そうだ、山中湖に行こう。
と突然思い立った。
朝から気温が30度を超えた梅雨明けして初めての土曜日だ。
とりあえず、いつものコスモ石油で愛車ボルティのタンクを満タンにして、近くのファミリーマートで買ったおにぎり2個と冷凍のペットボトルのお茶をサドルバッグに放り込む。指がペットボトルに張り付きそうなほどカチカチに凍ったお茶も山中湖に着く頃には溶けるだろう。
10時かっきりに練馬の家を出て、環八を南下し、甲州街道に入ってまっすぐ西に向かう。
晴天の土曜日だというのに思っていたより甲州街道はすいていた。
調布駅を過ぎたところで甲州街道を左に折れて都道19号線に入る。南下。多摩川原橋で多摩川を越え、矢野口の交差点を右折して川崎街道へ入り再び西へ。
新大栗橋の交差点を左折。鎌倉街道に入ってさらに西へ。
多摩ニュータウン入口を右に曲がると今度は町田街道だ。
見落としそうになるほど小さな三ツ目の交差点を左折。境川を越えたらそこはもう相模原市だ。
狭い工場街を抜けて旭中学入口を右折。
工業団地入口も右折して県道510号線に入り、そのまま県道513号線を走り継いで長竹三差路をルート412へ。
青山の交差点を左折してルート413。
ここから先は東京オリンピックの自転車競技コースにも指定されている道志川沿いのワインディング・ロードをひたすら、ただひたすらに西へ走る。
山間の冷気にくるまれてルート413を西に走り続け、山伏トンネルを抜ければ山中湖はもうすぐそこだ。
ルート413の突き当り、山中湖の畔(ほとり)にあるセブンイレブン山梨山中湖平野店の駐車場にバイクを停め、サドルバッグに放り込んでおいたおにぎりを取り出してほおばる。30度越えの炎天下、高速道路を使わず100kmの一般道を一気に走り切ったので腹ペコな上に軽い脱水状態と疲れでフラフラだ。ペットボトルのお茶はとっくに溶けていたが、まだ冷たさが残っている。美味い。
空腹が落ち着いたところで、学生時代に勤めていた銀座の居酒屋「トライ」の社長(津野琢也氏。故人)が経営していたペンション「リラックス」を訪ねてみた。
35年前。トライの閉店後、何度、リラックスに行かされたことか。
金曜の深夜。東名高速をトライの先輩の新井さんとひた走りに走り、土曜の早朝にリラックスに着き、泥のように眠って仮眠をとったらもう週末のテニス客がやってくる時間だ。
客が来る前に客室を掃除し、食事を作り、部屋の布団を干し、併設されているテニスコートの整備をしているとあっという間に21歳の週末が終わってしまう。
日曜の夕方。東京に帰る客を見送って、彼らの車の影が見えなくなったら大急ぎで新井さんと帰り支度をして自分たちも東京に向かう。万一、帰りの東名高速のサービスエリアでさっき見送ったばかりの客にばったり出会ってしまうと具合が悪いので、僕らはたいてい御殿場・東名ルートではなく三国峠越えのルートを取った。
金曜日からほとんど休みなしで働き続けてきた体には疲労が蓄積されまくっていたはずだが、不思議とそれを辛いと感じたことはなかった。
先の見えない毎日がとにかく楽しかった。
リラックスはセブンイレブンのある平野の交差点から県道729号線を三国峠に向かう途中の右手にあった。
30数年の時を経て、リラックスは跡形もなくなり別のペンションに建て替えられていた。
再びセブンイレブンの駐車場に戻り、バイクを店舗裏の大きな木の陰に停めて、少し山中湖の周りを歩いてみる。
30数年前とは段違いに綺麗に整備されたボードウォークがあり芝生広場がある。
家族連れがレンタサイクリングを楽しんでいる。
30分ほど歩いてセブンイレブンの駐車場に戻り、今度はバイクでゆっくりと山中湖を反時計回りに一周してみた。左周りに走ればバイクのすぐ左手はずっと山中湖だ。途中までは富士山を正面に、途中からは富士山を背負って走ることになる。湖畔の風が火照った体に心地いい。
帰路は35年前と同じように三国峠ルートで東京を目指すことにする。あのときは社長から借りたクラウンの助手席に新井さんがいたが(運転はもちろん年下の僕だ)、今はバイクの一人旅だ。
県道729号線の、かつてリラックスがあった場所を横目に抜き去り県道730号線に。
三国峠の途中から濃霧に包まれ20m先も見えなくなった。
今、鹿や猪が飛び出して来たら100%よけられないだろう。
徐行しながら三国峠を降りきると県道730号線は県道147号線(山中湖小山線)に変わる。同じ道路の名称がいつの間にか変わってしまうのだ。こういうとき、スマホではなく記憶した道路番号だけを頼りに走っていると、一瞬、道を間違えたような錯覚に陥る。
福寿院の交差点を左折。
鮎沢川に注いでいる小さな小川(名前を確認しそこねてしまった)を越えたところでルート246に。
ここから先は大井松田、秦野、厚木、大和と町を次々に抜け、ひたすら東京を目指すのだ。
家に帰り着いたのは午後9時。
11時間、ほぼぶっ通しでバイクに乗り続けていたことになる。
さすがにヘトヘトだ。
11時間のライディング・ポジションでガチガチに固まった身体を熱めの風呂でゆっくりほぐしながら、また新井さんのことを思い出した。
新井さんの実家は埼玉県深谷市にある「新井製菓」である。商号の「おせんべい屋さん本舗」の方が有名かもしれない↓
http://www.osenbeiyasanhonpo.jp/
風呂から上がって冷房の効いた部屋のベットで横になりながら「今度のツーリングは新井さんに会いに深谷に行って、おせんべい屋さん本舗で黒胡椒煎餅を買ってこようか」と考えていたら、あっけなく眠りに落ちた。