遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『手足のないチアリーダー』 佐野有美  主婦と生活社

2012-07-17 10:18:50 | レビュー
 「車イスのチアリーダー」として地元マスコミで話題となったそうである。私は詩歌に関連するあるブログで、この本からの引用文を読んだことが本書を読む動機づけとなった。
 本書は、1990年4月6日に「先天性四肢欠損症」で生まれた著者が、生まれた瞬間、
  「オ、オギャー、オギャー」
  生まれたばかりの私を見て、みんな凍りついてしまった。   p10
という瞬間から書き始められ、豊川高校3年でのチアリーディング部『ティアラーズ』が学園祭でラストステージを終えるまで、
  大きな声援と拍手に包まれて、私のチアリーダーに懸けた青春は幕を閉じた。 p165
を書き綴った本である。2009年11月発行。
 一気に読み通してしまった。
 
 先駆的な本としては乙武洋匡著『五体不満足』(1998年10月発行)がある。当時爆発的な評判が涌き起こったせいで、読みそびれてしまった。今、改めて読んで見たくなり、第4部とエピローグの加わった文庫版『五体不満足 完全版』を入手したところだ。 
 本書を読み、過去読んできた大石順教著『無手の法悦』(春秋社)及び星野富弘さんの『愛、深き淵より―筆をくわえて綴った生命の記録』をはじめとする数々の詩画集から受けた感動とは、少し違う相を含めた感動を得た。大石・星野両氏は、健常な身体で生まれ社会生活を過ごしている途中で、想像を絶する形から身体不自由になられるという転機を経た後の生き方を綴られている。逆境への転換の後に、新たな生き方を見出されたその行動に、健常者であることの意味を意識していない己を振り返り、はっと思うところから、感動が広がっていった印象が強烈にある。
 この書では、生まれた瞬間から身体が欠損している存在としての著者がどう生きてきたか、どんな心理変化があったのかという側面に併せて、著者と関わる人々-家族、医者、学校の先生、生徒、生徒の親等-との関係性という面が全体を通して大きな要因になっていて、その総合として感じる感動という想いがある。

 本書は著者のその年齢、その時の行動を中心に描き、そこに著者あるいは周りの人々の気持ち、考えや関わりが書き加えられるというスタイルである。そのため、読みやすくその場面・状況をイメージしやすい。自分がその場にいたら・・・という形で、引き込まれていく部分が在る。
 
 著者の誕生後、「お母さんが現実を受け止めるには、時間がかかるだろう」(p19)という配慮で、『豊橋ひかり乳児院』に預けられたという。乳児院の先生の対応からまず引き込まれる。一時帰宅はあるものの1年半後の退院になる。母の頭に、「自分を信じて、この子の宿命を母の使命に変えて生きていこう!!」(p31)という思いから、「あみを引き取ろうと思うんだけど・・・」という家族への発言になる。親子の生活に慣れたころから、母がさまざまな情報集めの行動を開始する。3歳のときから、肢体不自由児通園施設『豊橋あゆみ学園』に入園。こんな一文がある。
   「まだ体を見られることなど全然気にならなかった。障害があって手足の不自由
   な子もいたし、みんな違っているのが当たり前だったから。」(p39)
 そして、3歳の誕生日後のある夏の日に、
   「ねえ、お母さん・・・・どうして私には手と足がないの?」
   机の下にもぐったまま、ひとり言のようにつぶやいた。 (p43)

 第2章は、あゆみ学園でのこと、母による特訓、義足の訓練などのワンシーンの後に保育園入園の?末が出てくる。障害児保育のある代田保育園への通園。1年間の交流保育を経て、翌年に通常保育となったという。1年間の保育園通園。ありそうなやり取りがやはり交わされている。印象深い言葉が書き込まれている。
  いろいろイヤな経験はたくさんあったけど、いちばん悲しいのは、
  「あの子かわいそう」っていう言葉。
  私は別に、かわいそうでもなんでもないのに--   p68
この言葉、関わり方について、非常に大切なことを含んでいるように思う。
 地元の小学校への入学はまず母親にとり、大きなチャレンジだったらしい。
  母は覚悟を決めて、教育委員会を訪れた。
  「前例がありません」
  「養護学校をお勧めします。そのために養護学校があるんだから!!」  p70
というやり取りからはじまったのだ。やはりそうか!と感じる。親子で養護学校に見学に行ったことも記されている。紆余曲折があるが、最終的には、校長の決断と職員会議での全員賛成を経て、家から一番近い学校、豊川市立桜町小学校入学となる。両親の熱意が関係者を動かしたのだと私は感じる。
 母と小学校の先生の意見が一致した方針は、「なるべく本人ができることは自分でやらせる」(p80)ことだったようだ。そして、6年間、母親が著者の通学に同行し、「母は一日中待機する」ことになる。
 第2章の末尾に、無事に1年生を終えたとき、母が校長先生から賞状を受け取るというエピソードが出てくる。p88-89に表彰状の文面が出てくる。ぜひ、読んでほしい。

 第3章「光と影」には、小学校と中学校での行動エピソードで綴られる。まわりの子が自然に著者の手伝いをしてくれる行動が生じてきたことや、小学校校長の発案で、他学年から母の代わりのボランティアさんのお手伝いの申し出という協力のことも記されている。主に活発で、積極的な行動のエピソード、すごいなと思うエピソードもある。
 小学校時代の記述の中で印象深い文章をご紹介する。
*目に見えないところで気を配ってくれたりお手伝いしてくれる方たちがいなかったら、私はみんなと一緒に学校へは通えなかったと思う。 p97
*あきらめずにやれば、なんでもできるんだ。   p104
*”元気で積極的な子”と”傲慢で気の強い子”の紙一重のところで、私は学校生活を送っていた。 p104
*私の人生には、選ぶ権利なんてない-  
 みんなと一緒に歩む道なんて、絶対に望めないんだ-   p113
 勿論、中学校も母は通学同行、校内での待機である。中学校ではボランティアのお母さんの代わりに、市から派遣されたヘルパーさんの世話があったと記されている。中学校時代のことはあまり記されていない。著者の心理状態として、影のウェイトが大きかった時期だったようだ。クラブ活動の楽しさに触れられているが、「教室ではおとなしい子たちと一緒のグループで目立たないようにしていた」という。
次の一節が印象深い。p119
  勇気を出さなければ、何も変わらない。
  自分がいちばんよくわかっていた。

  でもプラスになったこともあった。
  友だちの気持ちを気づかうことの大切さ。
  思いやりの気持ちを知ることで、悩みを抱えている友だちや、困っている人の
 気持ちが少しでもわかるようになったこと。

  それが私にとって、唯一の救いだった。

 
 第4章は豊川高校入学から卒業直前までのことが記されている。暗かった中学時代、「悩んで悩んで悩み抜いて」、著者は結論を出す。
  どんなときも笑顔でいること。
  オドオドしないで大きな声で話すこと。    p132
ここから、高校時代がスタートするのだ。チアリーディング部に入部したこととそこでの状況を中心に綴られていく。部顧問の加藤先生が著者の母親にハッキリと言ったという言葉がすばらしい。著者は書く。「加藤先生は、私を特別扱いしない。それが逆に心地よかった」(p139)と。そして、著者はチアリーダーとなる。
 母との亀裂の発生、再び襲う孤独感。親友の誘いで初めて乗る電車という冒険。そんなエピソードにも触れられている。
 
 ミーティングの最後での加藤先生の言
 「あみにはもう手足が生えてこない! いずれはひとりで自立していくんだから、
 このまま何も言えずに遠慮してたらダメ!口があるんだから自分の気持ちはハッ
 キリ伝えなさい。あみにはあみにしかできない役目があるでしょ」
 著者あみは思う。
 それが、それが答えだった。
 それが私の生きる術なんだ。          p158
第4章を読み進めてきて、この言の重みがズシ~ンと響いてくる。

 その他に、印象に残る文を引用しよう。
*親友って、ただベタベタしているだけじゃない。苦しいとき、悲しいとき、相手のことを思いやって支え合う。それが本当の友だちだと思う。 p254
*自分が飛び込んでいって、その精神にふれたとき、それこそがチアリーディングの真髄なのだと知った。  p168
*私は神様から、手足の代わりにチアリーダーの精神を授けられて、この世に誕生した。・・・・神様からの届け物、このチアの精神を、この笑顔を、世界中の人に届けよう。それが、きっと私に課せられた運命なのだから-    p168-169
*もし悩んでいる人がいたら、
 私には手がないけど、心の手を差し伸べたい。
 私には足がないけど、真っ先に駆けつけてそばにいてあげたい。
 障害があるからって、強くならなくてもいい。
 ただ、誰にでもやさしくなりたい。      p169
*でもね、ただひとつ願がかなうなら・・・・・
 好きな人と手をつないでぬくもりを感じてみたい、
 そばに寄り添って、自分の足で歩いてみたい-
 ただ、それだけ。              p170


 本書には各所に著者の写真が載っている。笑顔の写真。すごく、明るい。
 「みんなの足元を明るく照らせるような、太陽みたいな笑顔で-」(p169)
 そんな笑顔がいっぱい。私は中でも、第3章末尾の写真、笑顔が好き!

 第4章末尾の一行は、著者の高校卒業までの人生の総括だ。
 著者にしか、その言葉の重みを、真に実感できないだろう。
 だが、人間存在、生きる、人との関わり・・・ その言葉の意味に一歩でも近づきたい。


 最後に、p125に載っている詩を引用しご紹介しよう。
著者の思い、この本の全てがこの詩に凝縮しているのだから・・・・長くなるけど、許していただけるだろう。

     生まれて

 この世に 生まれて後悔なんてない
 この体に 生まれて後悔なんてない

 手足がない 私でも
 人を 好きになったりするの

 歩けなくても
 走れなくても
 手をつなげなくても
 人はみんな心はあるのだから

 いままで 出会った人に
 どれくらいの 感謝をするだろう

 私は 人に助けられ
 人に支えられ
 人に明るい未来が
 あると 教えられたよ

 この世に 生まれなかったら
 この体で 生まれなかったら
 
 こんなに 感謝することは
 なかったと思う

 ありがとう という言葉は
 私の人生を 生きてる証を
 伝えられる言葉

 つまずいたって泣いたって
 私は 自然と笑顔になる

 これからも ずっと笑っていきたい

 私は特別 なんかじゃない
 ふつうの 女の子です


ご一読ありがとうございます。

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