習性

　「習性」という言葉がある。動物は、もちろん人も、この習性に縛られて生きている。若い人は、習性と呼べるほど同じ行動パターンのしがらみに巻き取られていないかもしれないが、自分は違うと思っていてもやがて予測可能なラインに落ち着いて行く。その昔、「部屋とワイシャツと私」という面白い歌があった。私が先に死ぬときには自分も死ぬと言ってくれ、そう言った時のあなたの右の眉がどう動くか確認してから死ぬから、というような歌詞だった。嘘をつく時あなたは右の眉が上がる習性がある、ということを歌の主である女性は知っているという。
　
　食事の時箸をつける順番。ホームで電車を待つ場所。質問に答える時の回答の返し方。特によく聞くのは「あーのー」という切り出し方だ。これを言わないと次の言葉が出ない人も多い。「はっきり言って」と話し始める習性の人や「かたちの部分」という不思議な言葉で、ある物事を説明する文脈を締めくくって行く人もいる。そんな人がどこにいるんだ、と思うような人が実際いる。「不思議」で思い出したが、父のくしゃみは面白かった。ドバトが鳴いているようなくしゃみをした。おそらく若い頃はくしゃみだけで相当からかわれたに違いない。しかし、くしゃみさえしてくれれば、どんな人ごみの中にいても父を見つけ出す事ができた。
　
　習性から逃げることはできない。それが習性だ。が、それを定期的に壊そうとする習性を持つのは人ならでは、と思う。例えば利き手を変えてみる。もちろん利き手は利き手なので変えることはできない。それでも利き手とは別の手で生活してみようとしてみる。駅のホームで電車を待つ場所を変えてみる。休日の食事と風呂の順番を変えてみる。ポケットの左右に入れる物を変えてみる。いきなり飛行機に乗って千歳空港あたりに立ってみる。ほんの小さな習性の変更努力が脳を混乱させ、疲れさせ、それでいて最後にはかなり元気にさせる。いわゆる活性化だ。習性が習慣になり惰性になっている日常を壊す。意識的にこれをやっている人に会うことがある。すごい勇気、だと思う。それでも勇気を出して、おいしいものは最後まで取っておく、という生活から、おいしいものから食べる生活に切り替えてみることが出来た人だけにしかわからない感覚がある。と言い切る事が出来るといいが、私はおいしいものは最後まで取っておく派で、これを変えてみようとしたことは無い。最近習性のなせる業にドップリはまって生きている。だから習性を変える努力をしている人に出会うと「すごい勇気だ」と感嘆する。
　
　髪型を定期的に劇的に変える人がいる。これなども凄いことだと思う。その昔、私が入学した中学校は男子は丸坊主にしないと許されなかった。ブラックな中学校もあったものだが昔はごく普通のありふれた学校がそうだった。周囲の規則や規制が、人の習性を無理やり変えたり抑圧したりすることもある。これも活性化に繋がるのだろうが、であればそれを推し進めている為政者は大した仕事をしているのことになる。が結局それでは反抗心ばかり育って健全な文化の育成には繋がらない。すでに(私の）歴史が証明している。（三）
　

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