※村木嵐(1967年京都市生まれ。京都大学法学部卒業。会社勤務を経て95年より司馬遼太郎家の家事手伝いとなり、後に司馬夫人である福田みどり氏の個人秘書を務める。2010年「マルガリータ」第17回松本清張賞受賞。近著に「せきれいの詩」「にべ屋往来記」「阿茶」など)
●爽やかな読後感
病のため片手片足は動かず、口をきくこともできない9代将軍吉宗の嫡男・家重(幼名長福丸)。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、かたつむり(まいまい)が這った葉のようだとして「まいまいつぶろ」と呼ばれ蔑まれていた。ところが、誰も聞き取れなかった家重の言葉を唯一、解するものが現れた。大岡越前守忠相の遠縁にあたる大岡忠光(幼名兵庫)だった。「口となるも、目や耳になってはならぬ」。そう忠相に戒めを受け、忠光は将軍の小姓となり、通詞を務めることになった。第170回直木賞候補。第12回日本歴史作家協会賞作品賞、第13回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞。
家重といえば、23年にNHKで放送されたドラマ10「大奥」を思い出す。よしながふみさん原作のドラマで、恥ずかしながらそこで初めて家重の病を知った。冨永愛さんの吉宗はカッコ良かったが、家重を演じた三浦透子さんの演技には驚かされた。あの表情はすごい。まさに名演。この作品を読んで、もう一度見てみたい気になった。再放送してくれませんかねぇ。
将軍の言葉をそのまま伝えているのだが、当然そこには「ほんまかいな。脚色してない?」という疑惑が生じる。第5章「本丸」では家重の将軍襲職をめぐり老中が反旗を翻す。ここが一番面白い。そして最終章の家重の言葉。「もう一度生まれても、私はこの身体でよい。忠光に会えるのであれば」。30年間の2人の孤独な闘い。「不如意な身体で、まいまいつぶろの如く、のろのろと。ですが大きな殻を見事、背負いきって歩かれました」と忠光。2人にとって悔いのない人生であっただろう。家重と比宮が愛し合っていく姿もぐっとくる。爽やかな読後感だった。
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