「何するんだよ!」
いきなり両手首を掴まれたと思ったら、急に上半身に荷重がかかり、背中から倒れると同時に私の視界の中は彼だけになった。
弱いルームライトの逆光に、表情は暗く真意を読み取れないけれど、紫の澄んだ光がジッとこちらを見つめている。
押し倒されていることに気づいたのは、そのほんのコンマ数秒後。だけど現状を理解するまで延々と長い時間を要したと思う。
逆光に馴染んできた目が捕らえたそれは、消して怒っているでもなく、笑っているでもない。ただ穏やかな表情と、それに似合わぬこの状況を作り出した彼に、戸惑う以外何ができよう。
そして彼は声まで穏やかなまま、こう答えた。
「『何』って…決まっているじゃない。こうしたかったんだから。」
「―――っ!?」
息が詰まる。問いただしたのは私だが、淡々と返してきた答えが突拍子もなくって、私は目を見開き、驚きと戸惑う以外に何もできなかった…
***
さかのぼること数日―――
ユウナとの挙式が執り行われるはずだったハウメアの神殿に、突然飛来したフリーダム。そして捕らわれた私はそのままAAに連れていかれた。
代表首長を誘拐した事の重大さ、いや、それ以上に私の決意を否定されたことを散々当たり散らしたが、それを「馬鹿な事」と一蹴したのはキラだった。
彼の言い分は、おそらくAA…いや、オーブに関係する者皆の総意に違いない。しかしその時の私にそれを受け入れられる余裕はまるでなかった。自分一人で立ちまわることもできず、代表としていかに非力だったのか、そこを詰られているようで、そんな私はただ駄々をこねた子供のように泣きじゃくるしか術がなかった。
そんな私を見て、キラは私がアスランに返すように伝え預けた指輪を握らせてくれた。
「今まで助けてあげられなくって、ごめんね。でも、今ならまだ間に合うと思ったから…」
そう言って彼は私を抱きしめてくれた。以前私が落ち込むコイツに「よしよし」ってしてあげたように。
覚えていたのかな? でもそんなことはどうでもいい。
今は亡きお父様が昔そうしてくれたように、キラの温かさが懐かしくって安心した。やっぱり血が繋がっているせいかな。
散々泣き腫らした後、私はラクスによって個室へと案内された。
「落ち着くまで、ゆっくりとお休みくださいな。先ずは心の休憩がカガリさんには必要ですから。」
そう言ってラクスは私を責めるでもなく、ただ私の背を支え、涙の痕の残る頬を優しく拭ってくれた。
…それからどれだけの時間が経ったのか。
まだ動く時ではないからか、それともまだ進むべき道を見定めていないからなのか、AAは海底でその身を潜めていた。
ようやく泣き腫らした目の腫れが治まったものの、私もまだ何をすべきか考えつかなかった。
返してもらったはいいが、扱いかねた指輪は嵌めることすら許されない様な気がして、床頭台の引き出しに突っ込んだまま、ただぼんやりとベッドに寝転がり、天井を見上げているだけの時間。
今まで張りつめていただけに、気が抜けた途端、身体も思考も停止してしまったかのようだった。
そんな時だった。
<カガリ。入ってもいい?>
数日前、私を理詰めで攻め立ててくれた弟が、珍しくやってきた。
ご機嫌伺いだろうか。それとも先日きついことを言ったと、謝りにでも来たのだろうか。
いずれにしても、キラは私に害は与えない。何故か不思議と安心感が持てるのは、きっと離れていても双子の事実に変わりはないからなのだろう。
「いいぞ。鍵は開いてる。」
起き上がりベッドの端に腰かけ、力なくそうとだけ告げると、電子ドアの開く音がした。
「カガリ…」
私は立ち上がることも、出迎えてやることもできなかった。
力が全然入らないんだ。
「隣、座ってもいい?」
「うん…」
顔も見ず、俯きっぱなしの私がどんな顔をしているのか気になったのだろう。私がただそれだけ呟くと、彼が近づくとともに<ギシ>とベッドに荷重のかかる音がした。
「カガリ、少し何か食べないと、身体に悪いよ?何か持ってこようか?」
「…」
正直食欲が全くわかない。何も口にしたくなくって、私は力なく首を横に振る。
「せめて何か飲物だけでも摂らないと。皆心配しているよ?」
彼なりの気遣いと優しさ。いつもだったら喜んで受け入れるであろうけど、今は何故かその心遣いが、かえって心の奥のモヤモヤを掻き立ててくれる。鬱陶しくて仕方がない。しかし否定の言葉さえも絞り出す気力すら起きないのは、鬱というものに陥っているのだろうか。
心が動かない私にキラも苛立ったのか、直球を投げつけてきた。
「オーブのこと、気になる?」
「―――!」
反射的に目を見開き、息を飲む。
『オーブ』―――今の私には呪いの言葉とも取れかねない。その名を聞いただけで、脈拍が早くなっているのが分かる。
でも、今の私に何ができる?何の力も持たない、名ばかりの代表首長。非力さをあちこちから責め立てられ、結局攫われるがまま逃げ出してしまった情けない代表に、一体何が…
それに、「彼」がまだ戻ってきていない。もしかしたらオーブに戻ろうとしているのかもしれない。だがオーブは既に太平洋連邦と同盟を結んでしまっている。それどころかコーディネーターのラクスが何故か同胞に狙われたという。ナチュラルからも、コーディネーターからも排斥されるそんな国にアイツの居場所は、もう―――
「―――っ!」
アイツの返ってくる場所すら守れなかった私。
また目の奥が熱くなってくる。泣いたって何も変わらないのに、なんでこんなに涙しか出てこないのだろう。流す涙の分、何かこの戦争を止めて、オーブを取り戻す方法を考えなくてはいけないのに!
ピタ、ピタ、と握りしめる拳の上に、涙が落ちてはじけ飛ぶ。
すると、
「カガリ。手を見せてくれる?」
隣でキラが突然そう言った。
「…手?」
「うん、両手。」
私は涙を拳でグリグリ拭うと、何のためらいもなくキラに両手を差し出した。
その次の刹那―――
<バサッ>
一瞬にして差し出した両手首をつかまれたと同時に、上半身が押し倒された。
「何するんだよ!」
何が起こったのか、皆目見当もつかなかったが、ようやくキラに押し倒されたと気づいたのは、そのコンマ秒後だった。
キラは表情を変えず、ただ押し倒した私の上でこう告げた。
「『何』って…決まっているじゃない。こうしたかったんだから。」
「―――っ!?」
コイツは何を言っているんだ…?
全く理解ができない。以前私が彼に度々抱きついたことはあるが、もうあの時のような子供ではない。それに何より、私たちは姉弟のはずだ。そんな感情に陥るなんてありえない。
「「こうしたかった」って…お前、意味わかって言っているのか?」
「当り前じゃない。」
淡々と答えてくるのが不気味だ。ふざけているにしても程がある!怒気を含めて言い放った。
「お前と私は双子の姉弟だぞ!?こんなことするなんてありえないだろう!?」
「確かにそうだよ。だけど、僕はコーディネーターだよ。殆ど遺伝子いじられているから、カガリとはこうなっても別におかしくないと思わない?」
「―――っ!」
僅か口角を上げてこともなげに話す彼に、更に怒りがこみ上げた。
「こんなことして、お前、ラクスが悲しむと思わないのか!?」
そうだ、キラにとって何より大事な女性―――彼女を傷つけたくない。お前だって何度もそう言っていたじゃないか!
だがキラはそれすらあざ笑うかのようにサラリと言ってのけた。
「ラクスも知っているよ。このこと。」
「な―――っ!?」
「話したら、「キラの思いのままに。」と背中押してくれたし。」
「そ、そんな…」
おかしいよ、お前たち二人…こんな状況になって、ラクスが悲しまないわけないだろう!?
こうなったら!
「いいから離せっ!」
キラは正規の軍人じゃない。だから体術だって軍事教練を受けた私には敵わないはずだ。
そう思って身をよじろうとしたが、膝は足で押さえられ、関節が固められて動かない。腕も抑えつけられたまま動かすことができない。やっぱり食事を摂っていなくて力が出ないからか。少しでも食べておけばよかったと、一瞬の後悔と、やはりコーディネーターの、しかも男には敵わないのか、と絶望が頭をよぎる。
「大人しくしてて。カガリが辛い事これ以上考えられなくしてあげるから。」
耳元で囁く甘い声が、かえって恐怖で身を竦ませる。
血のつながった弟が、今は別人のように怖い。
うなじに吐息を感じる。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない!
怖いよ…嫌だよ…
(助けて―――!)
目をギュッと閉じた瞬間、頭の中いっぱいに広がったのは
濃紺の髪を翻し、
優しい翡翠が儚く笑んで
(―――「カガリ…」)
その声でないと嫌だ!
お前以外に触れられるのも嫌だ!
「助けて…」
溢れる涙と共に、思わず叫んだ。
「嫌だっ!助けて、アスラァーーーーンっ!!」
目を閉じたまま、しゃくりあげる私。
すると、私を戒めていた、両手と両足が一度に開放された。
「…キ…ラ…?」
薄く目を開けると、俯いていた彼が、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
「よかった。ようやく本音を言ってくれて。」
「…え?」
一体何が何なのか、よくわからないままキョトンとしていたら、キラが私の手を引いて起き上がると、握っていた私の手首や押さえつけていた足を撫ぜながら、「ごめんね、痛い思いさせて。」と謝られた。
「カガリ、ずっと一人で悩んでいたでしょ?というか、もう思考停止状態だったじゃない。心すら動かなくなったら、と思うと、僕たちも心配でさ。何とかカガリの心を呼び起こす方法はないのか…って。それで手を見たら、アスランの指輪付けていないし、今カガリの心の支えになっているものは何だろう?って思っていて。…前はいつも思ったことを、直ぐに素直に話してくれたのにさ、今はずっと一人で抱え込んで、誰にも本当の心を開いてくれないから、ラクスと相談して、ちょっと強硬手段に出てみたんだ。」
「は、はぁ!?」
「でもやっぱりカガリの心を支えているのは、アスランだって分かって、安心したよ。」
今度こそ心からニッコリ笑って見せるキラに、私は開いた口が塞がらない。
「お、お前、いや、ラクスも加担しているなら、お前ら、だからってこんな方法選ばなくったって!」
「でもこれぐらいしないと、今のカガリはすっごく固い殻に籠ったままなんだもん。恐怖感でもなんでも、頭の中真っ白にさせた方がいいかなって。荒療治ってやつだね♪ あ、でもノイマンさんとかマードックさんにやってもらったら、流石に代表首長に狼藉働いたって、大罪人にされかねないから、僕がこうしてみたんだけど。」
「いや、お前だって十分罪人だぞ。」
「僕は弟なんだから大丈夫でしょ?」
「大丈夫なもんか!寧ろ貞操疑うわっ!」
私が拳を上げたら、あのキラが、最強のコーディネーターが慌ててサッと頭を庇うんだもん。なんかおかしくなって
「あははは」
「よかった、カガリが笑ってくれて。」
心から安堵したようなキラの表情に、こんなに心配させていたのかと、私も心から謝った。
「ごめんな、心配かけて。…それにしても、もし私があのまま動かずに、お前を受け入れたらどうするつもりだったんだよ。」
「う~ん、その時はその時で「お説教」しようかな?とか。」
「…お前、あんまり深く考えていなかっただろう。」
「そんなことないよ!そうしたらラクスやAAの皆で話したと思うよ?「カガリの大切な人は誰なんだ」って。でも、きっとカガリは僕を受け入れるようなことはしないって信じてたから。」
妙なところで自信を持たれてもな…。
でも、キラには見えていたんだ。ちゃんとアスランと私の絆が。
代表として、SPとして、必死に互いの思いを公にしないよう、息苦しい思いを続けた日々だったが、それだけでも満足したつもりだった。でも周囲から認められない、という恋は存外辛いものだったということを、今回改めて知った気がする。
彼との間柄を認めてくれた人がここにいる、というだけでも、何故かようやく安心できた。
私の表情が緩んだのを見てか、キラが口を開いた。
「ところでカガリ、指輪はどうしたの?」
「それなら…」
私はベッドわきの床頭台を指さした。指輪は帰ってきたけれど、アイツを待たずにユウナと結婚式までしようとして、今更指輪を付ける資格はあるんだろうか、と罪悪感でずっと付けられずにいた。
「カガリ、アスランは『ハウメアの護り石』持って行ったの?」
「うん、多分…」
「だったら、カガリも指輪を付けておいた方がいいよ。」
「何で?」
すると少し赤らんだ頬をかきながら、キラは語ってくれた。
「なんていうのかな…前の大戦で最後ヤキンデューエの戦いのときに、僕、ラクスから指輪を託されたんだ。「必ず返しに戻ってきて」って。そして僕らは無事に再会できたんだ。だから思いが込められているものを身につけておくと、きっとアスランとまた呼び合って、再会できると思うよ。アスランが護り石付けてくれているなら、カガリも指輪付けていたら、二人で呼び合って、きっとすごい相乗効果があるんじゃないかな?」
そういって、キラが床頭台の引き出しの中にあった指輪を取り出し、再び私の手にのせてくれる。
「僕が嵌めてあげたら、アスランが嫉妬するといけないから、自分で嵌めてね。」
私は頷いて左の薬指にそれを通す。
「アスラン、どうしているかな…」
「今、オーブは彼を受け入れられる状況じゃないし、もしかしてプラントで足止め食っているのかもしれないね。でも大丈夫だよ。アスランは強いし頭いいから。」
「そうか?アイツ、結構馬鹿でメンタル脆いぞ?」
「だったら猶更、カガリのところに帰ってこないといけないね、アスランは。」
「何でさ?」
「僕もラクスもアスランが馬鹿でメンタル弱いところ見たことないもん。つまりは僕らの知らないアスランをカガリにしか見せていないでしょ? アスランが本当のアスランでいられるのは、カガリの傍なんだと思う。だから必ず帰ってくるよ。そう願おう。」
「うん。」
ゆっくり頷いて、私は指輪を包み込むようにして祈る。
(どうか無事でいてくれ。そして…早く帰ってこい、アスラン。)
久しく触れていなかった指輪の赤い石から、仄かにアスランのような温もりが伝わった。
・・・Fin.
***
久々に双子ちゃん話書いてみました。
というか、先々週&先週の地元TVの「種運命リマスター」が丁度「13.明日への出航」&「14.戦場への帰還」で、双子満載シーンだったので、もう萌え上がるわ悶えるわ♥(*´Д`)ハァハァ
御存知の方は少ないと思いますようやくが、かもしたは無印本放送第1話(2002.10.5)を見始めたときから、ずぅ~~~~~~っと「キラカガフリーク♥」だったんですよ。あの第一話での出会い方の印象が凄くって。「…あれってほぼヒロインじゃね?( ̄▽ ̄)」と思うくらい。まぁOPで「キラはピンクの髪の子(ラクス)とくっつくのね」というのは理解してましたが、この二人がどうなっていくのか物凄く気になって!
で、公式が二人の誕生日&2クール目のOPで並んだ二人の顔を眺めたら「あー、そっち(兄妹)設定できたのか」と(笑) でも兄妹もの大好き♥なので(シャアとセイラも好きだし、炭次郎と禰豆子も好きだしw)暫くはこれで悶えてましたね。なので当時の古いSSはキラカガ多いです。アスカガーさん達の心を鷲掴みしていった伝説の「24話」では、かもしたまだこの時心は動いてなかったんだ。ぶっちゃけ。双子フリークのまま。ようやくアスカガになってきたのは寧ろ31話過ぎて、4クール目入ってからかな~。結構遅かったんです。
そんな歴史はさておき。やっぱり双子は萌えます。ちょっと怪しい雰囲気まで出しましたが(笑) でもぼちぼちアンソロ原稿仕様(アスカガ萌え)にシフト戻さないと。このまま種運命見続けたら、鬱状況に陥りそうなので、無印リマスターのBlu-rayでも見て、盛り上げ直します!
いきなり両手首を掴まれたと思ったら、急に上半身に荷重がかかり、背中から倒れると同時に私の視界の中は彼だけになった。
弱いルームライトの逆光に、表情は暗く真意を読み取れないけれど、紫の澄んだ光がジッとこちらを見つめている。
押し倒されていることに気づいたのは、そのほんのコンマ数秒後。だけど現状を理解するまで延々と長い時間を要したと思う。
逆光に馴染んできた目が捕らえたそれは、消して怒っているでもなく、笑っているでもない。ただ穏やかな表情と、それに似合わぬこの状況を作り出した彼に、戸惑う以外何ができよう。
そして彼は声まで穏やかなまま、こう答えた。
「『何』って…決まっているじゃない。こうしたかったんだから。」
「―――っ!?」
息が詰まる。問いただしたのは私だが、淡々と返してきた答えが突拍子もなくって、私は目を見開き、驚きと戸惑う以外に何もできなかった…
***
さかのぼること数日―――
ユウナとの挙式が執り行われるはずだったハウメアの神殿に、突然飛来したフリーダム。そして捕らわれた私はそのままAAに連れていかれた。
代表首長を誘拐した事の重大さ、いや、それ以上に私の決意を否定されたことを散々当たり散らしたが、それを「馬鹿な事」と一蹴したのはキラだった。
彼の言い分は、おそらくAA…いや、オーブに関係する者皆の総意に違いない。しかしその時の私にそれを受け入れられる余裕はまるでなかった。自分一人で立ちまわることもできず、代表としていかに非力だったのか、そこを詰られているようで、そんな私はただ駄々をこねた子供のように泣きじゃくるしか術がなかった。
そんな私を見て、キラは私がアスランに返すように伝え預けた指輪を握らせてくれた。
「今まで助けてあげられなくって、ごめんね。でも、今ならまだ間に合うと思ったから…」
そう言って彼は私を抱きしめてくれた。以前私が落ち込むコイツに「よしよし」ってしてあげたように。
覚えていたのかな? でもそんなことはどうでもいい。
今は亡きお父様が昔そうしてくれたように、キラの温かさが懐かしくって安心した。やっぱり血が繋がっているせいかな。
散々泣き腫らした後、私はラクスによって個室へと案内された。
「落ち着くまで、ゆっくりとお休みくださいな。先ずは心の休憩がカガリさんには必要ですから。」
そう言ってラクスは私を責めるでもなく、ただ私の背を支え、涙の痕の残る頬を優しく拭ってくれた。
…それからどれだけの時間が経ったのか。
まだ動く時ではないからか、それともまだ進むべき道を見定めていないからなのか、AAは海底でその身を潜めていた。
ようやく泣き腫らした目の腫れが治まったものの、私もまだ何をすべきか考えつかなかった。
返してもらったはいいが、扱いかねた指輪は嵌めることすら許されない様な気がして、床頭台の引き出しに突っ込んだまま、ただぼんやりとベッドに寝転がり、天井を見上げているだけの時間。
今まで張りつめていただけに、気が抜けた途端、身体も思考も停止してしまったかのようだった。
そんな時だった。
<カガリ。入ってもいい?>
数日前、私を理詰めで攻め立ててくれた弟が、珍しくやってきた。
ご機嫌伺いだろうか。それとも先日きついことを言ったと、謝りにでも来たのだろうか。
いずれにしても、キラは私に害は与えない。何故か不思議と安心感が持てるのは、きっと離れていても双子の事実に変わりはないからなのだろう。
「いいぞ。鍵は開いてる。」
起き上がりベッドの端に腰かけ、力なくそうとだけ告げると、電子ドアの開く音がした。
「カガリ…」
私は立ち上がることも、出迎えてやることもできなかった。
力が全然入らないんだ。
「隣、座ってもいい?」
「うん…」
顔も見ず、俯きっぱなしの私がどんな顔をしているのか気になったのだろう。私がただそれだけ呟くと、彼が近づくとともに<ギシ>とベッドに荷重のかかる音がした。
「カガリ、少し何か食べないと、身体に悪いよ?何か持ってこようか?」
「…」
正直食欲が全くわかない。何も口にしたくなくって、私は力なく首を横に振る。
「せめて何か飲物だけでも摂らないと。皆心配しているよ?」
彼なりの気遣いと優しさ。いつもだったら喜んで受け入れるであろうけど、今は何故かその心遣いが、かえって心の奥のモヤモヤを掻き立ててくれる。鬱陶しくて仕方がない。しかし否定の言葉さえも絞り出す気力すら起きないのは、鬱というものに陥っているのだろうか。
心が動かない私にキラも苛立ったのか、直球を投げつけてきた。
「オーブのこと、気になる?」
「―――!」
反射的に目を見開き、息を飲む。
『オーブ』―――今の私には呪いの言葉とも取れかねない。その名を聞いただけで、脈拍が早くなっているのが分かる。
でも、今の私に何ができる?何の力も持たない、名ばかりの代表首長。非力さをあちこちから責め立てられ、結局攫われるがまま逃げ出してしまった情けない代表に、一体何が…
それに、「彼」がまだ戻ってきていない。もしかしたらオーブに戻ろうとしているのかもしれない。だがオーブは既に太平洋連邦と同盟を結んでしまっている。それどころかコーディネーターのラクスが何故か同胞に狙われたという。ナチュラルからも、コーディネーターからも排斥されるそんな国にアイツの居場所は、もう―――
「―――っ!」
アイツの返ってくる場所すら守れなかった私。
また目の奥が熱くなってくる。泣いたって何も変わらないのに、なんでこんなに涙しか出てこないのだろう。流す涙の分、何かこの戦争を止めて、オーブを取り戻す方法を考えなくてはいけないのに!
ピタ、ピタ、と握りしめる拳の上に、涙が落ちてはじけ飛ぶ。
すると、
「カガリ。手を見せてくれる?」
隣でキラが突然そう言った。
「…手?」
「うん、両手。」
私は涙を拳でグリグリ拭うと、何のためらいもなくキラに両手を差し出した。
その次の刹那―――
<バサッ>
一瞬にして差し出した両手首をつかまれたと同時に、上半身が押し倒された。
「何するんだよ!」
何が起こったのか、皆目見当もつかなかったが、ようやくキラに押し倒されたと気づいたのは、そのコンマ秒後だった。
キラは表情を変えず、ただ押し倒した私の上でこう告げた。
「『何』って…決まっているじゃない。こうしたかったんだから。」
「―――っ!?」
コイツは何を言っているんだ…?
全く理解ができない。以前私が彼に度々抱きついたことはあるが、もうあの時のような子供ではない。それに何より、私たちは姉弟のはずだ。そんな感情に陥るなんてありえない。
「「こうしたかった」って…お前、意味わかって言っているのか?」
「当り前じゃない。」
淡々と答えてくるのが不気味だ。ふざけているにしても程がある!怒気を含めて言い放った。
「お前と私は双子の姉弟だぞ!?こんなことするなんてありえないだろう!?」
「確かにそうだよ。だけど、僕はコーディネーターだよ。殆ど遺伝子いじられているから、カガリとはこうなっても別におかしくないと思わない?」
「―――っ!」
僅か口角を上げてこともなげに話す彼に、更に怒りがこみ上げた。
「こんなことして、お前、ラクスが悲しむと思わないのか!?」
そうだ、キラにとって何より大事な女性―――彼女を傷つけたくない。お前だって何度もそう言っていたじゃないか!
だがキラはそれすらあざ笑うかのようにサラリと言ってのけた。
「ラクスも知っているよ。このこと。」
「な―――っ!?」
「話したら、「キラの思いのままに。」と背中押してくれたし。」
「そ、そんな…」
おかしいよ、お前たち二人…こんな状況になって、ラクスが悲しまないわけないだろう!?
こうなったら!
「いいから離せっ!」
キラは正規の軍人じゃない。だから体術だって軍事教練を受けた私には敵わないはずだ。
そう思って身をよじろうとしたが、膝は足で押さえられ、関節が固められて動かない。腕も抑えつけられたまま動かすことができない。やっぱり食事を摂っていなくて力が出ないからか。少しでも食べておけばよかったと、一瞬の後悔と、やはりコーディネーターの、しかも男には敵わないのか、と絶望が頭をよぎる。
「大人しくしてて。カガリが辛い事これ以上考えられなくしてあげるから。」
耳元で囁く甘い声が、かえって恐怖で身を竦ませる。
血のつながった弟が、今は別人のように怖い。
うなじに吐息を感じる。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない!
怖いよ…嫌だよ…
(助けて―――!)
目をギュッと閉じた瞬間、頭の中いっぱいに広がったのは
濃紺の髪を翻し、
優しい翡翠が儚く笑んで
(―――「カガリ…」)
その声でないと嫌だ!
お前以外に触れられるのも嫌だ!
「助けて…」
溢れる涙と共に、思わず叫んだ。
「嫌だっ!助けて、アスラァーーーーンっ!!」
目を閉じたまま、しゃくりあげる私。
すると、私を戒めていた、両手と両足が一度に開放された。
「…キ…ラ…?」
薄く目を開けると、俯いていた彼が、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
「よかった。ようやく本音を言ってくれて。」
「…え?」
一体何が何なのか、よくわからないままキョトンとしていたら、キラが私の手を引いて起き上がると、握っていた私の手首や押さえつけていた足を撫ぜながら、「ごめんね、痛い思いさせて。」と謝られた。
「カガリ、ずっと一人で悩んでいたでしょ?というか、もう思考停止状態だったじゃない。心すら動かなくなったら、と思うと、僕たちも心配でさ。何とかカガリの心を呼び起こす方法はないのか…って。それで手を見たら、アスランの指輪付けていないし、今カガリの心の支えになっているものは何だろう?って思っていて。…前はいつも思ったことを、直ぐに素直に話してくれたのにさ、今はずっと一人で抱え込んで、誰にも本当の心を開いてくれないから、ラクスと相談して、ちょっと強硬手段に出てみたんだ。」
「は、はぁ!?」
「でもやっぱりカガリの心を支えているのは、アスランだって分かって、安心したよ。」
今度こそ心からニッコリ笑って見せるキラに、私は開いた口が塞がらない。
「お、お前、いや、ラクスも加担しているなら、お前ら、だからってこんな方法選ばなくったって!」
「でもこれぐらいしないと、今のカガリはすっごく固い殻に籠ったままなんだもん。恐怖感でもなんでも、頭の中真っ白にさせた方がいいかなって。荒療治ってやつだね♪ あ、でもノイマンさんとかマードックさんにやってもらったら、流石に代表首長に狼藉働いたって、大罪人にされかねないから、僕がこうしてみたんだけど。」
「いや、お前だって十分罪人だぞ。」
「僕は弟なんだから大丈夫でしょ?」
「大丈夫なもんか!寧ろ貞操疑うわっ!」
私が拳を上げたら、あのキラが、最強のコーディネーターが慌ててサッと頭を庇うんだもん。なんかおかしくなって
「あははは」
「よかった、カガリが笑ってくれて。」
心から安堵したようなキラの表情に、こんなに心配させていたのかと、私も心から謝った。
「ごめんな、心配かけて。…それにしても、もし私があのまま動かずに、お前を受け入れたらどうするつもりだったんだよ。」
「う~ん、その時はその時で「お説教」しようかな?とか。」
「…お前、あんまり深く考えていなかっただろう。」
「そんなことないよ!そうしたらラクスやAAの皆で話したと思うよ?「カガリの大切な人は誰なんだ」って。でも、きっとカガリは僕を受け入れるようなことはしないって信じてたから。」
妙なところで自信を持たれてもな…。
でも、キラには見えていたんだ。ちゃんとアスランと私の絆が。
代表として、SPとして、必死に互いの思いを公にしないよう、息苦しい思いを続けた日々だったが、それだけでも満足したつもりだった。でも周囲から認められない、という恋は存外辛いものだったということを、今回改めて知った気がする。
彼との間柄を認めてくれた人がここにいる、というだけでも、何故かようやく安心できた。
私の表情が緩んだのを見てか、キラが口を開いた。
「ところでカガリ、指輪はどうしたの?」
「それなら…」
私はベッドわきの床頭台を指さした。指輪は帰ってきたけれど、アイツを待たずにユウナと結婚式までしようとして、今更指輪を付ける資格はあるんだろうか、と罪悪感でずっと付けられずにいた。
「カガリ、アスランは『ハウメアの護り石』持って行ったの?」
「うん、多分…」
「だったら、カガリも指輪を付けておいた方がいいよ。」
「何で?」
すると少し赤らんだ頬をかきながら、キラは語ってくれた。
「なんていうのかな…前の大戦で最後ヤキンデューエの戦いのときに、僕、ラクスから指輪を託されたんだ。「必ず返しに戻ってきて」って。そして僕らは無事に再会できたんだ。だから思いが込められているものを身につけておくと、きっとアスランとまた呼び合って、再会できると思うよ。アスランが護り石付けてくれているなら、カガリも指輪付けていたら、二人で呼び合って、きっとすごい相乗効果があるんじゃないかな?」
そういって、キラが床頭台の引き出しの中にあった指輪を取り出し、再び私の手にのせてくれる。
「僕が嵌めてあげたら、アスランが嫉妬するといけないから、自分で嵌めてね。」
私は頷いて左の薬指にそれを通す。
「アスラン、どうしているかな…」
「今、オーブは彼を受け入れられる状況じゃないし、もしかしてプラントで足止め食っているのかもしれないね。でも大丈夫だよ。アスランは強いし頭いいから。」
「そうか?アイツ、結構馬鹿でメンタル脆いぞ?」
「だったら猶更、カガリのところに帰ってこないといけないね、アスランは。」
「何でさ?」
「僕もラクスもアスランが馬鹿でメンタル弱いところ見たことないもん。つまりは僕らの知らないアスランをカガリにしか見せていないでしょ? アスランが本当のアスランでいられるのは、カガリの傍なんだと思う。だから必ず帰ってくるよ。そう願おう。」
「うん。」
ゆっくり頷いて、私は指輪を包み込むようにして祈る。
(どうか無事でいてくれ。そして…早く帰ってこい、アスラン。)
久しく触れていなかった指輪の赤い石から、仄かにアスランのような温もりが伝わった。
・・・Fin.
***
久々に双子ちゃん話書いてみました。
というか、先々週&先週の地元TVの「種運命リマスター」が丁度「13.明日への出航」&「14.戦場への帰還」で、双子満載シーンだったので、もう萌え上がるわ悶えるわ♥(*´Д`)ハァハァ
御存知の方は少ないと思いますようやくが、かもしたは無印本放送第1話(2002.10.5)を見始めたときから、ずぅ~~~~~~っと「キラカガフリーク♥」だったんですよ。あの第一話での出会い方の印象が凄くって。「…あれってほぼヒロインじゃね?( ̄▽ ̄)」と思うくらい。まぁOPで「キラはピンクの髪の子(ラクス)とくっつくのね」というのは理解してましたが、この二人がどうなっていくのか物凄く気になって!
で、公式が二人の誕生日&2クール目のOPで並んだ二人の顔を眺めたら「あー、そっち(兄妹)設定できたのか」と(笑) でも兄妹もの大好き♥なので(シャアとセイラも好きだし、炭次郎と禰豆子も好きだしw)暫くはこれで悶えてましたね。なので当時の古いSSはキラカガ多いです。アスカガーさん達の心を鷲掴みしていった伝説の「24話」では、かもしたまだこの時心は動いてなかったんだ。ぶっちゃけ。双子フリークのまま。ようやくアスカガになってきたのは寧ろ31話過ぎて、4クール目入ってからかな~。結構遅かったんです。
そんな歴史はさておき。やっぱり双子は萌えます。ちょっと怪しい雰囲気まで出しましたが(笑) でもぼちぼちアンソロ原稿仕様(アスカガ萌え)にシフト戻さないと。このまま種運命見続けたら、鬱状況に陥りそうなので、無印リマスターのBlu-rayでも見て、盛り上げ直します!
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