本書、越前敏弥『日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカバー携書・2009年2月)は、誤魔化すことなく英文の意味を厳密に取るためのスキルが盛り込まれている一書。そして、単に、「個々の語法・文法的な知識と英文読解のスキルではなく、「何となく意味が取れるが、何となくしかわからない」という域から、確信をもってある英文の意味を把握できる境地に読者を導くぞ」という熱い著者の思いが感じられる一書です。著者の越前さんは、プロの英語講師であり、また、『ダ・ヴィンチ・コード』の翻訳などでも知られる腕っこきの翻訳家の方です。
■準備運動
本文は全体で220ページ足らずの新書ですが内容はかなり高度であり、英文法の体系的知識が少し手薄というタイプの方ならTOEIC800点前後の方でも、読了するには些か気合と時間が必要でしょうか。といっても、そういう方の読了所要時間は10時間前後、TOEIC600点前後の方でも15時間内には納まるでしょうけれども。この点、著者も「本書の使い方」の冒頭でこう言っておられます。
この本は高校程度の英文法をひととおり学んだ人を対象としています。すっかり忘れている人は、薄くて簡単な参考書や問題集でかまいませんから、英文法のおさらいをしてから取りかかってください。大学受験生の場合は、ある程度基礎が固まった時期に使っていただくのが効果的だと思います。(p.6)
蓋し、KABUのお薦めする「薄くて簡単な参考書や問題集」は、やはり、『基礎からよくわかる英文法』(旺文社)とその問題集、あるいは、『ロイヤル英文法問題集』(旺文社)です。
大事なことは、(1)間違ってもこの段階で、『ロイヤル英文法』(旺文社)や『総解英文法』(美誠社)等々の分厚い参考書には手を出さないこと(これらは、辞書代わりに、分からないこと、更に理解を深めたい時にだけ読めばよいのです)。そして、(2)本書を読むための準備作業として「英文法のおさらい」をしているという目的を自覚して、合目的的に参考書と問題集を選択すること。
後者の(2)で何を私は言いたいのか。それは、「本書を読むための準備作業としての英文法のおさらい」とは、個々の論点を覚えることではなく、英文法の体系的知識の枠組みというか、その後、そこに英文法や語法の知識が収納される整理棚を頭の中に作るということです。下の拙稿をご参照いただきたいのですが、英文法とは煎じ詰めれば、「単語の配列のルール」と「単語の語形変化のルール」ですが、本書を気持ちよく読み進めるには、特に、「単語の配列のルール」に関して、頭の中に整理棚ができていることが望ましい。この体系性とボリュームの適度さの基準から言えば、上で紹介したような「参考書や問題集」がお薦めではないかということです。
・『再出発の英文法』目次
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/4c90b691d5e0e53d8cb87f7803a437ce
と、前置きが長くなりましたが、前置きの最後に老婆心ながらもう一つ。本書を有効利用するTipsを紹介。はい。それは、(本書は内容的にかなり高度なこともあり)TOEIC900点前後の方も含め最低3回通りは繰り返し読むこと。少し大変で気が重たくなるかもしれませんが、その効果、難解な英文でも理詰めで自信を持って読めるようになる。少なくとも、そうなるための道筋はつかめる。これは、私が保証します。
■主義主張
著者の主張というかポリシーは極めて硬派でありシンプル。
それは、
英文は左から右に読み進めよ!
これに尽きると思います。しかし、これは言うは易く行なうのは難しい。よって、「英文を左から右に読み進める」ためには、英文法と構文の基礎固めは不可欠。学問には王道がないらしいが、間違いなく「英語には王道」はない。著者はこう述べておられます。
実は、この本には、全体を貫く大きなテーマがひとつあります。それは「左から右に読むこと」。あたりまえじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、日本人が犯す誤訳の多くは、そのあたりまえのことができていなのが原因なのです。(p.20)
【否定】の範囲で日本人の誤読・誤訳が非常に多いのは、なんと言っても否定の省略文です。これは日本語と英語の構造上のちがいに起因するものであり、ひどい場合には、ほとんどの人が正反対の意味に解釈してしまいます。(p.34)
ごく基本的なことの確認を、納得がゆくまで繰り返すほかに【関係詞について】体得の道はありません。そういう手続を踏まずに速読ばかりしていても、せいぜい表面的なコミュニケーション能力が身につくばかりでしょう。(p.84)
英語を話す度胸をつけて会話能力を磨いて、結果的に外国人と仲よくなれたらほんとうにすばらしいことですよ。ただ、より高い次元の英語を、たとえば仕事のレベルで「かぎりなく正確に読む」ということを考えるのだったら、どこかで単なる会話主体の英語学習から卒業しなければいけない。構文解析のような地道な勉強を、ある期間徹底してやる必要があると思います。(p.218)
б(≧◇≦)ノ ・・・全く、同感!
■内容紹介
上で紹介した著者の熱い思いは、しかし、実際の内容にブレークダウンされる段になると、俄然、機械のように正確無比で冷静冷徹な色彩を帯びます。著者の著作権を侵害しない範囲で幾つか紹介しておきます。正に、「熱いハートとクールな頭脳」です。
Laura avoided Carol’s eager questions, and yet not her hug.(p.41)
カンマの前段は問題ないと思いますが、後段はどうでしょうか。要は、notは何を否定しているのか。「英文は左から右に読み進めよ!」という命題がここでその効能を発揮します。省略箇所を補ってこの例文をリライトすれば、
Laura avoided Carol’s eager questions,
and yet Laura did not avoid Carol’s hug.
「ローラはキャロルの執拗な問いかけをはぐらかしたけれど、
キャロルの抱擁は避けなかった」
分かりましたか。要は、省略はあくまでも前のセンテンスや節の情報を受けた(繰り返しを嫌った)ものであるということ。だから、ここでnotがher hugを否定していると取れば、このセンテンスの意味とは全く正反対の誤訳に陥るのです。TOEICの『公式問題集』で類例を見ておきましょう。
You have not seen Ms. Li anywhere, have you?
Not since yesterday.(Vol2, Test1, Part2-25)
これも応答の省略箇所を補えば、
I have not seen Ms. Li since yesterday.
「昨日から、リーさんを見かけていません」
もう一つ本書から例文を紹介。
They had to turn down the offer, for their club had strict rules.
It should be improved, but as a matter of fact it was not.(p.166)
これも最初のセンテンスは問題ないと思います。「彼等の倶楽部には厳しい規則があったからだろう、彼等はその申し出を断らなければならなかった」くらいの意味でいいでしょう。では、後半のセンテンスは、要は、後半のセンテンス冒頭とbutが導く等位節の主語の二つのitは何を指しているのか。もちろん、複数形のrulesは問題外の外であることは自明でしょうが、確信をもって答えられますか。
はい。而して、ここでも、「英文は左から右に読み進めよ!」が威力を発揮します。
著者はこう述べておられます。
【英語】では、it が文の主語である場合、それがさすのは「直前の名詞」ではなく、「直前の文の主語」であるほうがむしろ自然であり、そちらが原則となります。同様に、itがその文の目的語なら、「直前の文の目的語」をさすのが原則です。繰り返しになりますが、これはどんな場合でも100パーセント通用するルールではないので、どうか勘違いしないように。(pp.166-167)
よって、後段の二つのitはともにtheir clubを受けていることになります。否定の省略の復習も兼ねて省略箇所を補い後段のセンテンスをリライトすれば、
Their club should be improved,
but as a matter of fact their club was not improved.
「倶楽部は改善されるべきだったが、実の所、改善はされなかった」
尚、KABUからのサービスで、名詞の複数と単数にまつわる例文を挙げておきましょう。もちろん、この論点は本書でもきちんと取り上げられていますよ(p.13, A-04)。
When she was appeared for the hearing,
she was accompanied by a friend and advisor.
When she was appeared for the hearing,
she was accompanied by a friend and an advisor.
この二つの例文の違いわかりますか。「彼女が聴聞に現われた時」に彼女に同伴していたのは誰か。はい。上のセンテンスでは、「友人でありアドバイザーでもある1名」、他方、下のセンテンスでは「友人1名とアドバイザー1名の合計2名」になる。このような細かい心配りの積み重ねが瞬時にできるようになるのが理想です。
而して、そのためには、「何が何でも理詰めで英文の意味を取る」という覚悟で、不明な点があれば、辞書代わりの『ロイヤル英文法』や『総解英文法』等々の分厚い参考書、そしてできれば、それらと併せて機能英文法の立場で書かれた『A Practical English Grammar』(Oxford)や清水健二『英文法 日本人が繰り返す200の間違い』(ペレ出版)などでとことん調べる。本書を通読された方にはそういう英文法への取り組みをお薦めしたいですね。
いずれにせよ、自分に嘘をついてはいけない。「すべてをさらけださなければ更なる向上はありません」。草刈民代さんのように鍛えぬくこと。英文読解に限定しても、今の自分にできないことを、いつまでに、どの程度できるように(何ができるまでに)成りたいのか。この目的意識をもって草刈民代さんのように鍛えぬくこと。「熱いハートとクールな計画」が肝要であろうと思います。
最後に、閑話休題(?)。私は著者の主張で全く同感と思ったものがもう一つありました。それは次の言葉、
10年近く翻訳学校で教えてきた経験から言うと、日本語の運用能力と英語の読解力は、99パーセントの生徒について完璧に比例します。(p.187)
蓋し、同感。そして、本書は英語力だけでなく日本語力もアップする一書、鴨。と、そう私は考えています。多くの方に本書はお薦めしたいですね。間違いなく、年に2冊あるかないかの<五つ星>だと思いますから。
б(≧◇≦)ノ ・・・謹呈!
б(≧◇≦)ノ ・・・☆☆☆☆☆
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