”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2012年01月15日 20時32分26秒 | Weblog

1月15日(日)曇

寒い日が続きます。金曜の夕方から静岡の田舎に行ってきました。一人暮らしの母が心配で休日は兄弟でなるべく田舎に行くようにしています。平日はデイサービス訪問サービスを受けるようにしているので一応安心なのですが、土休日は僕らでなるべく行くようにしています。

ところで田舎でTVを見ていて、すばらしい取り組みをしている町を知りました。大分県のある町では小中学生に町の人達が地域ぐるみで課外授業をしている話です。数学が得意な元教師やアメリカに留学経験のある居酒屋の娘さんや郷土の名産物の蕎麦打ちの得意なコンビニの店長さんなど町の一般の人達が10年も前から子供たちの学習の手助けをしているそうです。町にはいろいろな経験や能力を持った人たちがいます。そう言った人たちが塾の代わりにボランティアで子供たちに教える場があり、冬休みにはそこを巣立った大学生もサポートに来るそうです。

子供手当がどうのこうのと言う前に地域の人たちでできることを地道にやっている所もあるわけです。第一線をリタイアしても元気でかつ実践的な技術や能力を持った高齢者も多い現状において、子供たちの教育に寄与すると共に生きがいになるような場を提供できる一石二鳥の施策だと思いました。我々は東日本大震災を目の当たりにして、誰もが何か人の役に立ちたいと思ったはずです。でも遠い見知らぬ土地でのボランティアには限界があるように思いますが、自分が生まれ育ったところで、役立つことがあれば多くの人が力を発揮してくれるのではないでしょうか。埋もれた人材を発掘し、施策を推進するコーディネータ的な役割を行政で担うことができればどこの地域でも可能な話です。無駄な施策に税金を使うことばかり考えているどこかの役人に是非見習ってもらいたいものです。

我々日本人は高度成長の波に乗って、自分達が日常できることまで行政や他人に転嫁させてきました。その結果、行政は本来やらなくても良い事業にまで手を出し、自分達で処理できることまで有料で他人に委託してきました。そして成長が停滞し、財源が乏しくなった現在に至っても昔と同じ要求をしている我々がいます。バブル経済が終焉した現在、我々自身も行政も、もう少し無駄を省くやり方を考える時代になってきたような気がします。

そう言う意味で大分の取り組みは未来を先取りしているように思います。子供の教育だけでなく他にもいろいろできそうなことがたくさんあるように感じました。それではまた。

コメント
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