ドクダミの花をあちこちで見かける時期になりました。
お訪ねした家の庭の庭石の間で綺麗に咲いていました。
ドクダミは荒れ地や林床、草むらから人家の庭や公園まで
至る所に生える多年草です。
ドクダミは食用や陰干しにして煎じると薬用になります。
花期は6月~7月ですが、こちらではあちこちで見られます。
今日はドクダミの花と淡いピンクのポピーを紹介致します。
庭石の間に咲いている「ドクダミ」
鉢植えの「ポピー」
ドクダミの花をあちこちで見かける時期になりました。
お訪ねした家の庭の庭石の間で綺麗に咲いていました。
ドクダミは荒れ地や林床、草むらから人家の庭や公園まで
至る所に生える多年草です。
ドクダミは食用や陰干しにして煎じると薬用になります。
花期は6月~7月ですが、こちらではあちこちで見られます。
今日はドクダミの花と淡いピンクのポピーを紹介致します。
庭石の間に咲いている「ドクダミ」
鉢植えの「ポピー」
イエス・キリストは宗教指導者たの書士とパリサイ人は自分たちの伝統に固執し、神エホバの教えから遠く離れている言動を行なっているゆえに、彼らを偽善者、また盲目の案内人と暴露しました(マタイ15:1~14)。その後、イエスは人の心の中にあるものが、他の人を汚すので、心をエホバの清い教えで満たす必要があることを教えられました(マタイ15:15~20)。次にマタイの福音書には、イエスがイスラエル人ではない異邦人のフェニキア人の女のひどく悪霊につかれた娘を癒された場面が記されています。この場面から、イエスは遠くに離れた人のひどく悪霊につかれた人を癒す力と、清い信仰を表わした異邦人にも深い愛ある親切を示されましたので、エホバのご意志は何かをイエスの言動を通して学ぶことができます。
マタイの福音書の15;21~28には、その時の心温まる場面が次のように記されています。
「イエスはそこ(書士やパリサイ人たちの居場所)を離れ、こんどはティルスとシドンの地方に退かれた。すると見よ、その地域のフェニキア人の女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、私に憐れみをおかけください。私の娘はひどく悪霊につかれています」と声を上げて叫んだ。しかしイエスは彼女に一言もお答えにならなかった。それで弟子たちが寄って来て、「彼女を追い払ってください。あとに付いて来て、叫びつづけていますから」と頼み始めた。イエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のほかはだれのところにも遣わされませんでした」。女はやって来て、彼(イエス)に敬意をささげながら、「主よ、私をお助け下さい!」と言った。イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬(フェニキア人の女性)に投げ与えるのは正しくありません」。彼女は言った、「そうです、主よ。けれど、小犬も自分の主人たちの食卓から落ちるパンくずを食べるのでございます」。そこでイエスは答えて言われた、「おお女よ、偉大です。あなたの信仰は。あなたの願うとおりのことが起きるように」。すると、彼女の娘はその時刻以降いえたのである」(マタイ15:21~28)。
お訪ねした家の隣の道辺に、鉢植えのクジャクサボテンの花が咲いていました。
クジャクサボテンの花形は多種多様のようです。
八重咲き、ラッパ咲き、菊咲き、クレマチス咲き、水仙咲きなど、様々なようです。
花期は5月~6月です。
用途は鉢植えです。
花言葉は「風刺」と紹介されています。
今日はピンクのクジャクサボテンとピンクのバラを紹介致します。
鉢植えの「クジャクサボテン」
ご近所の鉢植えの「バラ」
あなたは、バテスマを施す人ヨハネが、ヘロデ王に捕らえられ、残酷な打ち首にされた理由とその方法をご存知でしょうか。マルコの福音書には次のように記されています。
ヘロデ王は、「自分の兄弟フィリポの妻ヘロデア」を自分の妻にしたため、バプテストのヨハネが、ヘロデ王に「あなたは自分の兄弟の妻を有しているのは正しくありません」と、繰り返し言いました。そのためヘロデ王はヨハネを捕え、獄に入れ、「彼(ヨハネ)に恨みを抱き、殺してしまいたい」と思っていました(マルコ6:17~19)。ヘロデ王はエホバの禁じている兄弟フイリポの妻を有していたので、バプテストのヨハネがその不道徳な行為を繰り返し、指摘したので、恨みを抱き殺そうとしたのです。しかし、ヘロデ王は、バプテストの「ヨハネが義にかなった聖なる人であることを知っていて、彼を恐れて」どうしたものかと考えていました(マルコ6:20)。
ところが、ヘロデ王にとって都合のよい日が来て、バプテストのヨハネを打ち首にした出来事がマルコの福音書に次のように記されています。
「ところが、都合の良い日がやって来た。ヘロデが自分の誕生日に、自分に属する高官、軍司令官、ガリラの主だった人々などのために晩さんを設けた時のことである。そこえほかならにヘロデアの娘が入って来て踊りを見せ、ヘロデ(王)および共に横になっていた者たちを喜ばせた。 王はその乙女に、「何でも自分の欲しいものを求めなさい。お前にそれを上げよう」と言った。しかし彼(ヘロデ王)は、「お前の求めるものが何であれ、わたしの王国の半分までも、お前に上げよう」と誓ったのである。すると彼女は出て行って、自分の母(ヘロデア)に言った、「わたしは何を求めたらよいでしょうか」。母(ヘロデア)は、「バプテスマを施す者ヨハネの首を」と言った。娘はすぐ、急いで入って王のもとに行き、「バプテストのヨハネの首を大皿に載せて今すぐわたしに与えてくださいますように」と、自分の願いを申し出た。王は深く憂えたが、自分が誓い、および食卓について横になっている者たちのことを考えて、彼女を無視してしまおうと思わなかった。それで、王はすぐに護衛兵ひとりを派遣し、ヨハネの首を持ってくるようにと命令した。そこで彼は行って、獄の中でヨハネを打ち首にした。その首を大皿に載せて持って来た。そして、それを乙女に与え、乙女はそれを自分の母(ヘロデア)に渡した。ヨハネの弟子たちはこれについて聞くと、やって来て遺体を引き取り、記念の墓の中に横たえたのである」(マルコ6:21~29)。
上記の聖句に記されている通り、バプテストのヨハネは、ヘロデ王の誕生日の晩さんの席で、妻にしていたヘロデアの娘の踊りに魅了され、その褒美に誓った内容から、残忍な打ち首に処せられました。上記の聖句から分かる通り、ヘロデ王とその妻になっていたヘロデアは共に邪悪な者であったことが分かります。
真のクリスチャンたちは、聖書のどこにも誕生日を祝う記述がないことと、上記の通りヘロデ王の誕生日の晩餐の席で起きた出来事から、誕生日を祝うことはありません。
新緑の 続く国道 心地よし 今日の一句
鬼北町から三間町に入る前の「夕陽」
今日は心地よい五月晴れで、午後のリビングのカーテンに
オニヤンマが休んでいました。数年前にもオニヤンマが入り休んでいたことがあります。
玄関とリビングの入口を開けていた時に、入って来たものと思います。
写真を撮ってから、庭の植木にとまらせたら、少し休んで、元気に飛び立って行きました。
オニヤンマの個体数はとても少なく、久しぶりに見かけました。
今日はリビングに入り休んでいたオニヤンマと淡い赤のポピーを紹介致します。
リビングに入り休んでいた「オニヤンマ」
お訪ねした家の鉢植えの「ポピー」