本書、中村澄子『1日1分レッスン! TOEIC Test』(2005年1月・祥伝社黄金文庫)は、現在まで後続の書籍が5冊出版されている「1日1分レッスン! TOEIC Test」6冊シリーズの巻頭を飾る一書です。本書を最初に読んだ時、私は盲点を突かれたような衝撃を受けました。これは今までのTOEIC対策本とは小さなポイントだけれども決定的に異なっているのではないか、と。
このブログでも何回か書いているように、私は過去に大手予備校のプロジェクトリーダー、総合プロデューサーとして、e-learningで使用するためにTOEIC形式の問題を合計15000問作成した経験があり、また、当然、プロとしてTOEICやTOEFL、GMATやLSATはつとめて自ら受験するようにしている。当たり前ですが、それらの試験のオフィシャルガイド(過去問集)はもとより、それが書店で入手可能な限り市販されている対策本は、原則、すべて目を通している。他人様に教えている講師を指導する立場上、このようなことは最低限の職業倫理だと思っています。
と、証拠もないくせに高飛車に自慢とも受け取られかねない自らの経験を書いたのは、そんな私が本書『1日1分レッスン! TOEIC Test』には少なからず驚愕したことの尋常ならざることをお伝えしたかったからです。前口上はこれくらいにして、本書の何に驚愕したのか、盲点を突かれた感を覚えたのかを説明します。
簡単に言えば、本書は、TOEICのパート5とパート6の「文法・語法・語彙」問題の傾向分析に新基軸を打ち出したと言えると思います。誰しも、しかし、TOEIC対策本を企画・執筆するほどの著者ならTOEIC本試験の傾向分析は真っ先に行なうこと。これはセンター試験であれ英検であれ、GMATであれSATであれどんなテストにおいても同様でしょう。
けれども、本書は、①TOEICにしばしば出題される問題が、日本の英語教育で言うところの難問ではなく、実は、極めて簡単な論点が問われていること、②英文法的にはより簡単な論点が、しかし、TOEICを制作しているETSのノウハウというかETSが制作する問題のテーストが一種独特であり(まして、限られた制限時間とあいまって)日本人にとって問題としては難解なものになっていること。この2点を正しく見抜いた上で、③インタナショナルにビジネスを英語で遂行できる英語の運用能力を測定するというTOEICの本性から、インタナショナルなビジネスシーンに頻出の、あるいは、インターナショナルビジネスに参画するほどの米国のインテリ層が好む語彙を練習問題に可能な限りナチュラルに織り込んだこと。この三点が本書が打ち出した新基軸だと私は考えます。
その後、2006年5月実施のTOEIC公開試験からTOEICが新テスト形式に移行したこと。それにともない、本書が扱うパート5とパート6が以前にもまして語彙問題の比重が上がったこと等々を踏まえ、後続の『1日1分レッスン! TOEIC Test <パワーアップ編>』『1日1分レッスン! TOEIC Test <ステップアップ編>』『1日1分レッスン! 新TOEIC Test』『1日1分レッスン! 新TOEIC Test 千本ノック!』『1日1分レッスン! 新TOEIC Test 千本ノック!2』も最新のTOEIC本試験の傾向に合わせて内容は微妙に変化していると思いますが、上で述べた①~③のポイントは本書の特徴として継承されていると思います。実際、冒頭近くの高飛車な発言と矛盾するようですが、私は今年2009年の9月と11月、2年半ぶりにTOEIC公開試験を受験してみたのですが、そこで遭遇した本物の問題とシリーズ最新版の『1日1分レッスン! 新TOEIC Test 千本ノック!2』(2009年3月)の問題や出題語彙の類似度の高さには感銘を受けました。流石に、著者の中村澄子さんは、もう何年も毎回TOEICを受験し続けておられるとのことですが、本シリーズにはその努力と研鑽の成果が見事に花開いているのではないでしょうか。
以下、少し具体的に説明しましょう。まずは本書の特徴と逆の事例から、例えば、どんなTOEIC対策本でも次のような問題と解説は<標準装備>されていると思います。
He is the engineer ( ) I respect deeply.
(A) who (B) whom
(C) whose (D) which
答え(B)。先行詞が人の場合、関係代名詞の目的格は「who」もOKと学校で習っているはずです。しかし、関係代名詞の目的格に「who」を選ぶとTOEICでは不正解になるようです。(ibid., pp.071-072)
Although the accountant knows it is against the law, he helps the company ( ) money in a secret account.
(A) pooled (B) pool
(C) will pool (D) for pooling
答え(B)。help+目的語+原形不定詞(動詞の原形)の問題です。イギリス英語では「help+目的語+to不定詞」が使われていましたが、最近では、イギリスでも、アメリカ英語の「help+目的語(A)+原形不定詞(B)」が使われるようになりました。TOEICはETSというアメリカの会社が作成しているテストですから、アメリカ英語を正解としてください。(ibid., pp.195-196)
Several economists have suggested that the government ( ) measures to fill the supply-demand gap.
(A) takes (B) took
(C) has taken (D) take
答え(D)。命令、推奨、要求、提案を表す動詞の後ろにくるthat節の中の動詞は、「主語+動詞の原形」にしなければなりません。イギリス英語では、that節の中は動詞の原形ではなく、「should+動詞の原形」を使います。しかし、「should+動詞の原形」を選ぶとTOEICでは不正解になります。(ibid., pp.223-224;但し、本書の問題が旧パート6型の誤文訂正問題なのでKABUが空所補充問題に改めました)
これらは、TOEIC対策のどの問題集や参考書を見ても触れられているポイントです。けれども、次の問題と解説は本書のオリジナルなものと言えると思います。
Cameras, like other equipment, ( ) regular check-up and maintenance in order to operate without any trouble.
(A) requires (B) require
(C) is required (D)are required
答え(B)。主語と動詞の一致の問題です。この英文の主語は「Cameras」です。空所の前のequipmentではありません。ということは主語が複数ですから動詞は「require」でなければなりません。挿入句(like other equipment)を主語と動詞の間に入れ、かつ、動詞の「require」の直前に「equipment」という不可算名詞を置いて間違わせようとしているのです。一見簡単そうですが間違える人は多い。(ibid., pp.015-016;但し、本書の問題が旧パート6型の誤文訂正問題なのでKABUが空所補充問題に改めました)
Accommodation charges ( ) getting cheaper in Tokyo since price competition among hotels is fierce.
(A) they is (B) they are
(C) are (D)they will be
答え(C)。余分と欠如の問題です。they は不要な単語なので削除すれば正解になります。余分と欠如の問題はよく出題されます。ただ、日本のテストにはこのような形の問題があまり出ないため、慣れていない人が多く、間違うケースも多いようです。(ibid., pp.021-022;但し、本書の問題が旧パート6型の誤文訂正問題なのでKABUが空所補充問題に改めました)
Nearly fifteen percent of output had moved ( ) to escape the high yen and much of that production is sold back to Japan.
(A) Asia (B) abroad
(C) China (D) foreign country
答え(B)。副詞(abroad)の問題です。(B)以外はすべて名詞(句)なので、それぞれの単語の前にto(~へ)をつけなければここでは使えません。「abroad」が副詞でtoの意味が含まれているからto は要らない、ということを知らない人は思いのほかいます。そこが狙われます。何となく「foreign country」を選びたくなりませんか? これも一種のトリックです。(ibid., pp.039-040)
以上、本書『1日1分レッスン! TOEIC Test』の特徴を具体的に見てきましたが、畢竟、TOEICは綺麗な偏差値表示を出すため(理想的には、全世界の人類が全員同じ試験を受験した場合、全受験者が正規分布のシンメトリックな曲線上に分布するように)中学1年生でも解答できる問題、例えば、不定冠詞のa/anのどちらかを選ばせる問題も何問かあるかと思えば、教養のある英語のネーティブスピーカーも間違うような問題も数問含まれています。要は、TOEICらしい問題というのは個々の問題を見るだけでは判定は難しく、TOEICらしさというのは、実は、<難易度のブレンド>の中にある。
蓋し、誰しもTOEIC対策本を企画・執筆するほどの方ならこのことは頭の中に入っていたはずなのですが、本書の著者、中村澄子さんが本書でそれを再現するまで、多くの類書は、論点としては難解な、しかし、その論点の料理方法としては極めて日本の受験参考書的な問題を専ら制作し収録していたの、鴨。反省を込めて私はそう考えています。
而して、本書は、その問題の正誤を分かつキーワードへの目配りは秀逸としても、それ以外の部分に使用されている英語語彙の点では、流石に、本物のTOEICとは些かテーストを異にしている節もありますが、TOEIC対策の書籍としては極めて優れている。最早、評価の定まったシリーズではありますが、ここに改めて本『1日1分レッスン! TOEIC Test』シリーズを推薦したいと思います。