「日本浄土」(藤原新也著)
姉から本が回ってきました。
自己的で飛躍した文章よりも
当たり前の風景を撮った写真の方が中身がありそうに思えました。
先日、知人から彼の写真をいただきました。
どこかの展示会で利用したのでしょうか。
思ったのと違って、単なるスナップ写真で
藤原新也をどこにも感じなかったのです。
何もない。
藤原新也の著作は出版されると必ず読んでいた。
屈折した表現と深読みし、そして投げ出すスタイルの文章が魅力だった。
そんなつもりで読みました。
でも毒もなければ刺激もない。
ある日、ダイライ・ラマ14世に山折哲雄と二人でインタビューした番組
二人は、あっさり位負けし、14世のオーラに圧倒し
何も引き出せないし、持論さえも語ることができない
終えてからあれこれ解説する段になってやっと呼吸している。
そんな感じ。
そんな姿を見てから、ダライ・ラマを読んでも
藤原新也と山折哲雄の本は後回しにしようと思うようになりました。
今回の本では、藤原新也の固定化した文体と写真は
整理された老人のもので刺激も挑発も見当たりませんでした。
ファンですから読みますが、期待しなくなりました。
それより演歌の作詞家になると面白いかも
そんなことを思いました。
理由はありません。だんだん五木寛之と風貌等が区別ができなくなりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おもしろくて、ありがたい」(池波正太郎)
池波正太郎の膨大な著作の中でなるほどと思われる言葉を拾い集めたもの
面白いに、代表するような言葉を集めると
池波正太郎が見えてくる。
そんな本です。
奥多摩に出かけた帰りに駅の本屋で手に入れました。
家につた時には読み終えました。
特別のものではなくてもドラマと重ねてみると面白い。
そんな感じ。
自分は剣客商売の親子の生きかた
人との関係の作り方が面白く
台詞もしゃれているので
その辺りを読みましたが
かといって忘れられない言葉があるわけでなく
蕎麦の様な食感でした。
ご馳走様でした。
・・・・・・・・・・・・・
でも
悪い奴が身分の高い(多くは身分を隠すというスタイル)
正義の味方が
悪い奴をやっつけたり
時には、切り殺し
そして「正義が勝った」と顔を見合わせ笑いあう
不気味さ
その残酷さを感じない
自分の鈍感さが嫌い。
悪い奴でも、これまでの長い人生があっただろう。
なのに、何のいい訳もなく
自分の人生を語ることもなく
無念だろうな。
悪い奴だって、誰かに見取られたいのだ
そして、何かを伝えたいのだ。
その気配を感じないから悲しい。
だから、そのようなドラマは見ない。
姉から本が回ってきました。
自己的で飛躍した文章よりも
当たり前の風景を撮った写真の方が中身がありそうに思えました。
先日、知人から彼の写真をいただきました。
どこかの展示会で利用したのでしょうか。
思ったのと違って、単なるスナップ写真で
藤原新也をどこにも感じなかったのです。
何もない。
藤原新也の著作は出版されると必ず読んでいた。
屈折した表現と深読みし、そして投げ出すスタイルの文章が魅力だった。
そんなつもりで読みました。
でも毒もなければ刺激もない。
ある日、ダイライ・ラマ14世に山折哲雄と二人でインタビューした番組
二人は、あっさり位負けし、14世のオーラに圧倒し
何も引き出せないし、持論さえも語ることができない
終えてからあれこれ解説する段になってやっと呼吸している。
そんな感じ。
そんな姿を見てから、ダライ・ラマを読んでも
藤原新也と山折哲雄の本は後回しにしようと思うようになりました。
今回の本では、藤原新也の固定化した文体と写真は
整理された老人のもので刺激も挑発も見当たりませんでした。
ファンですから読みますが、期待しなくなりました。
それより演歌の作詞家になると面白いかも
そんなことを思いました。
理由はありません。だんだん五木寛之と風貌等が区別ができなくなりました。
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「おもしろくて、ありがたい」(池波正太郎)
池波正太郎の膨大な著作の中でなるほどと思われる言葉を拾い集めたもの
面白いに、代表するような言葉を集めると
池波正太郎が見えてくる。
そんな本です。
奥多摩に出かけた帰りに駅の本屋で手に入れました。
家につた時には読み終えました。
特別のものではなくてもドラマと重ねてみると面白い。
そんな感じ。
自分は剣客商売の親子の生きかた
人との関係の作り方が面白く
台詞もしゃれているので
その辺りを読みましたが
かといって忘れられない言葉があるわけでなく
蕎麦の様な食感でした。
ご馳走様でした。
・・・・・・・・・・・・・
でも
悪い奴が身分の高い(多くは身分を隠すというスタイル)
正義の味方が
悪い奴をやっつけたり
時には、切り殺し
そして「正義が勝った」と顔を見合わせ笑いあう
不気味さ
その残酷さを感じない
自分の鈍感さが嫌い。
悪い奴でも、これまでの長い人生があっただろう。
なのに、何のいい訳もなく
自分の人生を語ることもなく
無念だろうな。
悪い奴だって、誰かに見取られたいのだ
そして、何かを伝えたいのだ。
その気配を感じないから悲しい。
だから、そのようなドラマは見ない。