秋葉原通り魔事件の死刑執行 加藤死刑囚、孤立深め社会に怒り
>「嫌がらせをやめてもらうために『事件を起こす』と警告してきたが、なくならず、事件を起こして報道してもらうことによって、本当にやめてほしかったと知ってもらおうと思った」(被告人質問)
7/26/2022


東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件の発生から14年余り。殺人罪などで死刑が確定していた加藤智大(ともひろ)死刑囚(39)への刑が26日、執行された。加藤死刑囚が公判で語ったことや自著から浮かんだのは、現実社会の中で自身の居場所を見いだせず、不満を募らせて暴発した孤独な青年の姿だった。事件は社会に何を問いかけたのか――。
【当日、現場は 空撮、容疑者の乗っていたトラック…写真で振り返る】
2010年1月、東京地裁で開かれた初公判。法廷で17人の殺傷を認めた加藤死刑囚は「せめてもの償いはどうして今回の事件を起こしてしまったかを明らかにすること」と自戒するように語った。
青森県で2人兄弟の長男として生まれた。家庭での教育は厳しく、九九が言えないと風呂に沈められ、食事が遅いとチラシにご飯をぶちまけられて床の上で食べたという。高校は地元の進学校に通ったが、成績は低迷。岐阜県内の短大を経てアルバイトや派遣社員の仕事を転々とした。
そんな中で、のめり込んだのがインターネットの掲示板だった。不安定な生活が続き、自殺という選択が頭をよぎりながらも、「居場所」であるネット上で自らの分身としてのキャラクターを設定し、掲示板に書き込みを続けた。
地裁公判の被告人質問では、「現実は建前社会で、ネットは本音社会。本音を言える場所はとても重要で、他に代わるものはなかった」と回想した。ネット掲示板で知り合った友人と会う約束を、「生きる希望」と感じることもあった。
しかし、事件の動機として挙げたのも、同じネット掲示板だった。掲示板に加藤死刑囚をまねる「なりすまし」や、交流を妨害する「荒らし」が現れるようになり、いらだちを募らせたと明かした。
「嫌がらせをやめてもらうために『事件を起こす』と警告してきたが、なくならず、事件を起こして報道してもらうことによって、本当にやめてほしかったと知ってもらおうと思った」(被告人質問)
13年に刊行した著書「解+」では「誰かがいれば、その人のために何かしますから、成りすましらのことは後回しにできます。私にはもう、成りすましらとの関係しか残っていませんでした」と振り返った。
そして、思い通りにならない問題を解決する手段として事件を思い浮かべた場合でも、「事件をやらない理由」が「やる理由」に勝れば、最後の最後で踏みとどまるはずだ、と吐露。そして「やらない理由」となるのは、自分を引き留めてくれる「誰か」の存在だと書き記していた。
秋葉原事件後も、加害者が自身の中で怒りや偏った思考を増幅させて起こした事件や、その可能性があるとみられる事件は絶えない。
16年に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件
▽19年に「京都アニメーション」が放火されて36人が死亡した事件
▽21年に大阪市北区の雑居ビルに入るクリニックで26人が犠牲になった放火殺人事件――が発生。
今月8日には、安倍晋三元首相(67)が奈良市で街頭演説中に銃撃され、死亡する事件も起きた。【山本将克】