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傷あればこそ熟す。
こう思いたい。
今日のテーマは、「しこり」です。
第二次大戦後、戦勝国への補償で、
オランダと最後まで交渉が上手くいかなかった。
インドネシアへ侵攻し、石油を確保しようとした日本軍。
当時の支配者オランダとの戦争は、短期に終わり、オランダ軍は捕虜となった。
捕虜となったオランダ人は、インパール作戦のための鉄道の苦役に使われた。
オランダの日本に対する感情は最悪であった。
日本軍の兵士とオランダ人女性との間に生まれた、
日系二世の話はすさまじかった。
日系であることを隠して生きてきた方が多かった。
日系であるがために迫害を怖れた。
しかし、多くの方は差別された。
中には凌辱された女性(子供)もいた。
戦後長い時を経て、日系の方達の父親捜しが始まった。
憎いけど、自分が現在あるのは、父親がいるからと探した。
やむなく引き上げた日本兵も自分が残した家族を探していた。と知った。
その中のある日系オランダ人女性が言われた言葉が、印象に残った。
「憎しみを、次の世代に残さないために」
補償は、思わぬ形で実現することになった。
秋田県八郎潟の干拓事業の技術料の名目で補償することに、
オランダは同意した。
干拓事業が終了した翌年から「減反政策」が始まった。
全国から集まった優秀な人たちの葛藤と苦悩は、今でも続いている。
戦争の傷跡は、何世代にも渡り連鎖される。
その傷跡を掘り起こし、精神的に克服するのは容易なことではない。
表に出てくる話は氷塊したように伝えられるが、
多くは未だに闇であると想像される。
私達は、何があったのか知り、真実と向き合わなければならない。
傷跡を 隠すことなし 誰も知る
2017年11月30日