お父さんのマリポタ日記。
マリノスのこと、ポタリングのこと。最近忘れっぽくなってきたので、書いておかないと・・・
?



 少しでもスタンプを稼ぎましょうかねということで、カミさんのお墓参りの後に市が尾の古墳を巡った。「あの時代にタイムスリップ!?かながわ歴旅ARラリー」第2章「武士の世へ!いざ鎌倉から戦国探訪」の「その6」。

 まずは「稲荷前古墳群」。かつて丘陵上に所在していた、10基の古墳と3つの横穴墓のうち、方墳2基と市域でも珍しい前方後方墳1基が保存されている。駐車場に自転車を置き、階段を上っていくと、こんもりとした丘が見えてきた。これがそうなのかな。4世紀から7世紀ごろの古墳時代に継続的に造られていったそうだ。

 横浜市教育委員会の説明版によると、4世紀から5世紀ごろに、ここ谷本川流域を中心とする都筑の地は一首長によって統合され、大和政権とも一定の政治的文化的関係を持つようになった。この時、古代の横浜の地が国の一部として機能し始めたという。


稲荷前古墳群の駐車場に案内版



階段を上って行く



稲荷前古墳群


 お次はすぐ近くにある「市ヶ尾横穴古墳群」。以前、「青葉区制30周年デジタルスタンプラリー」を走った時に訪れたが、裏手に出てしまって行けなかったところだ。今回はちゃんと表から入ったよ。


市ヶ尾横穴古墳群


 稲荷前古墳群では都筑一帯を治めていた首長層の墓が発掘されたが、こちらは農耕を営んでいた有力な農民の家族を葬った「家族墓」のひとつだそうだ。この付近はほかにも古墳群や遺跡、集落跡が発見されていて、市が尾と荏田地域は古代都筑の中心地であったと考えられている。


市ヶ尾横穴古墳群



市ヶ尾横穴古墳群



市ヶ尾横穴古墳群


 横穴墓というのは初めて見たかも。こんな身近に古墳や遺跡があるなんて知らなかった。勉強になるねぇ。広場からは丹沢が見えた。天気が良ければ富士山も見えるんだろうね。やはりお墓は眺めのいいところに造るのか。というか、大昔なんてどこからでも富士山が見えたろうね。

 さて、これでスタンプ獲得数は54/83。保有ポイントは39。そろそろ第2章の特典に応募しようかな。

 そういえば、境川の鶴間橋の左岸上流がようやく開通していた。まだ工事で通行止め区間はあるけど、ここが通れるようになると助かるね。


境川の鶴間橋



境川の通行止め区間


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