インテリジェンス活動には3つの方法があるという。その活動の基本中の基本はヒューミントだと著者は言う。ヒューミントとは「人間を介した情報収集のこと」であり、「重要な情報に接触できる人間を協力者として獲得、運営するための相応の金と時間が必要になることは事実である」(p45)と記す。ヒューミントには、相互に情報交換を行う人間関係を長期間維持しつつ有益な情報を収集するという繋がりも含まれることと思う。
後の2つは、オシントとシギント。オシントは「新聞・雑誌・テレビ・インターネットなど公刊資料等を分析して情報を得る手法である。情報機関の諜報活動の9割以上はオシントに充てられるとも言われる」(p47)。一方、シギントは「通信や電子信号を介した情報収集活動」(p47)であると。
オシントはヒューミント作業の前提条件にほかならないと理解して初めて、情報マンとしての力を発揮できると黒田は力説する。黒田とは警視庁総合情報分析室室長黒田純一警視正、このストーリーの中心人物である。黒田は公安部外事課第二課長室で北林課長に、自分の情報収集活動はヒューミントが主であると語り、公安部ではヒューミントの側面が弱体化していると指摘する。
このストーリーは、黒田のヒューミントそのものに大きな比重を置いた構成で展開している。黒田はヒューミントにおいて、相手に質問し、一方己の価値観、世界情勢分析等を語るとともに情報交換を深め、情報収集するというやり方をとる。交わされた内容は、いつものことながら、同時代を生きる現在の読者にとっても、グローバルな視点で考える材料になる。そこにこの小説の副産物的メリットがある。
黒田がヒューミントから得られた情報のエッセンスは、総合情報分析室のメンバーに共有される。分担作業で事実の究明、捜査活動を推進し、総合情報分析室の総力で問題事象のあぶり出しと事件の解決へと突き進んで行く。今回のストーリーを通読した印象は、黒田のヒューミントの広がりとプロセスの部分がメインとも思えるほどに比重が置かれている点である。
そこで、黒田のヒューミントを列挙し、少し感想・印象も加えて、このストーリーの外郭をご紹介しよう。
1.「プロローグ」からはやくも黒田のヒューミントの場面が描かれる。
場所:北海道の鵡川 時:10月初旬~11月頭内でシシャモの刺身が食べられる時期
対象:元民自党幹事長、派閥の領袖でもあった池内義勝
話題:北朝鮮の平壌で拉致被害者全員帰還の談合の際の本当の裏情勢について
黒田は背景として北朝鮮が2年前から平壌放送の暗号放送を開始していることにに注目していた。
感想:ほぼ同時代史の事実事象について、フィクションの形で裏話が語られることに興味がわく。共産主義における権力闘争の姿もイメージしやすくなる。
「第一章 異変」の冒頭は、上記の北林外事二課長に呼び出されて交わされる会話から始まるが、その後、黒田のヒューミントに切り替わる。
2.場所:北海道、宗谷岬 時:10月半ば
相手:セルゲイ・ロジオノフ ロシア人、極東のエネルギー担当として北海道でエネルギー関連事業に携わる。
話題:極東地域のエネルギー問題に関して。ロシアが日本に求める立ち位置。
二人の会話は、極東地域の情勢分析になっていく。そこには中国、北方領土への認識、北朝鮮が絡んでいく。ちょっと思い出したこととして、黒田はサハリンから札幌の大学病院に搬送されたくも膜下出血患者の件をさりげなく尋ねる。
さらに、北極海の大陸棚問題と環境問題、朝鮮半島の危機に対するロシアの立ち位置、さらに転じてアメリカの宗教についても・・・・。黒田は北朝鮮を情報収集の軸におく。
感想:情報交換の観点は広がり多面化するが、それらが複雑に絡まり合いながら全体として現状がある。まず、そういう認識の必要性を再認識させられる。
このヒューミントで黒田は様々な視点の中からロジノフの本音を捕らえようとする。ヒューミントの為には己の情報量と見識がベースになることがよくわかる。
3.場所:アメリカ、西海岸のベイエリア、スタンフォードの近く。
モサドにとってのある種の情報センターのビル内。クロアッハの執務室にて。
相手:モサドのアメリカ総局長 クロアッハ
話題:ホワイトハウス周辺での米朝関係の妙な噂。忖度を含めた日本の政界の状況。
日朝問題と情報戦における日本の弱点。日本企業に対するサイバーテロ事象。
シリコンバレーの状況(中国人、南朝鮮人の多さが目立つ点)。
感想:クロアッハは広い視野から情報戦に対抗する日本の弱点とシリコンバレーの現状からみた日本企業の弱体化を黒田に指摘する。なるほどと感じさせる側面である。
「第二章 不穏な動き」に入って、事態が動き出す。海南テレコム経由で防衛省、財務省、農水省、文科省がサイバーテロを受けたことが始まりとなる。一方、国際政治学者がテレビでスリーパーセルの存在を言及したことで、動きが出始める。
4.場所:国際電話。黒田のオフィスにて。 時期:南北首脳会談開催が決まったとき
相手:クロアッハ 話題:南北朝鮮の統一問題。
「第三章 潜伏工作員」は、黒田が4年前に万世橋署長だった時の行動から始まる。黒田は電気街のはずれで目に止めた男に興味を抱き、その男を尾行した。浅草署管内で警ら中の巡査部長の協力を得て、その男が金樂苑という焼肉店の勝手口に入って行ったことを突き止める。黒田はいたずら心でその焼肉店の客となり、店の構造や雰囲気を掴む。その後、浅草署の公安係に連絡を入れるとともに、情報室の栗原に連絡を取る。
再び、金樂苑の客となり、同行した栗原を紹介する。それが布石となる。一方で、栗原に拠点を設け金樂苑の動きを視察し、無線の傍受体制を敷くことを指示した。黒田が万世橋署長を離任し海外研修に出かける頃には、視察拠点を設けた成果が出始めていた。
黒田が帰国し、警視総監直属の総合情報分析室長に就任した際、最初に金樂苑に関する報告を受ける。北朝鮮の潜伏工作員の全容が明らかになっていた。栗原は金樂苑の金田陽太郎への接触を深め、金田から相談を受けるほどの繋がりを築いていた。
潜伏工作員のグループが何を狙っているのか。継続的な視察情報とサイバーテロの現状況も含めた情報分析から、黒田は彼等のターゲットとするものを推測し絞り込む。さらに中国の動きも作業班に見させることを指示する。
5.場所:国際電話。黒田のオフィスから。 時期:米朝会談が俎上に上ってきた頃
相手:ホノルル在住のジャック・ヒューリック FBI特別捜査官 国家保安部所属
話題:黒田がエシュロン情報1件の確認を要望する。
感想:黒田は日頃から仕事で知り合った機会を活用し、その後継続して良質な情報交換ができる人脈を築いている。それがいざという時に生きてくる。クロアッハを含め、それがヒューミントの基本なのだろう。
6.場所:平河町にある日本最大級規模のセキュリティ監視センター
相手:近藤常務
話題:四井重工業と金沢島造船の二社に対するサイバーテロの実態
「第四章 スパイたち」は黒田が平河町に近藤常務を訪ねて問いかけた時から2週間後に、近藤常務からの電話が入る場面が始まりとなる。それはサイバーテロの状況を調べた結果に対する回答だった。黒田の危惧していたことが現実となっていた。
黒田の指示で、栗原が四井重工業を訪ねていく。栗原はサイバーテロに狙われた事実の裏側を先方の担当役員等との面談プロセスで的確に証拠立てて解明していく。
一方、黒田は独自の行動を取っていた。秋葉原の裏路地の新しいビルにコンピュータプログラムの会社を設立した裕也を訪ねる。サイバーセキュリティについての最近の傾向を尋ね、情報を得るためだ。だがそれは同時に黒田は思わぬ事実を知る結果になる。
「第五章 捜査」では、国際情勢の現状のパワーバランスを背景にし、黒田が陣頭に立ち究明してきた様々な事象の中で、遂にその特定局面を選択し複数の事件解決へと収斂させる段階に至る。それが何かは、本書でご確認願いたい。
「エピローグ」では、さらに二つの問題事象が扱われる。一つは臓器移植問題である。これは黒田の妻、遙香がピッツバーグ大学病院から掛けてきた電話の内容が発端となる。もう一つは、偽造旧一万円札問題である。
黒田が会話の一つとして語る内容をご紹介しておこう。北朝鮮との問題として、黒田は拉致被害者問題を日本の重要な政治課題と認識している。一方で、次の思いも吐露している。著者が吐露させていると言うべきか。
「日本には拉致被害者の生存に関して何の情報もないんだ。アメリカにしても金正恩に対して『拉致は悪いこと』と言うしかないだろう。しかし金正恩にとっては過去の出来事に過ぎない。『親父が頭を下げて詫びただろう』くらいの感覚でしかない。
それが世界の常識だ。相手は世界有数のならず者国家なんだからな。しかも、その背後に中国とロシアが付いているとなれば、下手な口出しはしたくないのが政治だ」(p324)
私はこのシリーズの副産物として、フィクションの形で語られる同時代情報の側面に関心を抱いている。それに関連することになるが、インテリジェンスについて触れた箇所がある。最後にそれを引用しておこう。
「インテジジェンス(intelligence)の語源は、ラテン語の行間(inter)を集める(lego)という意味である。つまり、書かれていない部分や口に出さない部分から本来求められる情報をいかに入手するか・・・・である。」(p142)
このシリーズは、インテリジェンス小説として読める、考えるための材料が様々に詰まっている。ストーリーの展開を楽しみながら、抱き合わせとして幅広い情報を考える材料として読めるおもしろさに惹かれている。
奥書を読むと、本書は文庫書き下ろしとして、2019年7月に刊行された。
ご一読ありがとうございます。
本書と関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
チュメニ油田 :ウィキペディア
ホノルル空港、名称変更 ダニエル・K・イノウエ国際空港に :「Aviation Wire」
北朝鮮工作員 :ウィキペディア
中国サイバー軍 :ウィキペディア
サイバーテロ :「警察庁」
サイバーテロ :ウィキペディア
サイバーテロ :「NRI」(野村総合研究所)
サイバー攻撃とは?その種類・事例・対策を把握しよう :「Cyber Security.com」
平壌放送
北朝鮮からラジオで日本の工作員に指示? 夜中に流れる「乱数放送」をスタジオで公開
:「ABEMA TIMES」
「北朝鮮がYouTubeで乱数放送/工作員に指示」は新しい手口なのかフェイク情報なのか
2020.9.1 西岡省二 ジャーナリスト :「YAHOO! ニュース」
頻発する旧一万円“聖徳太子”ニセ札事件 ベトナム人グループが偽造紙幣ビジネスにハマる「意外な理由」 :「文春オンライン」
銀行券の偽造防止技術について :「日本銀行」
中国少数民族、臓器摘出の対象か 国連人権専門家らが懸念 :「AFP BB News」
中国で「臓器狩り」横行か。ドナーを数時間で調達する13兆円ビジネスの闇
2021.6.18 :「gooニュース」
【寄稿】悪夢:中国の臓器売買の実態 2021.11.15 :「WALL STREET JOURNAL」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』 講談社+α文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊
後の2つは、オシントとシギント。オシントは「新聞・雑誌・テレビ・インターネットなど公刊資料等を分析して情報を得る手法である。情報機関の諜報活動の9割以上はオシントに充てられるとも言われる」(p47)。一方、シギントは「通信や電子信号を介した情報収集活動」(p47)であると。
オシントはヒューミント作業の前提条件にほかならないと理解して初めて、情報マンとしての力を発揮できると黒田は力説する。黒田とは警視庁総合情報分析室室長黒田純一警視正、このストーリーの中心人物である。黒田は公安部外事課第二課長室で北林課長に、自分の情報収集活動はヒューミントが主であると語り、公安部ではヒューミントの側面が弱体化していると指摘する。
このストーリーは、黒田のヒューミントそのものに大きな比重を置いた構成で展開している。黒田はヒューミントにおいて、相手に質問し、一方己の価値観、世界情勢分析等を語るとともに情報交換を深め、情報収集するというやり方をとる。交わされた内容は、いつものことながら、同時代を生きる現在の読者にとっても、グローバルな視点で考える材料になる。そこにこの小説の副産物的メリットがある。
黒田がヒューミントから得られた情報のエッセンスは、総合情報分析室のメンバーに共有される。分担作業で事実の究明、捜査活動を推進し、総合情報分析室の総力で問題事象のあぶり出しと事件の解決へと突き進んで行く。今回のストーリーを通読した印象は、黒田のヒューミントの広がりとプロセスの部分がメインとも思えるほどに比重が置かれている点である。
そこで、黒田のヒューミントを列挙し、少し感想・印象も加えて、このストーリーの外郭をご紹介しよう。
1.「プロローグ」からはやくも黒田のヒューミントの場面が描かれる。
場所:北海道の鵡川 時:10月初旬~11月頭内でシシャモの刺身が食べられる時期
対象:元民自党幹事長、派閥の領袖でもあった池内義勝
話題:北朝鮮の平壌で拉致被害者全員帰還の談合の際の本当の裏情勢について
黒田は背景として北朝鮮が2年前から平壌放送の暗号放送を開始していることにに注目していた。
感想:ほぼ同時代史の事実事象について、フィクションの形で裏話が語られることに興味がわく。共産主義における権力闘争の姿もイメージしやすくなる。
「第一章 異変」の冒頭は、上記の北林外事二課長に呼び出されて交わされる会話から始まるが、その後、黒田のヒューミントに切り替わる。
2.場所:北海道、宗谷岬 時:10月半ば
相手:セルゲイ・ロジオノフ ロシア人、極東のエネルギー担当として北海道でエネルギー関連事業に携わる。
話題:極東地域のエネルギー問題に関して。ロシアが日本に求める立ち位置。
二人の会話は、極東地域の情勢分析になっていく。そこには中国、北方領土への認識、北朝鮮が絡んでいく。ちょっと思い出したこととして、黒田はサハリンから札幌の大学病院に搬送されたくも膜下出血患者の件をさりげなく尋ねる。
さらに、北極海の大陸棚問題と環境問題、朝鮮半島の危機に対するロシアの立ち位置、さらに転じてアメリカの宗教についても・・・・。黒田は北朝鮮を情報収集の軸におく。
感想:情報交換の観点は広がり多面化するが、それらが複雑に絡まり合いながら全体として現状がある。まず、そういう認識の必要性を再認識させられる。
このヒューミントで黒田は様々な視点の中からロジノフの本音を捕らえようとする。ヒューミントの為には己の情報量と見識がベースになることがよくわかる。
3.場所:アメリカ、西海岸のベイエリア、スタンフォードの近く。
モサドにとってのある種の情報センターのビル内。クロアッハの執務室にて。
相手:モサドのアメリカ総局長 クロアッハ
話題:ホワイトハウス周辺での米朝関係の妙な噂。忖度を含めた日本の政界の状況。
日朝問題と情報戦における日本の弱点。日本企業に対するサイバーテロ事象。
シリコンバレーの状況(中国人、南朝鮮人の多さが目立つ点)。
感想:クロアッハは広い視野から情報戦に対抗する日本の弱点とシリコンバレーの現状からみた日本企業の弱体化を黒田に指摘する。なるほどと感じさせる側面である。
「第二章 不穏な動き」に入って、事態が動き出す。海南テレコム経由で防衛省、財務省、農水省、文科省がサイバーテロを受けたことが始まりとなる。一方、国際政治学者がテレビでスリーパーセルの存在を言及したことで、動きが出始める。
4.場所:国際電話。黒田のオフィスにて。 時期:南北首脳会談開催が決まったとき
相手:クロアッハ 話題:南北朝鮮の統一問題。
「第三章 潜伏工作員」は、黒田が4年前に万世橋署長だった時の行動から始まる。黒田は電気街のはずれで目に止めた男に興味を抱き、その男を尾行した。浅草署管内で警ら中の巡査部長の協力を得て、その男が金樂苑という焼肉店の勝手口に入って行ったことを突き止める。黒田はいたずら心でその焼肉店の客となり、店の構造や雰囲気を掴む。その後、浅草署の公安係に連絡を入れるとともに、情報室の栗原に連絡を取る。
再び、金樂苑の客となり、同行した栗原を紹介する。それが布石となる。一方で、栗原に拠点を設け金樂苑の動きを視察し、無線の傍受体制を敷くことを指示した。黒田が万世橋署長を離任し海外研修に出かける頃には、視察拠点を設けた成果が出始めていた。
黒田が帰国し、警視総監直属の総合情報分析室長に就任した際、最初に金樂苑に関する報告を受ける。北朝鮮の潜伏工作員の全容が明らかになっていた。栗原は金樂苑の金田陽太郎への接触を深め、金田から相談を受けるほどの繋がりを築いていた。
潜伏工作員のグループが何を狙っているのか。継続的な視察情報とサイバーテロの現状況も含めた情報分析から、黒田は彼等のターゲットとするものを推測し絞り込む。さらに中国の動きも作業班に見させることを指示する。
5.場所:国際電話。黒田のオフィスから。 時期:米朝会談が俎上に上ってきた頃
相手:ホノルル在住のジャック・ヒューリック FBI特別捜査官 国家保安部所属
話題:黒田がエシュロン情報1件の確認を要望する。
感想:黒田は日頃から仕事で知り合った機会を活用し、その後継続して良質な情報交換ができる人脈を築いている。それがいざという時に生きてくる。クロアッハを含め、それがヒューミントの基本なのだろう。
6.場所:平河町にある日本最大級規模のセキュリティ監視センター
相手:近藤常務
話題:四井重工業と金沢島造船の二社に対するサイバーテロの実態
「第四章 スパイたち」は黒田が平河町に近藤常務を訪ねて問いかけた時から2週間後に、近藤常務からの電話が入る場面が始まりとなる。それはサイバーテロの状況を調べた結果に対する回答だった。黒田の危惧していたことが現実となっていた。
黒田の指示で、栗原が四井重工業を訪ねていく。栗原はサイバーテロに狙われた事実の裏側を先方の担当役員等との面談プロセスで的確に証拠立てて解明していく。
一方、黒田は独自の行動を取っていた。秋葉原の裏路地の新しいビルにコンピュータプログラムの会社を設立した裕也を訪ねる。サイバーセキュリティについての最近の傾向を尋ね、情報を得るためだ。だがそれは同時に黒田は思わぬ事実を知る結果になる。
「第五章 捜査」では、国際情勢の現状のパワーバランスを背景にし、黒田が陣頭に立ち究明してきた様々な事象の中で、遂にその特定局面を選択し複数の事件解決へと収斂させる段階に至る。それが何かは、本書でご確認願いたい。
「エピローグ」では、さらに二つの問題事象が扱われる。一つは臓器移植問題である。これは黒田の妻、遙香がピッツバーグ大学病院から掛けてきた電話の内容が発端となる。もう一つは、偽造旧一万円札問題である。
黒田が会話の一つとして語る内容をご紹介しておこう。北朝鮮との問題として、黒田は拉致被害者問題を日本の重要な政治課題と認識している。一方で、次の思いも吐露している。著者が吐露させていると言うべきか。
「日本には拉致被害者の生存に関して何の情報もないんだ。アメリカにしても金正恩に対して『拉致は悪いこと』と言うしかないだろう。しかし金正恩にとっては過去の出来事に過ぎない。『親父が頭を下げて詫びただろう』くらいの感覚でしかない。
それが世界の常識だ。相手は世界有数のならず者国家なんだからな。しかも、その背後に中国とロシアが付いているとなれば、下手な口出しはしたくないのが政治だ」(p324)
私はこのシリーズの副産物として、フィクションの形で語られる同時代情報の側面に関心を抱いている。それに関連することになるが、インテリジェンスについて触れた箇所がある。最後にそれを引用しておこう。
「インテジジェンス(intelligence)の語源は、ラテン語の行間(inter)を集める(lego)という意味である。つまり、書かれていない部分や口に出さない部分から本来求められる情報をいかに入手するか・・・・である。」(p142)
このシリーズは、インテリジェンス小説として読める、考えるための材料が様々に詰まっている。ストーリーの展開を楽しみながら、抱き合わせとして幅広い情報を考える材料として読めるおもしろさに惹かれている。
奥書を読むと、本書は文庫書き下ろしとして、2019年7月に刊行された。
ご一読ありがとうございます。
本書と関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
チュメニ油田 :ウィキペディア
ホノルル空港、名称変更 ダニエル・K・イノウエ国際空港に :「Aviation Wire」
北朝鮮工作員 :ウィキペディア
中国サイバー軍 :ウィキペディア
サイバーテロ :「警察庁」
サイバーテロ :ウィキペディア
サイバーテロ :「NRI」(野村総合研究所)
サイバー攻撃とは?その種類・事例・対策を把握しよう :「Cyber Security.com」
平壌放送
北朝鮮からラジオで日本の工作員に指示? 夜中に流れる「乱数放送」をスタジオで公開
:「ABEMA TIMES」
「北朝鮮がYouTubeで乱数放送/工作員に指示」は新しい手口なのかフェイク情報なのか
2020.9.1 西岡省二 ジャーナリスト :「YAHOO! ニュース」
頻発する旧一万円“聖徳太子”ニセ札事件 ベトナム人グループが偽造紙幣ビジネスにハマる「意外な理由」 :「文春オンライン」
銀行券の偽造防止技術について :「日本銀行」
中国少数民族、臓器摘出の対象か 国連人権専門家らが懸念 :「AFP BB News」
中国で「臓器狩り」横行か。ドナーを数時間で調達する13兆円ビジネスの闇
2021.6.18 :「gooニュース」
【寄稿】悪夢:中国の臓器売買の実態 2021.11.15 :「WALL STREET JOURNAL」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』 講談社+α文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊