「火宵の月」二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
一九二三年一月十三日、東京。
「火月、何処に居るのっ!」
「すいません、奥様・・」
高原伯爵家の庶子・火月は、そう言って父の正妻である綾子に向かって頭を下げた。
「全く、愚図なんだから!早く来ないと、置いて行ってしまうわよ!」
綾子は今にも泣き出しそうな顔をしている火月に背を向けると、さっさと車に乗り込んでしまった。
火月は何とか車に乗り遅れずに済んだが、綾子とその娘・香世子から目的地に着くまで嫌味を言われ続けた。
「ねぇ、お母様、この子をどうしても連れて行かなければならないの?」
「仕方無いでしょう、お父様の言いつけなのだから。」
香世子は、粗末な紬姿の火月をジロリと睨むと、彼女にこう言った。
「わたくしに恥をかかせないで頂戴ね、お姉様。」
彼らが向かっていたのは、土御門公爵邸だった。
この日、土御門家嫡子・有匡の十歳の誕生日を祝う宴が開かれていた。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。」
「どうぞ、楽しんでいって下さい。」
土御門公爵家当主・有仁は、そう言うと火月達に微笑んだ。
「うわぁ、美味しそうなお菓子が沢山あるわ!」
「香世子、お行儀が悪いわよ!」
甘い物が大好きな香世子は、ダイニングテーブルに所狭しと並べられている西洋菓子を見て歓声を上げた。
華やかなパーティー会場のダイニングルームから離れ、火月は雪で彩られた中庭を歩いた。
ここには、自分を傷つける者は居ない。
(家には帰りたくない、あの人達に虐められるもの。)
そんな事を火月が思っていると、彼女は雪に埋もれて凍った池に気づかず、溺れてしまった。
火月は、泳げなかった。
(誰か、助けて・・)
火月がそんな事を思いながら池の底へと沈んでいった時、誰かが自分を池から引き上げてくれた。
「大丈夫か?」
火月がゆっくりと目を開けると、そこには自分を見つめる少年の姿があった。
「申し訳ありません、有仁様、有匡様!うちの娘がご迷惑を・・」
般若のような形相を浮かべた綾子を見た時、火月は恐怖の余り、有仁の背後に隠れた。
「どうやらお嬢さんはショックを受けておられるご様子。わたくし達が一晩、お嬢さんをお預かり致しましょう。」
「まぁ、有仁様がそうおっしゃるのなら、火月の事を宜しくお願い致しますね。」
有仁にそう言って愛想笑いを浮かべた後、火月の手の甲を抓った。
「有仁様に迷惑をかけないようにね、わかった?」
「はい・・」
池に落ちた火月と有匡は、居間にある暖炉で身体を暖めていた。
「どうして、あんな所に居たんだ?」
「だって・・」
「何も言いたくないのなら、言わなくていいよ。ねぇ、君名前は?僕は有匡。」
「火月・・炎の月という意味で、火月。」
「君の瞳、紅くて綺麗だね・・僕、紅が一等好きな色なんだ。」
「本当?」
今まで火月は、血のような真紅の瞳の所為で、化猫だの魔物だの、鬼の子だのと罵られて虐められて来たが、綺麗だと言われたのは初めてだった。
「あぁ、勿論さ!ねぇ、僕と友達になってくれる?」
「うん!」
これが、有匡と火月の、運命の出逢いだった。
家族から虐げられていた火月は、土御門家で暮らす事になった。
年が近いからか、二人はすぐに仲良くなった。
だが、そんな二人を見て面白くないのが、有匡の七歳下の妹・神官だった。
「アリマサは、神官のなの!」
「違うよ、僕のだもん!」
「こらこら、二人共喧嘩しない!」
有匡と神官、有仁と過ごす日々は、火月にとって幸せなものだった。
一九二三年九月一日。
その日は、朝から蒸し暑かった。
「あぁ、暑くて嫌になる。」
「そう言うな、有匡。かき氷でも食べて元気を出せ。」
「ありがとう、お父さん!」
この日は、いつものように、穏やかな一日であると思っていた。
だが―
十一時五十八分、最大震度七度の地震が東京を襲った。
「坊ちゃん、お嬢様方、旦那様、ご無事ですか!?」
土御門公爵家家令・石田は、激しい揺れが治まった後、瓦礫と化した今から有匡と神官、火月を救い出した。
「あぁ良かった、皆さんご無事で!」
「お父さんは?お父さんは何処?」
有仁は、瓦礫の下敷きになっていた。
「お父さん、今助けるからね!」
「有匡、火月と神官を連れて逃げなさい!」
「嫌だ、お父さんも一緒に・・」
「お父さんはもう駄目だ。」
有仁は、そう言うと有匡に優しく微笑んだ。
「火月さんと、幸せになりなさい。」
「火事だ!」
「石田、有匡達を頼む!」
「嫌だ、お父さ~ん!」
有匡と神官を抱きかかえた石田は、火月と共に炎が迫る土御門公爵邸から脱出した。
「嫌だ、やめろ・・」
紅蓮の炎が、有仁ごと土御門邸を呑み込んでいった。
「やめてくれ~!」
この日、炎は三日にわたって東京の町を焼き尽くした。
この地震は、後にこう呼ばれた。
「関東大震災」と。