ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

リッツアの夢見た青空(ゼウス神殿)

2005-12-23 00:43:17 | ヨーロッパ旅行記
ギリシャの朝の抜けるような晴天の中、ひろびろとしたゼウス神殿に向かう。
ギリシャの青空と言うと、「リッツアの夢見た青空」を思い出す。
これは米原万里著「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」の中の三話のうちの一話だ。
米原さんというと、よくコメンテーターとかでテレビに出ており、「小太りの口の悪いおばさん」くらいの印象しかないかもしれない。
しかし、ワタクシ、たいへんこのお方を尊敬しております。ユニークな経歴に基づく経験談をいきいきと文章に反映させているからである。
さて、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」だが、彼女のプラハでの学生時代の友人との交わり、そして再開の経緯について書いてある。
ちなみに、残りの一話の題は「白い都のヤスミンカ」という題であり、見事題名の中にトリコロールが散らばっている。
チェコ、ロシア国旗の色なのだ。ついでながら我がフランスの色である。こんな細かい配慮でも嬉しくなってしまう。
さて、「リッツアの夢見た青空」だが、この主人公リッツアはギリシャ人であり、親の政治的思想により、ギリシャを離れざるをえず、プラハで米原さんら同じような境遇の子供たちとソ連の学校に通っている。
芸術的才能があり、口の悪い先生たちも一目おいている。しかし一方、理系の科目の能力はなく、先生から、「あなたがアリストテレスの子孫だなんて信じられない」などと罵倒される。
そんな彼女がどのような大人になっていったか、は本を読んでいただくととして、苦労した家族、挫折と苦学、そして再開した時は、ギリシャでもない異国の地で、出稼ぎに来ている人たちに信頼されている存在になっているまでのくだりを読むと、思わずほろりとくる。
彼女は、ギリシャの青空を実際に見たことはない。しかしそれに憧れ、どんなに美しいか力説する。
自分がゼウス神殿のエリアに入り、ゼウス神殿、さらに向こうのアクロポリスを眺めた時、彼女の夢見た青空はひょっとしてこれではないかと、一人感慨にふけるのであった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アテネの旅行代理店にて

2005-12-20 23:48:47 | ヨーロッパ旅行記
大通りから、プラカ地区の路地に入る。
ここにある日本人向けの旅行代理店を探す。
はっきりした地図は持っていなかったので、少し迷ったが、それらしきビルを見つける。
一階のインターホンを押す。男性の方がおられた。手持ちのガイドブックにコメントを出しておられた方のようだ。
4階の部屋まで行く。
中に入り、「スニオン行きのツアーを予約したいのですが」と告げる。
さっそく、元の現地ツアーの会社に電話し、午後のツアーを予約してもらった。
割引料金なのがありがたい。
さるホテルのロビーで待ってくださいとのこと。
またバスは右側に乗ったほうがいいですよ、途中の海岸の眺めが楽しめますから、とのアドバイスをいただく。
ツアー以外のことも話す。
ちょうどこの時期でラッキーだったですよ、異常気象で、つい先ごろまでずっと天候不順だったんですよ、とのこと。
晴男の威力はギリシャまで及んだらしい。
自分がギリシャを発った後は、もっとひどい天候だったが、それは後述する。
また、代理店おすすめのギリシャ料理レストランも教えてもらう。まだちゃんとしたギリシャ料理を食べていなかった。晩行ってみようと思う。
無事手続きをし、午後の予定も決まり、代理店を出る。
現地の見ず知らずの代理店に行くより、やはり信頼できる。旅慣れていない者にとってもたいへんありがたい存在である。
路地を抜けて、抜けるような青空の下、ゼウス神殿方面に向かう。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スニオン岬へのバスは?(アテネ)

2005-12-19 23:08:58 | ヨーロッパ旅行記
リカヴィトスの丘を降りる。もう陽も傾きつつある。
結局この日はアクロポリスに登り、古代アゴラをさまよい、博物館を見学し、街中を歩き、高い丘によじ登った。面白かったがさすがに疲れた。
夕食は現地の店を探すのがめんどくさくなり、ホテルの近くにあった日本料理屋に行く。
結構混んでいた。相席になる。
その方は日本人で、イギリスから来られた方だった。研究者らしい。
食事しながら、色々話をする。こちらは一通り食事を終わる。
「もっと飲みましょうよ」とお猪口片手に誘っていただいたが、疲れていたのでとっとと失礼してしまった。
ホテルに帰り、シャワーを浴びて、ベッドに寝転び、ガイドブックをぱらぱら見つつ、アクロポリスの夜景を見つめる。明日はスニオン岬にでも行って見ようと思う。

翌朝、目を覚まし、アクロポリスを見つめる。
雲一つない、いい天気だ。遠出には最高のコンディションである。
ホテルを出て、シンタグマ広場近くに行く。
この近くにスニオン岬行きのバス停があるらしい。
それらしき標識を見つけ、バスを待つ。毎定時には来るらしい。
しかし全然来ない。
まわりをうろちょろするが、やはりここのようだ。さらに待つもバスは来ない。
諦め、旅行社のバスツアーで行こうと考え直す。
旅行代理店を探しに、路地に入っていく。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アテネ360度の眺め(リカヴィトスの丘)

2005-12-17 23:04:50 | ヨーロッパ旅行記
無名戦士の墓から、リカヴィトスの丘を目指す。
この丘のふもとは、コロナキ地区と呼ばれており、高級ブランドなどの店が連なっている。ただし、自分には縁のないものなので、よくわからない。そのまま通り過ぎる。
その上は、高級住宅街になっている。
丘に上がるために、ケーブルカーがあるらしいが、見つけることが出来なかった。仕方なく、坂道や、建物の間の階段をどんどん登っていく。
住宅街もなくなり、ほとんど岩場とオリーブの木のみになる。曲がりくねった道を進み、なだらかな階段道を経て、やっと頂上に到着する。かなり汗だくになった。
時は既に夕方で、日が陰っている。
アクロポリスの方角を眺める。ちょうど逆光で、あまりよく見えない。アクロポリスからだと、同じくらいの高さに見えたが、実際はずっとリカヴィトスの方が高くなっていた。
アクロポリスの向こうには、海が見える。ちょうど太陽の光を反射しており、湾周辺は橙色にピカーッと光っていた。
10隻ほどの船も見える。さらには島もおぼろげに見えていた。
ギリシャの雄大な眺めを堪能する。しんどい目をして登ったかいがあった。
振り返ると東、こちらはまだ日があたっており、白い街並みがよく見える。丘の後ろには劇場があり、その手前までリカヴィトスの丘の影が迫っていた。
丘の頂上には、白い小さな教会がある。入ると、すみっこに弱々しいおばあさんがひっそり座っており、少しドキッとした。

展望台を降りる。少し降りて、振り返ると、ちょうどオリーブの林の上に、岩盤があり、その上に展望台の鐘楼があった。夕陽を浴びて、白い岩に橙が入っている。そのバックには青い空。
ギリシャの空は相変らずきれいだった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「現代のアテネ」を歩き回る

2005-12-17 03:37:09 | ヨーロッパ旅行記
国立考古学博物館を出る。
その近くに、スニオン行きのバスターミナルらしきところがあったので見に行く。翌日スニオン岬にでも行こうかなと思っていたのだ。見てみると、古い型のバスが何台が路上に止まっているだけで、特に参考にはならなかった。
大通りをアクロポリス方面に歩いていく。人も車も多く、街はごちゃごちゃしている。
途中現地のファーストフードの店で遅い昼食をとる。
さらに南に下り、「現代のアゴラ」と呼ばれる所に立ち寄る。現代のアゴラなどといえば大層だが、単なる巨大な市場なのだ。がらんとした建物の中で、生々しい肉や魚、その他いろいろなものを売っていた。

ミトロポレウス広場周辺に着く。
この辺りは今風のショッピング街で、若者もたくさんいる。広場では大道芸人が芸をしており賑わっていた。
そこから東に向かい、無名戦士の墓に着く。国会議事堂のちょうど手前にある。壁には横たわる兵士の姿の浮き彫りがある。ロンドンのように、衛兵が守っており、30分ごとに交代の儀式を行っている。銃を担い、ゆっくりとした動作で、手をあげ足を上げ、簡単な儀式を行う。服装は民族衣装に近く、スカートに白いタイツのようなものをはき、先が丸くなっている靴を履いている。日曜日になると、ここで集団での儀式が見られるようなので、気にとめておいた。
兵士の交代を見学した後、リカヴィトスの丘に向かう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする