あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

江ノ電に帽子ふるこの夏休み  あきオジ

2012-08-16 18:24:27 | 日記
江ノ電の楽しさは景色もありますし
狭いところを気兼ねしながら走る面白さもありますが
江ノ電の駅員、運転手のサービス精神の爽快さにあります。

服装もきちんとしていますし
礼儀正しいですし
笑顔の応対がいいですね。

心配事があると駅員が声をかけてくれます。
そんな「当たり前」が少なくなっているのです。

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盆帰り鎌倉駅では鳩サブレ  あきオジ

白蓮の観音様は微笑する  あきオジ

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「正義」の名で投書したり
電話する。
あるいはメールする。

そんな危うい現象が急増しています。
それまでもあったことであり
最近になって顕在化したのでしょうかね。

でも、もっともいやらしい行為ですね。

「正義」を名乗ることがいやらしいですし
「悪を裁くことは正当なことだ」などというのも聖書の中の「石を投げつけよ」のエピソードと同じですね。

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房総が揺れているよな盆休み  あきオジ

積乱雲正義を名のる雨が降り  あきオジ

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ひとりごと聞くひともなき日ぐれかな  あきオジ

2012-08-16 05:51:45 | 日記
最近すっかりスカイツリーの熱がさめてしまいました。
成長するから楽しいのですね。
そんな気がします。

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このブログは自分だけのためのようなものですが
それでも、ときおり
ひとり言でも聞いてほしいと思うこともありますね。

さすがに「感想をきかせてください」といえる元気もありませんが、
ひとりごともせつないものです。

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人影の長くなりし海の家  あきオジ

若者はいずこなりや海の家  あきオジ

(若者はどこに行ってしまったのでしょうか。家族連れだけが目立ちました。日焼けするチャンスもない、メタボのおじさんが子どもをあやしている。そんな姿だけが目立ちます。)

家族連れ戦後のた暮らしに記憶なく あきオジ

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蛸壺やはかなき夢を夏の月  松尾芭蕉

(芭蕉が登場し、格調高い表現と精神性をつくりあげ、それを評価する人がたくさんでてきて「俳句とはこんなもの」というスタイルができてしまったのかもしれませんね。それ以降は伝統芸の「茶道」も同じような運命でしたね。それでいいのかなあ。でも、もっと気楽でふざけ気分の世界がってよさそうだと思うのです。)

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草のそよげば何となく人を待つ  山頭火

(俳句の語調ではないのですが、口にすると滑らかですね。こんな句ができるといいですね。)

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短歌が低調になったのではなく演歌にながれ、フォークの流れに入り込んだと思えば「なるほど」ではないでしょうか。

エネルギーの変わらないけれど形は常に変わって流れるのですね。
きっと、人も同じなのでしょう。

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白蓮が浮かし水面に鳥居あり  あきオジ

2012-08-16 05:43:00 | 日記
一日一枚
そして自分の俳句一句

できたら拾いあげた一句

そうなったらいいなと思いながらここまできました。
最初は「俳句」を作るという表現にもこだわりました。

いまでもそうです。

「俳句のようなもの」なのです。

そして、いまだに乱作の時期なのです。
当分は続くでしょう。

添削することもなく
振り返ることもなく
作りっぱなしです。

でも、ときおり、振り返ると
大部分は「意味不明」ですし
「何を表現したいか分からない」ものですし
説明だけで作品になっていませんが

当時の思いとは関係なく
妙に感動する句に出会うことがあります。

自画自賛する。
そんなものではありませんが

面白い句に出会います。
説明ではない句がいいですね。

それと、素人は写生などという高等技術に縛られない
日記風がいいですね。

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ありがたい西瓜の種のすてどころ  あきオジ

梨を食う夕餉のあとの語り草  あきオジ

あんなことこんなことも戦後なり  あきオジ

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江ノ電が親子つめこみ海走り  あきオジ

2012-08-16 05:32:09 | 日記
久しぶりに江ノ電に乗りました。
そして、水族館に立ち寄りました。
これが私の夏休みです。

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日焼け顔ぶつけあう子の仕事ぶり  あきオジ

煙草すう夏休みとなる同級生  あきオジ

じゃれあって歩く夏もあとわずか  あきオジ

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鰯雲ながれる海で眠る子ら  あきオジ

なるほとと本を閉じし夏の夜  あきオジ

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風鈴や竹を去事三四尺  良寛

のうぜんかに小鳥のとまる門垣に  良寛

雷をおそれぬ者はおろかなり  良寛

(何を言いたいのか分かりません。その時代の言い伝え、文化などの中では「当たり前」も時代が過ぎると見えなくなる。「柳多留」の川柳などもそうですね。普遍的なものしか残れないのですね。)

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