「小説 野性時代」(2017年4月号~2018年5月号)に連載された後、加筆修正を経て、2019年1月に単行本が刊行された。
この小説の興味深い点は、捜査する場所が海外、それもアフガニスタン・イスラム共和国のゴタール市を舞台とすること。カブール市内で日本人3人が殺害され、隣りのテーブルに居たフランス人ジャーナリスト1人も銃弾を受けて死亡した。殺害された日本人全員がODA(政府開発援助)関係の仕事で滞在する開発コンサルタント会社グローブ・コンサルタンツの社員だった。三宅和則、多田重治、奥山敬吾。三宅はODA関連の仕事で現地に駐在する各社の人々からも信頼されている人物だった。実質的な内戦状態にあるアフガニスタンでは、タリバーンを始めとする反政府組織による外国人へのテロ行為は日常茶飯事の状態である。地元警察の捜査は進展の気配が見えない。
そこで、日本政府は、殺害された3人の居住地が東京都内であったため、警視庁の警察官が現地に派遣された。派遣されたのは警視庁公安部外事三課第三係長沢木隆司警部補と彼の部下3名。外事三課は国際テロを担当する部署。そして、捜査第一課強行犯捜査・殺人犯捜査第五係主任の中原暁子と部下2名。刑事部と公安部が合同で犯人の究明に臨むことになる。現地において、彼等には直接の捜査権がないので、出来ることは現地在住日本人に対する聞き取り行為程度である。捜査は現地警察に要請する形になる。できることは捜査に対するアドバイザー的役割に留まる。
そこに東京地方検察庁特別捜査部特殊直告班に所属する芦名誠一検事と部下1名が遅れて加わる。第1章は、芦名らがカブール国際空港に到着する場面から始まる。
芦名が現地に赴いたきっかけは、日本の週刊誌のスクープ記事が原因だった。CIAが把握した情報だとして、3人の日本人殺害の背後に、日本の与党の大物政治家の暗躍があると報じたのだ。一方、官邸からの内々の指示を受け、検察上層部からは、この殺害の背景にはODAを巡る贈収賄疑惑が関わると伝えられる。芦名はこれを国策捜査と理解した。
その結果、アフガニスタンで自由に行動し捜査することができない状況下で、三宅ら3人が殺害された真相の究明のために協力関係を結ぶ。芦名検事をリーダーにして、殺人事件の視点で取り組む刑事部の中原と、国際テロ事件の視点で取り組む公安部の沢木が協力し合う。日本国内ではほぼありえない状況が生まれて行く。
中原は現地に在住する日本人を対象にして三宅らに関する情報の聞き込みに努める。沢木は現地に置かれた日本大使館の町田一等書記官とのコンタクトを密にしながら、現地でテロ絡みの情報収集に当たる。
現地では、町田の紹介を受けて、自己防衛のための防弾車と警護役の紹介を受けていた。カブール市内での移動も、防弾車で銃を携えた警護役に守られて移動する状態なのだ。
芦名が到着した後、大使館の宮脇大使の招待で大使館内で夕食会が開かれる。今回の事件に関わる情報交換が行われ、そこからいくつかの重要な疑念が明らかになる。宮脇大使と芦名と対話から、いくつかのことがわかる。
*三宅が1ヵ月ほど前に、復興支援の現地フィージビリティ調査に関して納得のいかない点があると疑念を抱いていたこと。
三宅が経験と情報を活かし、能力の高い業者を推薦しても、バハマに本社がある特定の業者に指名が決まるという事実。だがその仕事は杜撰で、三宅たちが再調査することになるということ。
*発注元はJICAであるが、仕事はグローブ・コンサルタンツに丸投げという実態
*バハマに本社を置く会社は、業界筋の噂では、現与党総務会長竹中将一氏の甥で、畑山弘昭の会社らしいという。竹中は外務官僚出身で、外務大臣を経験し党内では典型的な外交族とみられている。竹中氏は外務官僚の時、一貫してODA畑を歩んできたエキスパートであること。
*畑山の会社から竹中氏の政党支部に裏献金が行われている可能性が考えられる。
*以前から外務省内では国が策定したODA予算には裏金が存在すると囁かれてきた。
*三宅らが殺害される1ヵ月ほど前に、駐アフガニスタンの米国大使から、竹中氏がパキスタンのイスラマバードで、かつてアフガニスタンの北部同盟の一派を率いていたアフマド・アミーンという司令官と密会していたという情報を得た。それはCIA情報と思われること。その密会は竹中氏が南アジア諸国視察歴訪の途中のことだという。
芦名が己の位置づけについて国策捜査のニュアンスを感じると言い、「その裏金システムを利用した潤沢な資金で、竹中氏は現首相の地位を脅かすほどの力を蓄えてきている。その芽を摘もうという思惑が官邸サイドにあると考えてよさそうですね」(p52)と言えば、宮脇大使はそれに同調した。宮脇は、政治資金規正法の抜け道として政党支部へ献金するという受け皿の存在を指摘した。政党支部の代表はすべて政治家個人であると。この迂回献金という手法を使えば、ODAに絡む巨額なダークマネーが、事実上のマネーロンダリングにもなるだろうと。
中原は芦名に判明したことを伝えた。殺害された三宅の部屋に犯行直後、誰かが侵入した可能性があること。会社側は三宅が愛用していたノートパソコンがないと指摘した。地元警察は事件直後の室内写真記録の確認によりともともと部屋になかったと回答。一方、殺害前夜には会社にメールがとどいており、パソコンを使用していたはずだと会社側は主張していると。
芦名はJICA(国際協力機構)のオフィスを訪ね、聞き込み捜査をする。岩間所長からマザーリシャリフにあるJICA連絡事務所を介して、アミーン司令官との面会をつないでもらう。アミーン司令官に面談して、芦名なりに人物の感触を捉えようと試みる。 芦名は沢木と部下の秋田を同行させ、カブールからマザーリシャリフへ移動することになる。内戦状態が続く中での移動はスリリングさを含めて描写されていく。秋田がちょっと道化役的な位置づけで描かれていき、息抜き的要素にもなりおもしろい。
マザーリシャリフでは、UFP通信アンカラ支局副支局長の北島勉が芦名に接触してくる。北島は三宅の高校時代のクラスメートであり、三宅が殺害される1週間前、相談を受けていて、仕事の都合で三宅が殺された翌日に会う予定だったこと。北島は三宅から、竹中将一氏がODA予算の一部を裏金化し、それが政界に一部還流している証拠となる資料を受け取ることになっていたという。この時から、芦名らと北島との連携による事実究明が進展していく。当面北島はマザーリシャリフを拠点にアミーン司令官の周辺状況を監視するという。
沢木は公安部の管理官に捜査結果を報告している。カブールに帰途後、沢木は『ゼロ』の担当者からアメリカ大使館の商務担当書記官コリン・スミスに接触せよという指示を受ける。コリン・スミスはCIAの職員だという。
三宅らの殺害者が誰かは分からないながら、それがODA資金を利用した裏金ルートの構築と政治家たちへの資金還流を背景としているという核心が見えて来る。
ここから実質的にストーリーが進展していく。この捜査のまどろっこしいところは、舞台がアフガニスタンという国であり、捜査権を行使できない状況に置かれていること。また、常に外国人として身の安全を警戒しながら行動しなければならない状況にある。
一方で、複雑な構図が幾重にも重ねられているおもしろさがある。箇条書きでその構図をご紹介しておこう。
1.アフガ二スタン国内は内戦状態にあり、政権を奪取の確執が進展している。
現在は在野に居るアミーン司令官は政権奪取を虎視眈々と狙う一人。資金確保は必須
2.芦名への捜査指示がどこから出たのか。それは日本の政権与党の勢力構図と関わる。
発信元が想定する国策捜査の狙いは何なのか。三宅らの殺害を誰が教唆したのか。
3.CIAのエージェントであるコリン・スミスはどのような立ち位置で関与しているか
アメリカの権益優先は間違いないが、それがどのように関係するのか。
4.公安部内の『ゼロ』はどのような意図を抱いているのか。
5,芦名は己の立場を国策捜査と理解しているが、ODAの裏金ルートの壊滅と関係者の
一網打尽を為し遂げたいと策を練る。中途半端な段階で指揮権発動がなされる懸念を
極力回避して、検事の立場を貫きたいスタンスで臨む。
6.中原は、あくまで原点である三宅ら3人を殺害した犯人の究明を第一目標とする。
7.UFP通信の北島はあくまでジャーナリストとして、大スクープを狙いたい立場。
芦名に極力協力し、三宅らの殺害犯の逮捕を成就させたい思いもまた強い。
8.川村清昭外務副大臣のアフガニスタン訪問。ODA関連等視察と政府要人との会談
そんな予定が組まれてくる。川村もまた外務省出身の政治家だった。その狙いは?
芦名、沢木、中原の3人が核となりながら、アフガニスタンという危険地帯において、制約された状況下で捜査する。関連情報と証拠が累積される過程で芦名の捜査の読みは、二転三転していく。この推移が読ませどころになる。
そして、最終ステージは東京が舞台となる。芦名は秘策を練っていく。事態は意外な展開へと動き出す。本書をお楽しみいただきたい。
最後に、本書には思い切った記述が散見できる。いくつか引用しご紹介しておこう。本書への興味が湧くかもしれない。
*途上国支援という美名に対しては、一般国民の感情としてなかなか反論はしぬくい。その大義名分を隠れ蓑に、政治家が国家の富を収奪する。日本のODAがそんな装置と化しているなら、一度破壊する以外に再生の道はない。 p375
*いわゆる司法取引とは異なるが、訴状の内容や求刑の際の刑期を考慮することで、結果的に公判での求刑を軽くするような駆け引きは検察の現場では珍しいことではない。p411
*「そんな政治を、我々は変えたいんです。その思いは、先生も同じだと思います」
「無理だよ、無理。そんなことはおれがいちばんよくわかっている。政治家なんて、まともな人間がやる商売じゃない。言ってみりゃ、みんな犯罪者みたいなもんだ。そのなかで、けっきょくおれが貧乏くじを引かされたってことだよ」
「三権分立なんて絵空事で、この国の官邸は事実上の治外法権なんだよ。警察はその直轄だし、検察だって法務省の一機関で、裁判所だって似たようなものだ。反権力を売り物にするマスコミだって、根っこはしっかり握られている。官房機密費の使い道を、あんたたちだって知らないわけじゃないだろう」 p434
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、背景情報をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
ODA(政府開発援助) :「外務省」
ODA アフガニスタン
日本のODAプロジェクト アフガニスタン 無償資金協力
JICA 独立行政法人 国際協力機構 ホームページ
アフガニスタン・イスラム共和国 :「外務省」
アフガニスタン :ウィキペディア
アフガニスタン :「PSIA 公安調査庁」
タリバン復権から1年 アフガニスタン各地をBBC特派員が取材:「BBC NEWS JAPAN」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『転生 越境捜査』 双葉文庫
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册
この小説の興味深い点は、捜査する場所が海外、それもアフガニスタン・イスラム共和国のゴタール市を舞台とすること。カブール市内で日本人3人が殺害され、隣りのテーブルに居たフランス人ジャーナリスト1人も銃弾を受けて死亡した。殺害された日本人全員がODA(政府開発援助)関係の仕事で滞在する開発コンサルタント会社グローブ・コンサルタンツの社員だった。三宅和則、多田重治、奥山敬吾。三宅はODA関連の仕事で現地に駐在する各社の人々からも信頼されている人物だった。実質的な内戦状態にあるアフガニスタンでは、タリバーンを始めとする反政府組織による外国人へのテロ行為は日常茶飯事の状態である。地元警察の捜査は進展の気配が見えない。
そこで、日本政府は、殺害された3人の居住地が東京都内であったため、警視庁の警察官が現地に派遣された。派遣されたのは警視庁公安部外事三課第三係長沢木隆司警部補と彼の部下3名。外事三課は国際テロを担当する部署。そして、捜査第一課強行犯捜査・殺人犯捜査第五係主任の中原暁子と部下2名。刑事部と公安部が合同で犯人の究明に臨むことになる。現地において、彼等には直接の捜査権がないので、出来ることは現地在住日本人に対する聞き取り行為程度である。捜査は現地警察に要請する形になる。できることは捜査に対するアドバイザー的役割に留まる。
そこに東京地方検察庁特別捜査部特殊直告班に所属する芦名誠一検事と部下1名が遅れて加わる。第1章は、芦名らがカブール国際空港に到着する場面から始まる。
芦名が現地に赴いたきっかけは、日本の週刊誌のスクープ記事が原因だった。CIAが把握した情報だとして、3人の日本人殺害の背後に、日本の与党の大物政治家の暗躍があると報じたのだ。一方、官邸からの内々の指示を受け、検察上層部からは、この殺害の背景にはODAを巡る贈収賄疑惑が関わると伝えられる。芦名はこれを国策捜査と理解した。
その結果、アフガニスタンで自由に行動し捜査することができない状況下で、三宅ら3人が殺害された真相の究明のために協力関係を結ぶ。芦名検事をリーダーにして、殺人事件の視点で取り組む刑事部の中原と、国際テロ事件の視点で取り組む公安部の沢木が協力し合う。日本国内ではほぼありえない状況が生まれて行く。
中原は現地に在住する日本人を対象にして三宅らに関する情報の聞き込みに努める。沢木は現地に置かれた日本大使館の町田一等書記官とのコンタクトを密にしながら、現地でテロ絡みの情報収集に当たる。
現地では、町田の紹介を受けて、自己防衛のための防弾車と警護役の紹介を受けていた。カブール市内での移動も、防弾車で銃を携えた警護役に守られて移動する状態なのだ。
芦名が到着した後、大使館の宮脇大使の招待で大使館内で夕食会が開かれる。今回の事件に関わる情報交換が行われ、そこからいくつかの重要な疑念が明らかになる。宮脇大使と芦名と対話から、いくつかのことがわかる。
*三宅が1ヵ月ほど前に、復興支援の現地フィージビリティ調査に関して納得のいかない点があると疑念を抱いていたこと。
三宅が経験と情報を活かし、能力の高い業者を推薦しても、バハマに本社がある特定の業者に指名が決まるという事実。だがその仕事は杜撰で、三宅たちが再調査することになるということ。
*発注元はJICAであるが、仕事はグローブ・コンサルタンツに丸投げという実態
*バハマに本社を置く会社は、業界筋の噂では、現与党総務会長竹中将一氏の甥で、畑山弘昭の会社らしいという。竹中は外務官僚出身で、外務大臣を経験し党内では典型的な外交族とみられている。竹中氏は外務官僚の時、一貫してODA畑を歩んできたエキスパートであること。
*畑山の会社から竹中氏の政党支部に裏献金が行われている可能性が考えられる。
*以前から外務省内では国が策定したODA予算には裏金が存在すると囁かれてきた。
*三宅らが殺害される1ヵ月ほど前に、駐アフガニスタンの米国大使から、竹中氏がパキスタンのイスラマバードで、かつてアフガニスタンの北部同盟の一派を率いていたアフマド・アミーンという司令官と密会していたという情報を得た。それはCIA情報と思われること。その密会は竹中氏が南アジア諸国視察歴訪の途中のことだという。
芦名が己の位置づけについて国策捜査のニュアンスを感じると言い、「その裏金システムを利用した潤沢な資金で、竹中氏は現首相の地位を脅かすほどの力を蓄えてきている。その芽を摘もうという思惑が官邸サイドにあると考えてよさそうですね」(p52)と言えば、宮脇大使はそれに同調した。宮脇は、政治資金規正法の抜け道として政党支部へ献金するという受け皿の存在を指摘した。政党支部の代表はすべて政治家個人であると。この迂回献金という手法を使えば、ODAに絡む巨額なダークマネーが、事実上のマネーロンダリングにもなるだろうと。
中原は芦名に判明したことを伝えた。殺害された三宅の部屋に犯行直後、誰かが侵入した可能性があること。会社側は三宅が愛用していたノートパソコンがないと指摘した。地元警察は事件直後の室内写真記録の確認によりともともと部屋になかったと回答。一方、殺害前夜には会社にメールがとどいており、パソコンを使用していたはずだと会社側は主張していると。
芦名はJICA(国際協力機構)のオフィスを訪ね、聞き込み捜査をする。岩間所長からマザーリシャリフにあるJICA連絡事務所を介して、アミーン司令官との面会をつないでもらう。アミーン司令官に面談して、芦名なりに人物の感触を捉えようと試みる。 芦名は沢木と部下の秋田を同行させ、カブールからマザーリシャリフへ移動することになる。内戦状態が続く中での移動はスリリングさを含めて描写されていく。秋田がちょっと道化役的な位置づけで描かれていき、息抜き的要素にもなりおもしろい。
マザーリシャリフでは、UFP通信アンカラ支局副支局長の北島勉が芦名に接触してくる。北島は三宅の高校時代のクラスメートであり、三宅が殺害される1週間前、相談を受けていて、仕事の都合で三宅が殺された翌日に会う予定だったこと。北島は三宅から、竹中将一氏がODA予算の一部を裏金化し、それが政界に一部還流している証拠となる資料を受け取ることになっていたという。この時から、芦名らと北島との連携による事実究明が進展していく。当面北島はマザーリシャリフを拠点にアミーン司令官の周辺状況を監視するという。
沢木は公安部の管理官に捜査結果を報告している。カブールに帰途後、沢木は『ゼロ』の担当者からアメリカ大使館の商務担当書記官コリン・スミスに接触せよという指示を受ける。コリン・スミスはCIAの職員だという。
三宅らの殺害者が誰かは分からないながら、それがODA資金を利用した裏金ルートの構築と政治家たちへの資金還流を背景としているという核心が見えて来る。
ここから実質的にストーリーが進展していく。この捜査のまどろっこしいところは、舞台がアフガニスタンという国であり、捜査権を行使できない状況に置かれていること。また、常に外国人として身の安全を警戒しながら行動しなければならない状況にある。
一方で、複雑な構図が幾重にも重ねられているおもしろさがある。箇条書きでその構図をご紹介しておこう。
1.アフガ二スタン国内は内戦状態にあり、政権を奪取の確執が進展している。
現在は在野に居るアミーン司令官は政権奪取を虎視眈々と狙う一人。資金確保は必須
2.芦名への捜査指示がどこから出たのか。それは日本の政権与党の勢力構図と関わる。
発信元が想定する国策捜査の狙いは何なのか。三宅らの殺害を誰が教唆したのか。
3.CIAのエージェントであるコリン・スミスはどのような立ち位置で関与しているか
アメリカの権益優先は間違いないが、それがどのように関係するのか。
4.公安部内の『ゼロ』はどのような意図を抱いているのか。
5,芦名は己の立場を国策捜査と理解しているが、ODAの裏金ルートの壊滅と関係者の
一網打尽を為し遂げたいと策を練る。中途半端な段階で指揮権発動がなされる懸念を
極力回避して、検事の立場を貫きたいスタンスで臨む。
6.中原は、あくまで原点である三宅ら3人を殺害した犯人の究明を第一目標とする。
7.UFP通信の北島はあくまでジャーナリストとして、大スクープを狙いたい立場。
芦名に極力協力し、三宅らの殺害犯の逮捕を成就させたい思いもまた強い。
8.川村清昭外務副大臣のアフガニスタン訪問。ODA関連等視察と政府要人との会談
そんな予定が組まれてくる。川村もまた外務省出身の政治家だった。その狙いは?
芦名、沢木、中原の3人が核となりながら、アフガニスタンという危険地帯において、制約された状況下で捜査する。関連情報と証拠が累積される過程で芦名の捜査の読みは、二転三転していく。この推移が読ませどころになる。
そして、最終ステージは東京が舞台となる。芦名は秘策を練っていく。事態は意外な展開へと動き出す。本書をお楽しみいただきたい。
最後に、本書には思い切った記述が散見できる。いくつか引用しご紹介しておこう。本書への興味が湧くかもしれない。
*途上国支援という美名に対しては、一般国民の感情としてなかなか反論はしぬくい。その大義名分を隠れ蓑に、政治家が国家の富を収奪する。日本のODAがそんな装置と化しているなら、一度破壊する以外に再生の道はない。 p375
*いわゆる司法取引とは異なるが、訴状の内容や求刑の際の刑期を考慮することで、結果的に公判での求刑を軽くするような駆け引きは検察の現場では珍しいことではない。p411
*「そんな政治を、我々は変えたいんです。その思いは、先生も同じだと思います」
「無理だよ、無理。そんなことはおれがいちばんよくわかっている。政治家なんて、まともな人間がやる商売じゃない。言ってみりゃ、みんな犯罪者みたいなもんだ。そのなかで、けっきょくおれが貧乏くじを引かされたってことだよ」
「三権分立なんて絵空事で、この国の官邸は事実上の治外法権なんだよ。警察はその直轄だし、検察だって法務省の一機関で、裁判所だって似たようなものだ。反権力を売り物にするマスコミだって、根っこはしっかり握られている。官房機密費の使い道を、あんたたちだって知らないわけじゃないだろう」 p434
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、背景情報をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
ODA(政府開発援助) :「外務省」
ODA アフガニスタン
日本のODAプロジェクト アフガニスタン 無償資金協力
JICA 独立行政法人 国際協力機構 ホームページ
アフガニスタン・イスラム共和国 :「外務省」
アフガニスタン :ウィキペディア
アフガニスタン :「PSIA 公安調査庁」
タリバン復権から1年 アフガニスタン各地をBBC特派員が取材:「BBC NEWS JAPAN」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『転生 越境捜査』 双葉文庫
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册