどうか? ボスみたく行動に移せるか否かはともかく、やっぱ例えクズでも冤罪は許しちゃいけないって思う事でしょう。

「替わりますよ、メシでも食って来て下さい」

キャバレーの表でよし江を待ってるボスに、今度はゴリさん(竜 雷太)が声を掛けます。皆には内緒で相談したのに、山さんって意外と口が軽いんですねw

「ゴリ、これはな、仕事じゃないんだ」

「分かってますよ。休暇願い机に出しときましたから、明日にでもハンコ捺しといて下さい」

「…………」

「腹、減ったでしょ。そういう顔してますよ」

マカロニ刑事(萩原健一)の時代から『太陽~』に参加されてる鎌田敏夫さんは、藤堂チームのこうした絆の描き方も抜群に上手い! 臭みが無いというか、ベタベタし過ぎない距離感がとても心地好いです。

しかし残念ながら、無頼漢のゴリが加わったところでよし江の気持ちは動きません。イケメンの殿下(小野寺 昭)なら良かったのにw

で、とりあえず二人でよし江を自宅まで送ろうとしたところで、なんとも間の悪いことに杉山刑事が通りかかってしまいます。

「藤堂、貴様……俺に恨みでもあるのか? その女から何を聞き出そうってんだ?」

怒り心頭の杉山は、たったいま拳銃不法所持で捕まえて護送中だったチンピラを、パトカーから無理やり引きずり出します。

「坂田も大村もこのチンピラと同じだ。街のクズだよ! お前はこんなチンピラと自分の出世を引き換えにしようとしてるんだぞ? 何故そんなことをする? 何故だっ!?」

「刑事だからです、私が」

「!!」

そう、ボスも杉山も刑事なんです。一般市民の私みたいに「クズはクズ」だなんて言ってたら、警察は単なるファシスト組織になってしまう。差別意識だけで異人種を殺しちゃう某国の警官達みたいに……

「……あんまりイキがるなよ、藤堂」

捨て台詞を吐いて杉山は去って行きます。反論出来なかったって事は、彼にもまだ刑事魂が残ってる証かも知れません。『スター・ウォーズ』のダースベイダーみたいに。(そう言えば睦五郎さん、映画『宇宙からのメッセージ』でダースベイダーみたいな役でしたw)

さて、美女相手にゴリさんじゃ話にならんでしょ?って事で、今度は真打ちの殿下が、さらにボン(宮内 淳)&ロッキー(木之元 亮)も参戦し、イケメントリオ(ただしロッキーは微妙)でひたすら頭を下げまくるというw、ルックスだけが取り柄の泣き落とし作戦を敢行! すこぶる残念なことに、女性にはこれが一番有効なんですよねw 結局は顔なんですw

ついに陥落したよし江は、一時期やってた売春をネタに杉山刑事から脅され、偽証しちゃったことをボスに打ち明けます。ちょうど大村みたいな連中と手を切りたかった彼女の心理を、杉山は巧みに利用したワケです。

「私、後になって自分のしたことが怖くなって、弁護士さんや刑事さんに会いに行ったんです。そしたら、いちど刑が決まったものはどうしょうもないって言われて……」

恐らくその弁護士にも杉山の息がかかってたんでしょう。とにかくこれで、大村の無実はほぼ間違いなしと判りました。でも、さらに新しい証拠を見つけないと再審請求は出来ません。

ボスたちはまず、事件当日、坂田の犯行時刻に大村と一緒にいた、よし江の記憶を掘り起こす作業から始めます。8年も前のデートなんて普通は憶えちゃいないけど、解決の糸口はもうそこにしか残ってない。

「あっ……ちょっと待って!」

「何かあったのか?」

「そう言えば商店街の入口で、勝部弘とすっごくよく似た人に会ったの!」

「勝部弘って、役者のか?」

よし江はその夜、二丁目の商店街で俳優の勝部弘(テキサス=勝野洋さんのパロディですねw)とそっくりな男を見かけたんだけど、周りに撮影スタッフがいなったから人違いかも知れないと言う。けど、それがもしゲリラ撮影(隠し撮り)だったとしたら!

さっそくテレビ局で調べてもらうと、あの夜に勝部弘はテレビ映画『俺たちの青春』の撮影で、確かに二丁目商店街にいたと言う! 勝部役の中田博久さんはどう見ても「青春」って顔じゃないんだけどw

現在みたいにDVDはおろか、家庭用のビデオデッキすら普及してない時代ですから、映像を確かめるには『俺たちの青春』を再放送中の「愛知テレビ」まで足を運び、フィルムを上映してもらうしかありません。

その映像を見たところで、単に現場を通りかかっただけの大村とよし江がフィルムに写ってる可能性は、万に一つも無い。それでも、その奇跡に全てを賭けて、ボスとよし江は名古屋へと飛びます。

『太陽にほえろ!』の産みの親である岡田晋吉プロデューサーは、自著『太陽にほえろ!伝説』の第7章「岡田流ドラマ作りのポリシー」において、鎌田敏夫さんのお言葉を引用されてます。

曰く「前半は極めてリアルにドラマを進め、最後に一度だけ思い切った偶然を持ってくるのが、今のテレビドラマを当てる秘訣だ」……

これはまさに、今回の脚本を指して仰った言葉なのかも知れません。もはや、結果を書く必要は無いですね。よし江はフィルムを観て号泣し、私も泣きました。

「どうしてアンタ、俺の為にそんな事を……なんでだ!? 俺とアンタは何の関係も無いじゃないか!」

周りにいた全ての人間に裏切られて牢屋にいる大村が、その結果を聞いて喜ぶより先に、ただひたすら驚くしかなかったのも無理からぬこと。

「俺は刑事だ。刑事の仕事は恐ろしい仕事なんだ。一歩間違えると、一人の人間の人生を根こそぎ奪ってしまう事になる。俺はその恐ろしさに慣れたくない。その恐ろしさを、忘れたくないんだ」

「…………」

「お前の為にした事じゃない。俺は、俺自身の為にしたんだ」

「藤堂さん……」

「これからなんだよ、大村。まだまだこれからだ」

さんざん驚いた後に号泣する大村は、きっと世間への復讐を思いとどまる事でしょう。クズはクズ、なんて言ってホントすみませんw

一方、ボスを動かした張本人である死刑囚=坂田はと言うと……

「なにか言ってましたか、大村のヤツ……」

「泣いてたよ」

「……そうですか」

ここでボスは、大村を救う気になった本当の理由を、あらためて坂田に問います。

「生き延びたいからですよ、ハッキリ言って」

「…………」

「刑の執行を待って毎日暮らしてると、どんな事をしてでもいいから、1日でも生き延びたいと思えて来る……生きてるって事がどんなに素晴らしい事か、イヤになるほど分かって来る……」

「…………」

「でも俺は、物盗りに入って何の恨みもない人間を4人も殺した。4人の人間からその命を奪い取ったんだ」

「…………」

「俺は今、自分の人生の1日1日がどんなに大切なものか思い知らされた……自分のやった事がどんなに惨いことか、今になって……」

「…………」

「生きてるって事は、どんな事よりもいい事だよな……藤堂さん」

「……大村が無実になるまで、生きててやれよな、坂田」

ここで坂田も泣き崩れます。だからと言って一家4人を惨殺した罪は絶対消えやしないけど、気持ちは幾分かラクになった事でしょう。

さて、次は杉山刑事です。彼にどんな処分が下るか今のところ不明だけど、とにかくタダじゃ済まないのは確かです。

「私はあなたに、何の恨みも無い。しかし坂田にああ言われた以上、放っておくワケにはいかなかったんです」

「…………」

「もしあなたが私だったとしたら、きっと同じ事をしていたと、私はそう思います」

「…………」

嫌味の1つでも返すかと思いきや、杉山は黙って歩き去るのみ。寂しげな後ろ姿をボスの眼に焼き付けて…… でも、彼はこれで救われた筈です。ダースベイダーの最期と同じように。

「いい気持ちかね、藤堂くん。キミの名前は本庁でも轟いとるよ」

そんな嫌味を言ったのはただ1人、ボスを本庁に引き上げたいと言ってた警察庁官僚の、岩淵だけです。

「キミは自分の将来というものを1人のチンピラの人生と引き換えたんだよ、藤堂くん」

「……岩淵さん」

「なんだ?」

「私はあなたを尊敬してました。あなたの下で働きたいとも思ってました」

「それじゃ、なんであんな事したんだい? よその刑事の非を暴くようなことを」

「岩淵さん。はっきり言わせて頂きます」

「ああ、言いたまえ」

「あなたは、それでも警察の人間ですか?」

「なに?」

そばにマカロニがいたら、絶対こう言いますよね。「ボスも出世できそうにないねえ~」ってw そう言えばマカロニがその台詞を吐いたのは、鎌田敏夫さんの『太陽~』デビュー作である第32話『ボスを殺しに来た女』でした。

しかしそれにしても、いろんな登場人物がいる中で最も人間味が感じられないのが、何の罪も犯してない警察庁の官僚ってのが皮肉です。そこには「組織のトップ=汚職まみれ」っていう昨今のドラマにおけるワンパターンとはまるで違う、鎌田さん流の風刺が込められてる気がします。

そんな言わば薄っぺらなキャラクターで出番も少ない岩淵だけど、それを文学座の重鎮=北村和夫さんが演じることで見応えあるシーンに仕上がってるんですよね! なんとも贅沢なキャスティングです。

そんなボスと岩淵のやり取りを知ってか知らずか、現役若手のボン&ロッキーは初代マカロニとは違った言葉でボスに敬意を表しました。

「若いんですね、ボスって。俺、見直しました」

「俺、ボスが好きです!」

見直しましたって言っちゃうボンの失礼さとw、ストレートに好意を示すロッキーの純朴さ。それぞれのキャラクターが短い台詞によく表れてます。

そして、山さん。

「また俺は山さんの出世を邪魔しちゃったな。俺が万年係長に居座ってる限り、山さんいつまで経ってもヒラ刑事のまんまだ」

「出世をしたけりゃとっくの昔にボスなんか追い越して、出世をしてますよ」

と言ってニヤリ。そりゃそうだよねって、誰もが納得のお言葉ですw

あとは坂田や大村、杉山刑事らの言葉や表情を回想しながら新宿の街を歩く、ボスの姿でジ・エンド。鎌田さんの仰る通り、ひたすらボスが歩いて人と会うだけのストーリーでした。

だけどこれは、地味なエピソードばかり続いて退屈してた当時ガキンチョの私でさえガツン!と来るものを感じ、録音したカセットテープを繰り返し聴いた記憶があります。

アクションがない、従って拳銃も登場しない、マカロニのテーマをバックに刑事たちが聞き込みする定番シーンも無い、中心人物であるゴリさんや若手刑事が全然活躍しない等、形としては『太陽~』の定番を外しまくってるのに、冒頭で書いた通り『太陽~』らしさに溢れてるのは、基本テーマである「命の尊さ」をこれ以上無いくらいストレートに描いてるからだと思います。

ボスがこれほど全編出ずっぱりで活躍するのも久しぶり(そして多分これが最後)っていう新鮮さもあるし、出番は少なくても各刑事のキャラクターが実によく描かれてるしで、いつものパターンに嵌めなくても『太陽~』はちゃんと成立するっていうお手本みたいな作品です。

レビューではカットしちゃったけど、いきなり1週間の休暇を取ったボスを「バーのマダムとハワイにでも行くんでしょ」ってボンがからかい、「まぁそんなとこだ」と返すボスを見て、真に受けたナーコ(友 直子)が眼を白黒させちゃう息抜きシーンもあり、ゲストも含む全てのキャラクターがほんと無駄なくパーフェクトに活かされてる。文句なしの大傑作です。

今にして思えば、このレベルの脚本を書かれる鎌田さんが番組を卒業しちゃうのは本当に痛い。やがて訪れる『太陽~』冬の時代に与えた影響は、かなり大きいかも知れません。

とはいえ、当時は録音テープを聴いたり再放送を待つしかなかったテレビ映画が、こうしていつでもDVDで再鑑賞できる幸せたるや! その輝きは永遠に失せることはありません。
 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『南 沙羽/Southern Breeze』 | トップ | 「いい加減にしろ」 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ムーミン)
2020-06-09 22:37:55
素晴らしいレビューで感動しました。多分視聴したと思いますが、内容はうろ覚えですが、最後の山さんの「出世したけけりゃ、とっくの昔にボスなんか追い越して出世してますよ」というセリフだけは心に残っています。ボスと山さんの会話は粋な言葉が多いですね。やはり鎌田敏夫さんの脚本は素晴らしいです。
返信する
Unknown (harrison2018)
2020-06-09 23:28:10
ボスと山さんの信頼関係をフィーチャーしたエピソードは数あれど、本作はその最高峰じゃないかと思います。

木暮課長と大門団長(ていうか裕次郎さんと渡さん)の絆はちょっとヤクザみたいで、それよりボスと山さんの「大人どうし」な関係の方がずっと魅力的です。
返信する

コメントを投稿