背後に迫る容疑者、誰も止める様子なく…「ドーン」という音に安倍元首相は振り返った

奈良市で参院選の街頭演説中に銃撃された自民党の安倍晋三・元首相(67)が8日午後、奈良県橿原市の病院で死去した。
【写真】奈良県立医科大付属病院に搬送される安倍元首相
本紙記者は、銃撃の現場となった近鉄大和西大寺駅前で自民党候補の街頭演説を取材していた。
安倍元首相を乗せた車が、同駅前に到着したのは、演説が始まって約10分後の8日午前11時20分のことだった。白ワイシャツに紺のジャケット姿の元首相が車から降り、周囲に手を振ると、聴衆から大きな歓声が上がった。

同駅は奈良市内のターミナル駅の一つ。選挙の際にはよく演説場所として利用される。この日は駅北側の車道に挟まれたエリアの中央に高さ数十センチの台が置かれ、周りを警護員(SP)が囲んでいた。
記者は、車道を挟んだ報道エリアから、時折ノートにメモを取りながら、カメラを構えていた。候補者の演説を隣でうなずきながら聞く元首相の姿がレンズ越しによく見える。
午前11時29分。「みなさん、こんにちは。安倍晋三でございます」。元首相は左手を振り上げ、数百人の聴衆に語りかけた。その時、山上徹也容疑者(41)(奈良市大宮町)とみられる男は車道を挟んで約15メートル離れた歩道上に、黒いカバンをたすきがけにし、グレーの半袖シャツ姿で立っていた。聴衆が撮影した動画には、元首相に向かって拍手をする様子が映っていた。
負傷する前に演説する安倍元首相(8日午前11時25分頃、奈良市で)=平野和彦撮影
演説開始から約2分後。黒っぽい筒のようなものを手にした山上容疑者とみられる男は車道に入り込み、元首相の背後7~8メートルまで迫っていた。誰も止める様子はなかった。
候補者の実績を紹介していた元首相が「彼はできない理由を考えるのではなく――」と口にしたところで、突然、「ドーン」という花火を打ち上げたような音と、衝撃が伝わってきた。周囲に白煙が広がる。元首相は立ったまま後ろを振り返った。「ドーン」。間髪入れず2度目の銃声が響く。
瞬間、記者は何が起きたか理解できなかった。我に返ると、台上に元首相の姿はない。
元首相は力なく路上に横たわり、ワイシャツには血がにじんでいた。「救急車、救急車」「お医者様はいらっしゃいませんか。誰か助けて下さい」。支援者が駆け寄って元首相を抱え、助けを求める叫び声があちこちから上がる。中年男性の「日本の宝やぞ、何してんねん」という怒号が聞こえ、懸命に心臓マッサージを施す姿が人垣の間から見えた。
山上容疑者はすぐ近くの路上で、数人のSPらしき男性に地面にねじ伏せられていた。抵抗するそぶりは見せず、その後、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。
午前11時41分に救急車が到着。自民党関係者の「道を空けてください」という声が響く中、約10分後に救急車が現場を離れた。
わずか数秒の出来事。有権者に訴えかけていた政治家の言葉が銃声で封じられてしまった。ショックと憤りがいつまでも消えなかった。(平野和彦)