鎌倉に出かけました。
紅葉の期待があったのです。
でもネットで調べたのとは違っていました。
円覚寺のもみじは美しいものではありませんでした。
関東では紅葉はきれいにならないですね。
でもなぜか、観光客だけはいっぱいでした。
平日なのに人がいっぱいなのです。
不思議ですね。
おじさんおばさんだけでなく若い人も多かったですね。
どうしてでしょうか。
多分、韓国の人、中国の人も多いのでしょうが
言葉を聞かなければわかりません。
円覚寺はそこそこの紅葉
明月院はいつもそれなりの仕掛けがあり楽しいですね。
東慶寺は、それなりの紅葉でした。
でも、そんなものなのでしょうね。
やはり、何度も足を運び
二三年は通いつめなければいけませんね。
今年で二年目です。
来年は本格的に通いつめれば
何か見えるかもしれません。
昭和記念公園はどうやら見当がついてきました。
神代植物園ももう少しで見えてきます。
これから始まりますね。
・・・・・・・・・・・・
「歓喜の歌」(松岡錠司監督・小林薫主演)
志の輔原案の映画です。
でも、松岡監督が気の毒なほど
拙速な作りで、薄っぺらなできぐあいの映画でした。
脚本が悪いし、監督もそれほど熱を入れていないし、出演者もその場限り。
話としては、市の公民館勤務のぐうたら職員が
ダブルブッキングの失敗をしてしまう。
二つのコーラスグループの公演が同じ日なのです。
そこまで説明すれば
ああ、いろいろなやりとりがあるけれど
ベートウヴェンの「合唱」につながるのかなと思います。
展開は見えます。
三谷幸喜だったら、ここで一ひねりですが
それがありません。まあ、そこまでたどりつくまでに
小さなエピソードを重ねますが
さほど、くすぐるわけでもなく
あれこれのエピソードが最後に収斂する。
そこで涙を誘う。
いつも思うのですが、観客が上手に騙されたい
のせられたいと思っているのですから
期待通りの演出をして欲しいのです。
でも、フルオーケストラの演奏があるのにかかわらず
舞台にはピアノがあるだけ
一事が万事
まあ、そんな映画もあるということでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・
NHKの番組で「枝雀」の懐かしい映像を見ました。
天才枝雀の対談や落語をたっぷり見せます。
体を張った熱演を見ていると
この芸人は自分の身を削って演じていることがわかりますね。
素の顔からは「死の願望がある」ということさえ読み取れるような気がします。
番組の中で彼は「楽しく生きなければならんと思っている」と述べています。
でも、枝雀の本質は哲学的なのですね。
ですから、自分の限界が見えてきたら、マンネリを感じたときの
伸びしろがないのですね。
そんな言い方をした落語家が自殺した。
この映像を見ていたら、その理由がわかるような気がしまたね。
でも、結果からどんな説明も可能ですね。
紅葉の期待があったのです。
でもネットで調べたのとは違っていました。
円覚寺のもみじは美しいものではありませんでした。
関東では紅葉はきれいにならないですね。
でもなぜか、観光客だけはいっぱいでした。
平日なのに人がいっぱいなのです。
不思議ですね。
おじさんおばさんだけでなく若い人も多かったですね。
どうしてでしょうか。
多分、韓国の人、中国の人も多いのでしょうが
言葉を聞かなければわかりません。
円覚寺はそこそこの紅葉
明月院はいつもそれなりの仕掛けがあり楽しいですね。
東慶寺は、それなりの紅葉でした。
でも、そんなものなのでしょうね。
やはり、何度も足を運び
二三年は通いつめなければいけませんね。
今年で二年目です。
来年は本格的に通いつめれば
何か見えるかもしれません。
昭和記念公園はどうやら見当がついてきました。
神代植物園ももう少しで見えてきます。
これから始まりますね。
・・・・・・・・・・・・
「歓喜の歌」(松岡錠司監督・小林薫主演)
志の輔原案の映画です。
でも、松岡監督が気の毒なほど
拙速な作りで、薄っぺらなできぐあいの映画でした。
脚本が悪いし、監督もそれほど熱を入れていないし、出演者もその場限り。
話としては、市の公民館勤務のぐうたら職員が
ダブルブッキングの失敗をしてしまう。
二つのコーラスグループの公演が同じ日なのです。
そこまで説明すれば
ああ、いろいろなやりとりがあるけれど
ベートウヴェンの「合唱」につながるのかなと思います。
展開は見えます。
三谷幸喜だったら、ここで一ひねりですが
それがありません。まあ、そこまでたどりつくまでに
小さなエピソードを重ねますが
さほど、くすぐるわけでもなく
あれこれのエピソードが最後に収斂する。
そこで涙を誘う。
いつも思うのですが、観客が上手に騙されたい
のせられたいと思っているのですから
期待通りの演出をして欲しいのです。
でも、フルオーケストラの演奏があるのにかかわらず
舞台にはピアノがあるだけ
一事が万事
まあ、そんな映画もあるということでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・
NHKの番組で「枝雀」の懐かしい映像を見ました。
天才枝雀の対談や落語をたっぷり見せます。
体を張った熱演を見ていると
この芸人は自分の身を削って演じていることがわかりますね。
素の顔からは「死の願望がある」ということさえ読み取れるような気がします。
番組の中で彼は「楽しく生きなければならんと思っている」と述べています。
でも、枝雀の本質は哲学的なのですね。
ですから、自分の限界が見えてきたら、マンネリを感じたときの
伸びしろがないのですね。
そんな言い方をした落語家が自殺した。
この映像を見ていたら、その理由がわかるような気がしまたね。
でも、結果からどんな説明も可能ですね。