「いくさんのお部屋」つぶやきNo.3

日頃の何気ない日常をつぶやいています。

『母の遺産 新聞小説』水村美苗

2016-04-11 20:52:00 | 読書
水村美苗の長編小説『母の遺産 新聞小説』を読みました。

最初、この本の帯を見てびっくりしました。
「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」というもの。
そして、読み始めたらいきなり「通夜の長電話」。姉妹で通夜の日にこんな話をするなんて、何という家族だったんだ。
びっくりの次は呆れてしまい、この小説の俗っぽさに読む気が薄れていました。

しかし、母と6年同居してついこの間一周忌を終えた私としては、この小説の母娘関係にどんどん引き込まれてもいきました。
それに私と母との関係とこの小説とは全く異質ではあるのですが、共通の介護ということで興味が湧き読み進めました。

気がついたら、どんどん話が展開して面白くなってきました。
それはこの小説がいかにも小説らく、波乱に満ちた家族の生涯を展開させて読者を最後まで飽きることなく引っ張っていく内容で構成されているという証明でもあるのでしょう。

それだけなら、私はそれほど興味は持てなかったかもしれません。
でもこの小説は、波乱万丈な家族を描いていますが、この時代を生きた平凡と思える普通の家族を彷彿させる時代背景も読み取れます。

それは、祖母の時代の新聞小説「金色夜叉の貫一お宮」、母の時代の「虚栄と上昇意識」、そして主人公の時代の「夫婦関係の葛藤や現実、姉妹の会話」がその背景の社会と連動してうまく描かれていると思われます。

それは平凡な人生であると思っている読者にも、自分の祖母や母の生きた時代に想いを馳せることができるのでしょう。
それは普通の人生と思っていても、波乱は多少あるものだからです。

御多分に洩れず、祖母、母、自分、娘という私の家族の生きてきた時代を私も知らないうちに想い起こしていました。

この小説は、新聞小説として連載されたということです。
それで副題に「新聞小説」とあり、祖母の時代の新聞小説である『金色夜叉』と重ならせたのは意図的な構成でもあるのでしょう。

「六十六回桜が咲いた日」の最終の結末ですべて理解できます。
5年前、日本で起こった最大の被害をもたらした3月11日の東北日本大震災。
それから3週間たった4月2日の朝、カーテンを開けると「息を呑んで薄い布を引けば白い雲は桜の雲になった。生きている…こうして私は生きている。」(引用)
この章で掲載された『読売新聞』2011年4月2日最後の日ですべて完結です。

私が同居して庭を作っている時、母の部屋から見えるところを指差し「ここに桜の木を一本植えてちょうだい」と言われました。
そのときに植えたしだれ桜が1年前やっと小さいながらも見ごたえのある花を咲かせてくれました。
そして、それから1年後にはより大きくピンクに染め満開となりました。

この一年で母娘の確執や介護中のこと、その他もろもろのことも自然と水に流れてしまったように消えているのに気がつきました。
今はいい思い出ばかりが残されています。
これからも母の生きた時代に想いを馳せ、毎年この桜を眺めることになると思います。

「母の遺産」は私にはこの桜だったのかもしれません。



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