あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

素晴らしい世界

2008-11-17 06:14:55 | 日記
なぜか、朝目覚めの音楽は、この曲。

シミジミとした情感がいいですね。

何か涙が出そうになる。

このような素直に、素朴に、純粋に受け止めることができる。

そこまで浄化するって素敵

What A Wonderful World

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces, of people going by
I see friends shaking hands, sayin' "how do you do?"
They're really sayin' "I love you"

I hear babies cryin', I watch them grow
They'll learn much more, than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world

Yes I think to myself, what a wonderful world


ワット・ア・ワンダフル・ワールド

深緑の木々、赤いバラ
美しく輝いている、僕と君の為に
見るたびに思うんだ、”この世界はなんて素晴らしいんだろう”って

青い澄んだ空に、たなびく白い雲
輝く恵みの朝 暮れゆく神秘の夜
出会うたびに思うんだ、”この世界はなんて素晴らしいんだろう”って

空にはなないろの虹が輝き
行き交う人々の顔にも広がっていく
友人たちは握手を交わし、”やぁ、元気かい?”と言い合い
そして恋人たちは”心から愛してる”って伝え合う

新しい命が産声をあげる
僕が知っているよりずっと多くの事を、これから学んでいくんだ
育まれる命を見るたびしみじみ思う ”この世界はなんて素晴らしい!”だって

そう、本当にしみじみ思うんだ ”この世界はなんて素晴らしい!”だって

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あらゆることは素朴

そして単純なのだ。

ひらがな言葉で、そぎ落とした言葉に出会いたい。


吊橋のある風景

2008-11-17 05:46:42 | 日記
高所恐怖症

だから、吊橋は苦手

あのふあふあした頼りない足の感覚が嫌い。

でも、この吊橋を渡らないと向こう側に行けない。

だから、当たり前のような顔して渡る。

自分の場合、この「当たり前の顔をして」が大切で

きっと「怖い」と口にしたときに

怖くなるのですね。

「だめだ」「我慢できない」と口にする人は

怖いを自分から生み出しているのですね。

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失敗する自分を想起する人が失敗する。

そして、繰り返し「当たり前のようにできる」ことを想定する人は

当たり前にできる。

そんな気がします。

イメージトレーニングというようなものではなく

「思ったとおりになる」

「できるようになっている自分を想起しないと、そのとおりにならない」

ことなのです。

私は悲観的に考えたり

できない理由を見つけるのが得意なのですが

「行動しない」ことの後悔は大きいですね。

これって、多くに人が感じていることなのでしょうね。

だからといって、何の説明にもなりません。

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20メートル掘って井戸の水脈に出会うこともあれば

2000メートル掘っても出会わないこともある。

大切なのは「掘り当てる」ことであり

「2000メートル掘ったけど・・・・」は、何の意味ももたない。

「やろうと思っているのだけれど」

「やってみたけど、やめちゃった」では

何の説明にもならない。

でも、このような会話を平然と交わしている

そんな人と付き合っていると

自分もその論理が通じる世界に慣れ親しんでしまう。

そんな経験をいっぱいした。