遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『漂泊 警視庁失踪課・高城賢吾』   堂場瞬一   中公文庫

2022-11-02 21:49:32 | レビュー
 高城賢吾シリーズの第4弾、書き下ろし長編。2010年2月に文庫本として刊行された。

 一仕事を終え、高城が明神・醍醐と祝杯をあげた帰路、ビル火災に遭遇する。バックドラフトに捲き込まれて明神愛美が負傷した。醍醐は消防に連絡するとともに、高城の指示で、即座に現場付近の交通整理にかかり、パニック状況の発生防止の対処をし始める。
 火事現場はビル1階のスナック「ブルー」。バックドラフトはそこで発生した。現場には死体が2つ。一人はスナックのマスター、高嶋尚人。もう一人は身元不明。背中には刃物の刺し傷が発見された。高城は渋谷中央署の刑事課長に手伝うと告げた。捜査一課捜査班の長野がこの事件を扱うことになり、高城は長野に協力する。身元不明の被害者について捜査に取り組むことに。
 入院中の明神愛美は、見舞いに訪れた高城の説明に対し、その身元不明者について、最近見たか聞いたかした記憶があるが思いだせないと言う。
 身元不明者が身に着けていたミリタリー系ファッションのネックレスを契機に、最近相談を受けた作家・藤島憲ではないかという可能性が浮上する。

 藤島憲の妹と担当編集者が失踪課を訪ねてきていた。その担当編集者井村によるネックレスについての証言と鑑識課の調べで、ネックレスは藤島憲のものと確定される。だが、それを身につけていた身元不明者が同一人との証拠は出て来ない。
 一方、部下森田の調べから藤島憲が銀行口座を解約し、5000万円を超える預金を全額引き出し、クレジットカードも解約していた事実が判明する。
 高城には疑問が残る。疑問点その一。藤島はなぜ失踪しようとしたのか。疑問点その二。あまりにも徹底し過ぎている。疑問点その三。逃げ出したとしたら、どうして家の近くにいたのか。高城には筋が通らない。先の読めない捜査にどう取り組めば良いのか。
 分室室長の阿比留真弓は掴んだ情報を捜査本部に報告し、失踪課は手を引けばよいと方向付けようとする。が、逆に高城は引き下がれない思いが強くなる。
 高城は原点に戻り、失踪課に届の出された藤島憲について、彼の借りていた部屋を捜査することから始めていく。藤島の部屋は、スナック「ブルー」まで歩いて10分ほどの距離なのだ。それ故高城には筋が通らない感覚が生まれる。

 地道な捜査の繰り返しが始まって行く。作家藤島と関係のある人間への聞き込み捜査。藤島の妹への聞き込みと兄・憲に関わる資料類の借用。藤島の同級生への聞き込み・・・・。
 今回、ちょっとおもしろいのは、長野の許に、北海道警から短期出向の形で井形はなと称する女性警察官が研修に来ていて、この殺人事件の捜査本部に加わっていることである。彼女は感情の動きを見せないタイプ。捜査の過程で、高城とはなとの関わりが深まっていく。論理的な思考の片鱗を覗かせ、プロファイリングによる発言もしっかりと行う警察官なのだ。
 
 少しずつ、藤島の過去についての情報が形を成していく。作家藤島の過去の姿が見え始める。さらにある女性の名が浮かび出てくる。それらが失踪とどう結びつくのか・・・・。
 失踪課の捜査活動による捜査事実の積み上げの盛夏が、捜査一課の担当する殺人事件捜査本部に統合されていくという流れがおもしろい。実質、失踪課の高城らが殺人事件を解決する主体になる。
 失踪した作家藤島憲の心理と行動、それが「漂泊」というタイトルの言葉に表象されているように思う。
 作家の創作と出版業界を背景に、人間の弱さと欲望が絡まり合い生み出された過ちが織りなされていく。

 ストーリーの最後は取調室の場面、そこでの会話となっている。ここが読ませどころ!なぜ火事と殺人事件が起こったのかが凝縮されているのだから。高城の思いが吐露されている。

 最後に、背景となる出版業界に関わる興味深い記述を引用しておこう。
*小説っていうのはそんなに量産できるものじゃないんですね。しかも売れないと、他の会社は「使ってみよう」という気にはならない。残念ですけど、それが現実なんです。売れないために、優秀な作家さんがどれだけ消えていったか・・・・いい小説と売れる小説は別だったりしますしね。  p86
*卓越した発想力や文章力があっても、苦手なジャンルを無理に書いているせいで失敗している人は結構多いんですよ。特に純文系の作家さんに多いかな。 p87
*書く人間の苦しみなんか、誰も分からないんだ。誰も俺になんか興味を持っていない。原稿を生み出す機械だとしか見ていない。  p416
*アイデアに著作権はないというのが、概ねの傾向だから。  p430

 こんな一文も印象深い。「一人の人間が取れる責任の範囲内であっても、人は往々にして責任を放棄する」 p438

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『邂逅 警視庁失踪課・高城賢吾』   中公文庫
『相剋 警視庁失踪課・高城賢吾』   中公文庫
『蝕罪 警視庁失踪課・高城賢吾』   中公文庫
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