「今からサーフィンに行ってくるわ」
大した体力である、と感心しつつも、弱かったとはいえ台風一過の朝だ、まだ海は荒れておろうに、と心配を口にしてしまう。そんな親心を息子はニヤリとかわす。
「だから、ええのやん」
ぼくだって昔はずい分と無茶をしたものだが、さすがに今は違う。無用の老婆心とはいかにもヘタレたものだと嘆かわしくなる。それにしても眩暈がしそうなほど倅の若さが眩しい。
「若ぶって真似せんといてな」
誰がするか、そんな無茶。月が替わると同時に誕生日が来て、言いたくはないし、考えたくもないが、四捨五入すると耳順になる、何も無理やり四捨五入せんでもいいのだが。
突然、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」を思い出した。さっそく教室で聴いてみる。カントリー以外の洋楽の中で、もっともハマったのがこの曲だ。流行ったのは東京オリンピック以後、ビートルズの来日以前だと記憶する。男女それぞれ二人のこのグループは、鮮烈なフォークロック・ブームを巻き起こし、後にはフラワー・ソング、フラワー・パワーという独特のヒッピー文化を産み出す原点となる。
若いのにたっぷり太ったママ・キャス(キャス・エリオット)、でもキュートだった。ロン毛でスレンダーなミシェル・フィリップス、憧れはしたが、リーダーで作曲家のジョン・フィリップスの奥さん、人妻だった。そのジョンは、自ら作曲した「花のサンフランシスコ」を、かってジャーニーメンというフォーク・グループで仲間だったスコット・マッケンジーに歌わせスーパー・ヒットさせることになる。それにもう一人の男性、デニー・ドハーティーはハリィファックス・スリーというカナディアン・フォーク・グループ出身で、いわばフォーク・ブームの申し子のようなギター弾きだった。
メロディと曲調が醸し出すイメージ、思い込みといおうか実際の歌詞に隔たり、いわゆる誤解があると気づいたのは、かなり後のことだ。イメージだと太陽がさんさんと輝くカリフォルニアの陽光への賛歌の印象なのだが、よくよく訳してみると、
木の葉は枯れて、空は灰色
ある寒い冬の日にお散歩に
ロスにいたなら暖かかったのに
こんな寒い日にはカリフォルニアが恋しい
極寒の冬に遠いカリフォルニアを懐かしむ望郷の歌だったのである。
太りすぎのママ・キャスがお定まりのように糖尿病による心臓麻痺で突然亡くなったとの報を聞いたのはいつだったか。確か社会人になって間もない頃だった。訃報をニュースで知り、しぼんでいる自分を見つけた。青春の終わりにも思えて、「マンデー・マンデー」、「スパニッシュ・ハーレム」、「アイ・ソ-・ハ-・アゲイン」、「愛の言葉」、「愛する君に」と繰り返し、繰り返しかけて、彼女の死を悼んだ。
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