万能鑑定士Qの各種シリーズを読み継いだが、本書は未読だった。文庫本の帯には、「10周年記念完全新作」と銘打たれている。「人の死なないミステリ元祖&決定版!!」とも。また、文庫本カバー裏表紙には、「シリーズ最後にして最初、最大の事件に挑む!」とある。文庫書き下ろしで、令和2年(2020)7月に刊行された。
神楽坂の外堀通り寄りに凜田莉子が鑑定の店を2年前に開店したという時点に時を遡って、ストーリーが始まって行く。”万能鑑定士Q”という名称で店をオープンしたのだが、鑑定という仕事に自信をなくしていた莉子は、看板に記した鑑定士の「士」という語にシールを貼り、当面は”万能鑑定Q”の看板でやっていこうと、落ち込んでいる。チープグッズで働く富田夏鈴に「だって、鑑定士だなんて・・・・。ちゃんと資格があるわけでもないし。ほんとはできれば万能もとっちゃいたいんですけど」(p12)と答える位に、心理的苦境にいた。そんな時期があったということが、このはじまり。
莉子の苦境時期に焦点を当て、もがきながらもその苦境を脱出していく莉子を描く。莉子が万能鑑定士Qという看板を背負っていく心機一転への契機となった事件が明らかにされていく。
その事件とは何か?
東京都生活文化局文化振興部の芸術文化活動支援課長鵜澤隆仁が突然に莉子の店に訪ねてきた。鵜澤は開口一番「凜田先生。バンクシーについてご存知ですか」と尋ねる場面から始まる。鵜澤は、都の所有物である品川の防潮扉に描かれていたステンシル画が発見されたこと、そのステンシル画がバンクシー作かどうかの真贋を鑑定してほしいと莉子に頼みこむ。
余談だが、少し触れておこう。バンクシーについてネット検索してみたら、現時点で一番ホットなニュースに出会った。「ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認」(2022.11.15報道)というCNNのニュース。その前に、1壁画のYouTubeや記事がいくつか公開されたいるのも見つけた。末尾の「補遺」をご覧いただきたい。
一方、「縦1メートル・横50センチメートルほどのスペースに、鞄と傘を手にして空を見上げるネズミが描かれた絵で、東京都港区・東京臨海新交通臨海線日の出駅付近にある東京都が所有する防潮扉に描かれていた」(ウィキペディア、「バンクシー作品らしきネズミの絵」)というのも事実。2018年12月に通報があり、翌2019年にかけて関東圏では大きく取り上げられていたようだ。こちらの報道は関西在住の故か当時その報道に気づかなかった。
元に戻ろう。
本書は2020年7月刊行なので、著者は一つの経緯を見せた東京都でのこのホットな話題をうまく題材に取り入れて本書のネタにしている。バンクシーは一過性のものでなく、継続的に世界で話題になっている点を踏まえると、実にタイムリーで巧みな構想に持ち込んでいたといえる。
莉子は強引に鵜澤に頼み込まれ、都庁において保管されている現物を鑑定する羽目になる。現物はネズミの描かれた鉄板。鑑定の直後に、予め準備されていた記者会見の場で莉子は鑑定結果の意見を述べさせられることに。この急展開がストーリーの最初のピークになるのだからおもしろい。読者を惹きつけるのが実にうまいと思う。
この記者会見の場には、ニューヨークで画商を営むと自己紹介する50歳前後のパーシヴァル・ラングリッジが登場する。バンクシーの作品を手がけている画商である。彼が要所要所にバンクシー作品絡みで登場してくる。おもしろい絡み役というところ。
さらに、ラングリッジの発言に、グアムから来ているという30代前半のカミロ・アドモがボランティアで、その場の通訳を買って出た。
この小説で、読者はバンクシーの行動と作品の成り立ちについて興味を抱くことになることと思う。
このアドモは熱海美術レプリ館館長笹岡苗美の同伴者として記者会見の場に居た。苗美はこの記者会見に参加する資格を持っていたのだ。アドモはグアムで通訳ガイドをしていて苗美に見込まれたそうだ。休暇で来日し、苗美の世話になる一方手助けをしているという。
莉子は苗美から、熱海美術レプリ館が所有する作品の査定を依頼される。莉子は熱海に出かけていくことに・・・・。そこで、莉子はもしかしてゴッホと感じる大きな作品を目にする。これがのちのち、新たな問題を引き起こしていく。
ゆっくりとその作品を鑑定する時間もなく、夏鈴からの電話で莉子は東京に戻らねばならなくなる。トンボ帰りして、夏鈴が手こずっていた件落着させる。このエピソードもおもしろい。
その直後にラングリッジが莉子に海外からの言伝だとUSBメモリーを持参する。それが、莉子を急遽、グァム島のラブリエントホテル・グァムに赴かせることに。ホテルの催事担当部長のクインシー・プレストンからの鑑定依頼だった。それはOOPARTSと称する特別展示企画展に絡んでいた。だが、その会場で莉子は「漢委奴国王印」を目に止める。なんと、莉子はこれを本物と直感したのだ。
そんなはずはない。本物は福岡市博物館に所蔵されているはず。莉子はグァムから博物館にコンタクトを取ってみた。これが契機で、金印がすり替えられているという事件が発覚する。一方、ホテルの展示品として見た金印は莉子が正確な鑑定を試みる前に、盗難に遭うという事態に・・・・。金印の行方が混迷していく。
このストーリー、バンクシー作品問題とゴッホの絵の真贋問題、「漢委奴国王印」の金印すり替え/盗難事件が三つ巴となって、状況が進行していくことになる。
当面は金印のすり替え/盗難の事件の謎を解明するための行動が軸となって進行することに・・・・。奇しくもゴッホの作品真贋問題と接点が生まれてくるというおもしろい方向に進展していく。
金印に絡んでは、グァム島での警察の捜査と日本国内で莉子が中心となる密かな調査がパラレルに進行していく。グァムで、莉子は偶然にレイ・ヒガシヤマというPI(Private Investigator)に助けられたことが契機で、レイが日本に同行する。彼はグァムでの捜査と日本での隠密裏の調査との仲介を兼ねる立場になる。レイの父もまたPIを職業にしていて、警察に協力する形で事件の捜査に関わっていくからだ。
この作品が読者を惹きつけるおもしろさがいくつかある。
*ストーリーの進展、展開がスピーディである。その中にというかその上に、ちょっとしたエピソードが気分転換のように、織り込まれて行く。読者へのサービス精神(?)が旺盛である。
*全く次元の異なる問題が三つ巴に絡んでいき、それらが巧妙にリンクし収束するとい構想がおもしろい。
バンクシーの作品の描法視点から真贋判断をするアプローチへの興味・関心
金印がどのようにすり替え可能だったかの謎解明と本物の捜査プロセス。周辺問題。
ゴッホの作品の真贋鑑定前に作品が消える。盗難方法の謎解明と追跡捜査の進展
*夏鈴とレイの激励・助言で莉子が鑑定士としての自信を取り戻していくプロセス
レイが重要な助言を莉子にする。「いったろ。頭に詰めこんだ知識だけを頼りに、古美術品の前に座って結論をだすだけが鑑定家じゃないよ。というより、鑑定家はそんあものだって誰がきめた? きみはきみの特性を生かした鑑定家になるべきだ。まっさらな心で真実と向き合い、どこへでもでかけていって情報をかき集める。固定観念を排した鑑定をおこなえばいい」(p239)
ほかにも莉子への良い助言がある。それらが、後の莉子の万能鑑定士としての礎になるということなのだろう。シリーズ全体にうまくリンクしている。
*解明しがたき謎を抱え続ける研究者の立場、心の葛藤の視点も盛り込んでいること。
*レイが莉子に淡い思いを感じはじめる側面を織り込んでいるところも楽しい。
実におもしろい作品。一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認 2022.11.15 :「CNN style」
ウクライナの破壊された建物にバンクシー新作、がれきの中で体操選手が逆立ち :「BBC NEWS JAPAN」
バンクシー作品 ウクライナに 砲撃で崩れた建物に FNN 2022.11.13 YouTube
「バンクシー」虐殺の街に・・・・[解放]ヘルソン州都を奪還 住民の喜び爆発 2022.11.12 :「テレ朝 news」
バンクシー :ウィキペディア
バンクシー作品らしきネズミの絵 :ウィキペディア
金印 :「福岡市博物館」
漢委奴国王印 :ウィキペディア
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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅲ クローズド・サークル』 角川書店
『千里眼の死角 完全版』 角川文庫
『小説家になって億を稼ごう』 松岡圭祐 新潮新書
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫
松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 総計45冊 2022.9.27時点
神楽坂の外堀通り寄りに凜田莉子が鑑定の店を2年前に開店したという時点に時を遡って、ストーリーが始まって行く。”万能鑑定士Q”という名称で店をオープンしたのだが、鑑定という仕事に自信をなくしていた莉子は、看板に記した鑑定士の「士」という語にシールを貼り、当面は”万能鑑定Q”の看板でやっていこうと、落ち込んでいる。チープグッズで働く富田夏鈴に「だって、鑑定士だなんて・・・・。ちゃんと資格があるわけでもないし。ほんとはできれば万能もとっちゃいたいんですけど」(p12)と答える位に、心理的苦境にいた。そんな時期があったということが、このはじまり。
莉子の苦境時期に焦点を当て、もがきながらもその苦境を脱出していく莉子を描く。莉子が万能鑑定士Qという看板を背負っていく心機一転への契機となった事件が明らかにされていく。
その事件とは何か?
東京都生活文化局文化振興部の芸術文化活動支援課長鵜澤隆仁が突然に莉子の店に訪ねてきた。鵜澤は開口一番「凜田先生。バンクシーについてご存知ですか」と尋ねる場面から始まる。鵜澤は、都の所有物である品川の防潮扉に描かれていたステンシル画が発見されたこと、そのステンシル画がバンクシー作かどうかの真贋を鑑定してほしいと莉子に頼みこむ。
余談だが、少し触れておこう。バンクシーについてネット検索してみたら、現時点で一番ホットなニュースに出会った。「ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認」(2022.11.15報道)というCNNのニュース。その前に、1壁画のYouTubeや記事がいくつか公開されたいるのも見つけた。末尾の「補遺」をご覧いただきたい。
一方、「縦1メートル・横50センチメートルほどのスペースに、鞄と傘を手にして空を見上げるネズミが描かれた絵で、東京都港区・東京臨海新交通臨海線日の出駅付近にある東京都が所有する防潮扉に描かれていた」(ウィキペディア、「バンクシー作品らしきネズミの絵」)というのも事実。2018年12月に通報があり、翌2019年にかけて関東圏では大きく取り上げられていたようだ。こちらの報道は関西在住の故か当時その報道に気づかなかった。
元に戻ろう。
本書は2020年7月刊行なので、著者は一つの経緯を見せた東京都でのこのホットな話題をうまく題材に取り入れて本書のネタにしている。バンクシーは一過性のものでなく、継続的に世界で話題になっている点を踏まえると、実にタイムリーで巧みな構想に持ち込んでいたといえる。
莉子は強引に鵜澤に頼み込まれ、都庁において保管されている現物を鑑定する羽目になる。現物はネズミの描かれた鉄板。鑑定の直後に、予め準備されていた記者会見の場で莉子は鑑定結果の意見を述べさせられることに。この急展開がストーリーの最初のピークになるのだからおもしろい。読者を惹きつけるのが実にうまいと思う。
この記者会見の場には、ニューヨークで画商を営むと自己紹介する50歳前後のパーシヴァル・ラングリッジが登場する。バンクシーの作品を手がけている画商である。彼が要所要所にバンクシー作品絡みで登場してくる。おもしろい絡み役というところ。
さらに、ラングリッジの発言に、グアムから来ているという30代前半のカミロ・アドモがボランティアで、その場の通訳を買って出た。
この小説で、読者はバンクシーの行動と作品の成り立ちについて興味を抱くことになることと思う。
このアドモは熱海美術レプリ館館長笹岡苗美の同伴者として記者会見の場に居た。苗美はこの記者会見に参加する資格を持っていたのだ。アドモはグアムで通訳ガイドをしていて苗美に見込まれたそうだ。休暇で来日し、苗美の世話になる一方手助けをしているという。
莉子は苗美から、熱海美術レプリ館が所有する作品の査定を依頼される。莉子は熱海に出かけていくことに・・・・。そこで、莉子はもしかしてゴッホと感じる大きな作品を目にする。これがのちのち、新たな問題を引き起こしていく。
ゆっくりとその作品を鑑定する時間もなく、夏鈴からの電話で莉子は東京に戻らねばならなくなる。トンボ帰りして、夏鈴が手こずっていた件落着させる。このエピソードもおもしろい。
その直後にラングリッジが莉子に海外からの言伝だとUSBメモリーを持参する。それが、莉子を急遽、グァム島のラブリエントホテル・グァムに赴かせることに。ホテルの催事担当部長のクインシー・プレストンからの鑑定依頼だった。それはOOPARTSと称する特別展示企画展に絡んでいた。だが、その会場で莉子は「漢委奴国王印」を目に止める。なんと、莉子はこれを本物と直感したのだ。
そんなはずはない。本物は福岡市博物館に所蔵されているはず。莉子はグァムから博物館にコンタクトを取ってみた。これが契機で、金印がすり替えられているという事件が発覚する。一方、ホテルの展示品として見た金印は莉子が正確な鑑定を試みる前に、盗難に遭うという事態に・・・・。金印の行方が混迷していく。
このストーリー、バンクシー作品問題とゴッホの絵の真贋問題、「漢委奴国王印」の金印すり替え/盗難事件が三つ巴となって、状況が進行していくことになる。
当面は金印のすり替え/盗難の事件の謎を解明するための行動が軸となって進行することに・・・・。奇しくもゴッホの作品真贋問題と接点が生まれてくるというおもしろい方向に進展していく。
金印に絡んでは、グァム島での警察の捜査と日本国内で莉子が中心となる密かな調査がパラレルに進行していく。グァムで、莉子は偶然にレイ・ヒガシヤマというPI(Private Investigator)に助けられたことが契機で、レイが日本に同行する。彼はグァムでの捜査と日本での隠密裏の調査との仲介を兼ねる立場になる。レイの父もまたPIを職業にしていて、警察に協力する形で事件の捜査に関わっていくからだ。
この作品が読者を惹きつけるおもしろさがいくつかある。
*ストーリーの進展、展開がスピーディである。その中にというかその上に、ちょっとしたエピソードが気分転換のように、織り込まれて行く。読者へのサービス精神(?)が旺盛である。
*全く次元の異なる問題が三つ巴に絡んでいき、それらが巧妙にリンクし収束するとい構想がおもしろい。
バンクシーの作品の描法視点から真贋判断をするアプローチへの興味・関心
金印がどのようにすり替え可能だったかの謎解明と本物の捜査プロセス。周辺問題。
ゴッホの作品の真贋鑑定前に作品が消える。盗難方法の謎解明と追跡捜査の進展
*夏鈴とレイの激励・助言で莉子が鑑定士としての自信を取り戻していくプロセス
レイが重要な助言を莉子にする。「いったろ。頭に詰めこんだ知識だけを頼りに、古美術品の前に座って結論をだすだけが鑑定家じゃないよ。というより、鑑定家はそんあものだって誰がきめた? きみはきみの特性を生かした鑑定家になるべきだ。まっさらな心で真実と向き合い、どこへでもでかけていって情報をかき集める。固定観念を排した鑑定をおこなえばいい」(p239)
ほかにも莉子への良い助言がある。それらが、後の莉子の万能鑑定士としての礎になるということなのだろう。シリーズ全体にうまくリンクしている。
*解明しがたき謎を抱え続ける研究者の立場、心の葛藤の視点も盛り込んでいること。
*レイが莉子に淡い思いを感じはじめる側面を織り込んでいるところも楽しい。
実におもしろい作品。一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認 2022.11.15 :「CNN style」
ウクライナの破壊された建物にバンクシー新作、がれきの中で体操選手が逆立ち :「BBC NEWS JAPAN」
バンクシー作品 ウクライナに 砲撃で崩れた建物に FNN 2022.11.13 YouTube
「バンクシー」虐殺の街に・・・・[解放]ヘルソン州都を奪還 住民の喜び爆発 2022.11.12 :「テレ朝 news」
バンクシー :ウィキペディア
バンクシー作品らしきネズミの絵 :ウィキペディア
金印 :「福岡市博物館」
漢委奴国王印 :ウィキペディア
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