
梅が見頃ですね。
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昨日はこの地方では名の通った天麩羅の店で食事をした
グルメ雑誌にも載るのだそうです。
私は初めての店でしたが
連れの人は「俺はよく利用するよ」
と軽い調子で言ってました。(お金持ちなんだ)
美味いのかどうかよく分からなかった。でも、かなりの値段だったことは分かった。
海老の天麩羅とかき揚げの丼がついていた。
どうして、天麩羅は海老でなければならないか
それもよく分からないし、客が求めているのは
本当にいじけたような海老なのだろうかと思った。
かきあげは美味かった。
でも、そのことを言うと
「メインは天麩羅なんだよ」
とたしなめてくれた。(ありがたいような、ばからしいような)
御飯は老舗を称するのには貧相な
冷凍ものを解凍したようなものだった。
最後にはアイスクリームだった。
自家製だというけれど
サンワで100円で売られているアイスクリームとの差が分らなかった。
よく考えてみたら、吉野屋の牛丼だったら15回分だった。
みんなは「そこそこの味だな」と感想を語り合っていたので
ああ、この人たちは、このような場所で食事をしているのだ。
羨ましいとは思わないけど
自分のように、松屋にしようか、吉野家しようかと
迷っているものとは収入も嗜好も違っているのだ。
それだけは分った。
そして、天麩羅のよしあしに関する
感想には参加できなかったし
よく言っても、わるく言っても
ぼろくそ言われるのは間違いない。
何か言えば、軽蔑されるだけだ。
そう、思うと、
そこの天麩羅がどうのこうのという話にはのる必要はないことに気づいた。
分ったような顔して、
「うん、なかなかだけれど、代が変わったら、味が落ちたね」
といえるはずもないし、興味もない。
そのような会話が延々と続くと
「さすが、金があり、食通は、違うなあ」と感心していまう。
そのような人たちは「あそこの地酒のなになには・・・・」という話に続いていく。
そこで知識のある人は、その「しったかぶり合戦」に参加し
チャンピオンらしき人は、さらに知識をひけらかす。
酒に興味がないし、飲まない私には外国語のようだった
でも、「酒も飲めない半端もの」といわんばかりの勢い
「俺は、こんなにまでこだわっているのだぞ」
という迫力に圧倒され
「そうですか、素晴らしいですね」
と媚びたような笑いを見せるだけでした。
この人、毎回、このようなことをしているのだ。
だから、このような店につれてきたがるのだ。
こんな話をする人は、
家では毎日、鍋物をしたり
ときにはワインでイタリアン
音楽はモダンジャス
ついでに、スーツは三越か山形屋で調達しているのだなと
想像してしまう。
さすが、お金持ちは違う。
ダイソーで買い物するのがあたりまえで
タイムサービスを愉しみにする私とは愉しみが違うのでしょうね。
でも、そのような人はどうして
私と同じところで一緒に仕事しているのか
それが不思議でなりません。
きっと、そのような人たちは
お前のように世間知らずの
貧乏人がいるから、自負心の居場所が安定しているのだ。
そんなことを思い
「俺達だって、築地の料亭を利用するような連中にはかなわない」
と言い出すに違いないと思うのです。